暗闇に咲く花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
吉原遊郭ー……。
ここは色と欲に塗れた夜の町。
男達は美しい遊女を金で買い、遊女達もまた、お客を他に取られまいと笑顔の裏で腹の探り合いを日々繰り広げている。
「あんた…なんなんだい、その姿!?まるで化け物…んんっ!!」
「誰が化け物だって?お前の目は飾りなのかい?」
「………っ、……」
そんな憎愛渦巻くこの町では、遊女の一人や二人が行方を眩ませようが大して騒ぎ立てる者もいない。
鬼にとって都合の良い場所だとも言えるだろう……
「安心しな?お前は残さず全部、私が食べてあげるから」
妖艶な笑みを浮かべた鬼の言葉に遊女は絶望し涙する。
そして碌な抵抗も出来ぬまま、彼女の体はゆっくりと帯の中へと取り込まれていった。
「ふふっ、ご馳走様♪」
こうして今日も、一人の遊女が姿を消した。
******
此処、吉原遊郭は上弦の鬼が巣食う町。
人々の出入りが激しい事もあり、その存在に気づく者はまずいない。
万が一、勘がいい者がいたとしても始末してしまえば済む簡単な話な為、鬼には好都合な土地だった。
勿論、行方をくらませた者がいるとの噂を聞きつけ、鬼狩り達が攻めて来たことだってあるが、どんな時でも兄妹二人で鬼狩り達を打ち負かして来た彼女には怖いものなど何もなかった。
そう、彼女……
堕姫の側には、いつも頼りになる力強い兄がいるから。
「ちょっとお兄ちゃん!!私に補佐なんていらないわよ!!」
「はぁぁ、全く…お前は本当に頭が足りないなぁぁ……いいかぁ?いるいらないの話はなぁ…俺たちがする事じゃねぇ」
「でも!!」
「でも、なんだぁぁ?無惨様の決定に楯突くつもりかぁぁ?」
だが、頼みの兄に不満を溢しても、今回ばかりはどうにも状況は変わらぬようで……
彼らの前で片膝をつく女に向かって、堕姫は怒りのままに言葉を吐き捨てる。
「……ふん。無惨様の言いつけがなければ、お前なんか直ぐに追い出すのに」
「……申し訳ございません」
「チッ、まぁいいわ……だけど覚えておきなさい!足を引っ張ったら只じゃ置かないから」
「肝に銘じておきます」
そう言って荒々しくその場を立ち去った堕姫の様子に、妓夫太郎は呆れてため息を溢す。
「妹が悪かったなぁぁ」
「……い、いえ」
「あれは素直で馬鹿正直な所があるからなぁぁ……」
だが謝罪を口にした彼もまた、鋭い視線を女に向ける。
それはまるで他人を信用する気はないとでも言われているかのような威圧感で、女は思わず固唾を呑む。
主から上弦の鬼の補佐を言い渡されて来たものの、そもそも彼らは自分より実力のある格上の相手。
果たして本当に補佐が必要なのかー……
それが自分なんかで務まるのだろうかー……
不安に思うところは多々あるが、それでもそれが自分の使命なのだと言い聞かせ、女は覚悟を決めたようにゆっくりと頭を下げた。
「私名前がお二人を必ずしや御守り申し上げます」
これが、上弦の陸である彼らと名前の、初めての出会いである。
******
ー……あれから数ヶ月。
彼らの側で献身的な働きをしている名前だが、一向に彼らとの距離は埋まっていない。
「堕姫様、鬼狩りの始末完了致しました」
「なによ馬鹿正直に……そんな報告、興味もないわ。柱が来たんじゃあるまいし」
「……申し訳ございません」
会話こそ交わすようにはなったものの、堕姫からの強い当たりは相変わらず。
妓夫太郎に至っては表立って会話をする機会がそもそも少ない。
主からの命令なのだから彼らに従う事に何ら不満はないものの、つい先日まで補佐についていた童磨とはえらい違いである。
と言っても童磨の場合は、名前を呼びつけては一方的に話をするばかり……
雑談に付き合わされる名前にとっては、それはそれで困った話ではあるのだが。
元々大人しい性格をしている名前にとっては、まだあちらから会話をしてくれる童磨の方が何倍もましで……
日々、彼らの対応には頭を悩ませていた。
「それより、いつまでそこに突っ立っているつもり?そんな辛気臭い顔見たくないんだけど?」
「……失礼致しました。ではまた何かございましたら、直ぐにお声掛け下さい」
「何かあれば、ねぇ……お前を呼びつける程の何があるっていうのよ」
「………失礼致します」
口元を吊り上げながら嫌味を口にした堕姫に、名前は静かに頭を下げるとそのまま部屋を後にする。
それから数歩進んだ所で思わず小さくため息を漏らせば、様子を伺うように廊下の奥からこの店の遊女が顔を覗かせた。
「名前ちゃん大丈夫?蕨姫花魁に何か言われなかった?」
「……いえ、……特に何も」
「そう?ならいいんだけど」
心配そうに眉を下げた遊女は、名前の髪へと手を伸ばし、髪飾りをそっと撫でた。
「綺麗なお花ね。名前ちゃんによく似合うわ」
「ありがとうございます」
「でも、折角綺麗な顔をしているんだもの。もっと着飾っても素敵だと思うわ」
そう言って微笑む遊女に、名前は不思議そうに小首を傾げる。
それもそのはず、鬼である名前にとって顔が綺麗だと褒められる事も、ましてや着飾る理由なども理解できないのだ。
今目の前で笑う遊女も彼女にとってはただの食料でしかないし、今回の任務で遊郭に潜入していなければ、きっと手にかけていたのだろうが……
「ふふっ、可愛い子ね」
そんな事を考えながら遊女の笑顔を見つめるこの時の名前には、程なくして訪れる由々しき事態など想像も出来る筈がなかった。