運命の帰路(翡翠様リクエスト)
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誰しもが幾重もの選択を繰り返し、今という時を刻んでいる。
「そこの女!ちょっと待て!!ここは俺の縄張りだ!!」
「……すみません、私、知らなくて。すぐに出ていきますので、今回は見逃して貰え…「る訳ねーだろ!!馬鹿かテメェ!!」
「で、でも…貴方と戦うつもりはないんです……」
「そんな事俺には関係ねーよ!!俺に出会っちまった自分の運の無さを恨むんだな!!」
それが生きるための当然の摂理で……。
どうしても避けては通れない残酷な現実に、絶望する事だって珍しくはないだろう。
「ま、待ってくれ……、俺がっ、俺が悪かっ、ぐあ」
「……残念です。本当に貴方と争うつもりは無かったのに……」
「ま、まって…く…れ……っ、」
目の前に広がる血溜まりの中、必死で手を伸ばす
「すみません。もうすぐ日が登り初めますので、私はこれで失礼します」
彼女もまた、誰かを傷つけることしか出来ない自分という存在に、絶望している一人である。
……この
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******
深い森の中ー……。
腰丈ほどの雑草を掻き分け、ずんずんと歩みを進める人影。
「……青い彼岸花のう」
その日、可楽は珍しく不機嫌だった。
久方ぶりに他の分裂体とも分かたところだと言うのに、積怒から言い渡されたのは、何処に咲いているのか分からない花の捜索。
勿論、それが無惨様の言いつけで、もう何百年も探し続けているものだと知っているから、素直に従ってはいるのだが……
如何せん、誰も見たことがないものを、ひたすら探し続けるというのも骨が折れる。
「せめて目撃情報くらいあれば助かるんじゃがのう」
小言の一つや二つくらい、多めに見て貰いたいところである。
そんな事を考えながら、可楽は適当に目星をつけた一面に向かって団扇を振り抜いた。
その風は左右に草花を掻き分けて、一本の道を作っていく。
そうして出来た道の先……、
「ん?……女?」
川辺に座り込み、こちらに背を向ける女を見つけ、可楽はピタリと歩みを止めた。
一方、女も突然髪を揺らした風に、ゆっくりと此方へ振り返る。
そうして視線が絡み合った瞬間、女は慌てて立ち上がる。
それから、可楽に背を向け駆け出そうとしたところで、瞬時に女の前へと先回りした可楽が、女に向かって声をかける。
「なにも逃げる事はなかろう」
「…あ…っ、…す、すみません……」
「謝るほどの事でもないがのう」
そのまま女の顔を覗き込めば、その瞳に刻まれた〝上弦〟の証に怯えたように、女は瞼を震わせた。
整った顔立ちで、すらりと伸びた細い手足。
見るからに可憐そうな女だが、この気配は自分と同類の鬼であることは明確で。
ちょうど暇を持て余していたところだと、可楽は口元を吊り上げる。
「儂は今、青い彼岸花を探しておるんじゃが、何処かで見かけなかったかのう?…っと、その前に其方、名前は何というたかのう?」
「 名前と申します。……彼岸花、…青い花は見た事ないのですが、赤い彼岸花なら咲いている所を知っています」
「ほう。ならば、名前がそこまで案内をしてくれぬか?」
有無を言わせぬる満面の笑みで問いかけた可楽に、名前はオロオロと視線を彷徨わせた後、観念したように頷いた。
それから名前が歩みを進めれば、可楽は彼女の隣に並びにこりと笑みを深くする。
「名前がいてくれて助かった!それから儂は可楽じゃ、道案内よろしく頼むのう。」
「‥‥承知しました、可楽様」
「ククッ、様などと他人行儀な呼び方は好かぬ……儂のことは、可楽でいい。あぁ、それから敬語もなしじゃ。堅苦しいのは性に合わんからのう」
「は、はぁ…」
困ったように眉を下げた名前を横目に、可楽はケタケタと笑い声を上げた。
それから暫くの間、二人はたわいも無い会話をしながら、彼岸花が咲く場所を目指し歩みを進めた。
…と言っても、主に口を開くのは可楽ばかり。
それに痺れを切らした可楽が、なぜあの場所にいたのかと問いかければ、少し考えるような仕草をみせた後、名前は誰も立ち寄らないような場所だからと答えた。
その言い方は、まるで誰にも見つかりたくなかったと言っているかのようで。
鬼にしては珍しく欲が無いと、可楽は思ったままを口にする。
しかし、それにもただ臆病なだけと名前が返すものだから、可楽は少しばかり驚いたように瞬きをすると、ふっと口元を緩ませる。
「臆病か……、確かに最初は逃げようとしておったからのう」
「そ、それは……突然で驚いたから……」
「くくっ、確かに。驚かせたのは悪かったのう」
やはり可楽が一方的に会話を振るばかりなのだが、自分とは違う価値観の彼女に、可楽は少し興味を持ち始めていた。
その証拠に、あんなに乗り気じゃなかった花探しも楽しみ出している自分がいて……
なんとも簡単な男だと、可楽は思わず苦笑いをしてしまったほどである。
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しかし、そうして辿り着いた森の奥。
「……一面、赤い花ばかりじゃのう」
やはり、青い彼岸花を見つけることは出来なくて。
少しばかり浮かれていた可楽は、そんなに簡単な訳がないかと、その現実に肩を落とす。
「あ、あの!……力になれなくて、ごめんなさい」
しかし、何故か自分のことのように隣で落ち込む名前の姿に、可楽はふっと笑みを溢す。
「気にするな。今回は青い彼岸花はなかったが、名前に出会えた事が一番の収穫だ」
「……ぁ、」
それから近くにあった一輪の彼岸花を手折って、可楽は名前の髪へと手を伸ばす。
その柔らかい髪に触れながら、花をそっと挿してやれば、真っ赤に頬を染めた名前が目に入り自然と笑みが溢れ落ちる。
「名前の事が気に入った。また会いに来てもいいかのう?」
その申し出に、名前が小さく頷くと、可楽はその日何回目かの笑い声を上げるのだった。
******
それ以来、可楽は暇さえあれば名前の元を尋ねるようになった。
勿論、分裂する度に何処かへ姿を消す可楽のことを、他の分裂体達が気付かないはずもなく……
「可楽、また名前とやらに会いに行くのか?」
時折、名前の話題が彼らの間で上がることは珍しくなかった。
「空喜か。確かにそうだが……何じゃ?まさか会いに行くなとでも言いたいのか?」
「いや、そうじゃない。ただ、そろそろその鬼にも飽きてきたころじゃないかと思ってのう」
「飽きる?ククッ、…何を勘ぐっておるかは知らんが、儂は青い彼岸花を探しに行くついでに、名前の顔を見に行くだけだからのう」
「そうか。花を探すついでか」
「あぁ、……他に用がないなら、儂は行くからのう」
そう言って、今日もまたすぐ出かけて行った可楽の様子に、堪らず空喜は笑い始める。
「カカッ、あんなにムキになるなんてなぁ、…是非名前に会ってみたいと思わぬか?なぁ、積怒よ?」
「ふん、儂は他の鬼などどうでも良いわ」
「そうかのう?」
積怒の返答にも、にやにやと笑みを浮かべる空喜の様子に、積怒は呆れて小さくため息を漏らす。
「揶揄うのはそれくらいにしておけ。儂等に迷惑をかけなければ、何をしても可楽の自由じゃ」
「む?そうは言うが、気になるだろう?なぁ、哀絶」
積怒の吊れない態度に、空喜はこりもせず、今度は哀絶に話し始める。
すると哀絶は、少しだけ考えこむような姿を見せたあと、可楽に気に入られるのは気の毒だと口を開いた。
「言えておる。それに、可楽の話では花探しのついでに顔を見にいくと言っておったが……」
「「あれは、名前に会うための口実じゃろうな」」
「ぐっ、くく……やはり、二人もそう思うとったか!!」
それから哀絶と積怒が同じ事を口にするものだから、空喜はとうとう吹き出して、腹を抱えて笑い転げる。
「……全く、煩い奴じゃのう」
そんな空喜の様子に呆れたように積怒は一言呟くと、
今頃名前の元へと急いで向かっているであろう可楽の姿を思い浮かべ、再びため息を吐くのだった。