短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ゼェゼェと上がる呼吸が体力の限界を物語る。
身体は鉛のように重たいし、力が入らない足のせいで立ち上がる事すら容易ではない。
そんな私とは相反して、チラリと見上げた先では、煉獄さんが涼しい顔をして此方を見下ろしている。
「ま、…まだまだっ、」
「ははは!やる気は充分だな!!」
震える足を鼓舞して何とか立ち上がれば、楽しそうに笑い声を上げた彼からすかさず足が震えていると鋭い指摘が入る。
それはそうだろう……
ぶっ通しでニ時間も打ち込み稽古をしていたのだ。
これくらいの醜態は許して欲しい。
「それほどの熱意があるならば、冨岡のところでもやっていけると思うが……」
少し恨めしく思いながら煉獄さんを見上げていれば、思いもよらぬ言葉を投げかけられ一瞬反応するのに遅れる。
「……だ、誰でもいい訳じゃないですっ!!私は煉獄さんに鍛えていただきたいので!」
慌てて反論したのはいいが思いの外大きな声が出てしまったようで、煉獄さんも驚いたようにキョトンとした表情で此方を見つめている。
しかし、これは大事なことなので呼吸を整えてからもう一度彼へと口を開く。
「柱が認めれば呼吸が違う隊士でも継ぐ子になれるとお聞きしました。現に蟲の呼吸を使うしのぶさんの継ぐ子は花の呼吸を使うカナヲちゃんですし……私は煉獄さんだからお願いしているんです」
「ああ、すまない!そうだったな!!」
「え、それって……」
つまり継ぐ子にして貰えるの?
今の話の流れなら、そうなるよね?
再び笑い声を上げた煉獄さんに期待の眼差しを送れば、そろそろ休憩にしようと話を逸らされる。
「俺は千寿郎に茶菓子を頼んでくるから、苗字は先にそこの縁側で休んでいてくれ!!」
「……ありがとうございます」
はぐらかさないで欲しいと不満を伝える筈が、にこりと目尻を下げた煉獄さんに結局何も言えずに頷いた。
そのまま去って行く背中を見送りながら、ため息を落とす事しか出来ない私は何て滑稽なんだろう。
******
煉獄さんに弟子にして欲しいとお願いをし始めたのは丁度三ヶ月前のことー……
初めて煉獄さんと同じ任務につき、彼に憧れを抱いたところから始まった。
村人を人質に取られた不利な状況をものともせず、鬼の頸を瞬く間に斬り落とした剣さばきには目を奪われた。
何より彼の言葉や人柄、弱き人に寄り添う優しさに触れ、皆に尊敬される理由を理解した。
そして思ったのだ。
私も彼のようになりたいと……
皆が言うように煉獄さんは面倒見のいい人で、あの日以来、鴉を通じて時折煉獄家へ呼ばれてはこうして稽古をつけて貰えるようになった。
それなのに未だに彼からいい返事は貰えていないし、会った事もない水柱様の元で鍛錬を継ぐようにも勧められている。
思わずため息が漏れてしまうが、煉獄さんが私の事を考えて水柱様を紹介してくれようとしていることも理解している。
私の日輪刀は淡い水色だし、呼吸だって水を使う。
そりゃあ、同じ呼吸を極めた水柱様から手解きを受けるのが、強くなる為の近道なのかもしれないが……
〝私は煉獄さんのような、人の心に寄り添える強く優しい隊士になりたいの。誰でもいい訳じゃない〟
「うー……難しい問題だぁ……」
「ハハハッ!そんなに唸り声を上げてどうした!!全く、苗字は見ていて飽きないな!!」
頭を抱えて悶々としていると、茶菓子を持って帰って来た煉獄さんに笑われた。
******
二人で並んで茶菓子を食べる間、煉獄さんは楽しそうに最近の近況を教えてくれる。
弟の千寿郎君と庭で焼き芋を焼いただとか、任務先で食べた定食が旨かったとか。
正直、先程の失態の事ばかりが頭を過って、あまり会話が頭に入ってこない。
「それにしても、苗字は弱音も吐かずよく頑張っているな!!」
「……へ?」
だから、折角褒めてもらったと言うのに、反応が遅れてしまった上に素っ頓狂な声まで上げてしまった。
しかし、それを特に指摘する事なく、煉獄さんはそのまま笑顔で言葉を続けた。
「前回稽古をつけた時より明らかに反応が良くなっている!苗字は努力家だからな、確かに誰かの元で修行を積めばみるみる成長するかもしれん!」
「あっ、え?えっと……ありがとう、ございます?」
素直に褒められて嬉しいが、また水柱様の下で……と進められる流れではないかと返答に困る。
そんな私の反応に、ぶふっ、と盛大に吹き出した煉獄さんは、暫く豪快に笑った後咳払いを一つ落として話し出す。
「いや、笑ったりしてすまなかった!!あまりにも反応が愛いもので、ついな!!」
「う、愛いって……揶揄わないでください」
「む?揶揄っているつもりはないが、気を悪くしたなら謝ろう」
「い、いえ……」
謝ろうと言った癖に煉獄さんからは全く悪びれる様子もないし、私はもうたじたじである。
何と返答するべきか困り果てて、そのままじっと煉獄さんを見上げていれば、先程まで何処を見つめていたのか分からなかった彼が突然此方に視線を移す。
自然と視線がかち合い、思わず頬が熱くなる。
綺麗な炎色の瞳に見つめられては、視線を逸らす事すら叶わない。
そのまま彼の瞳を見つめ続けていれば、いつもより少し小さな声で彼は話し始めた。
「本当は同じ呼吸を使う冨岡の下で鍛えて貰うべきだろうが……俺の負けだな。苗字の熱意に心を動かされた」
「それって、つまり……」
「ああ、俺のところで鍛えてやろう!」
にこりと眉を下げた煉獄さんに、パァッと顔を綻ばせる。
「あ、ありがとうございますっ!私、煉獄さんのように強くて優しい隊士になります」
「む?俺のように?」
「はい。煉獄さんは私の憧れですから!」
あまりの嬉しさに興奮を抑える事なく、煉獄さんの何がどう凄いのかを本人に説き伏せる。
その間、にこにこと笑顔でその話を聞いていた煉獄さんは、私の話が終わるとコテンと首を傾げた。
「……苗字は俺のことが好きなのだろうか?」
「んへ?」
煉獄さんが爆弾発言を落とすから、思わず声が上擦った。
だが、そんな私を気にする様子もない彼は、そのまま続けて口を開く。
「いや、勘違いなら仕方ないが、その方が此方は都合がいいのでな!!」
「え……ど、どう言う意味ですか?」
その言葉の真意が知りたくて、思わず大きな声で問いかける。
「ん?」
しかし、肩眉を上げ、とぼけたような表情を浮かべた煉獄さんは、茶菓子を私に差し出すとにこりと笑みを深くした。
「そんなに慌てなくても、時間はたっぷりある!茶菓子を食べてからでも大丈夫だろう!」
含みのある物言いに、思わず頬が熱くなる。
煉獄さんから手渡されたお菓子は、きっと高くて美味しいものだったのだろうが……
〝その方が都合がいいって、どう言う事!?〟
緊張からか全く味がしなかった。