短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
川のせせらぎの音。
小鳥たちのさえずり。
木々の間をそよ風が吹き抜ければ、
緑の葉が優しくさざめいて。
「ふふっ、ここを秘密の場所にして正解だったなぁ」
ぽつりと呟いた女は、光が降り注ぐ川辺を遠目に眺め笑みを零した。
******
人里離れた山奥で名前はひっそりと暮らしていた。
一見そこらにいる年頃の美しい
人は名前を鬼と呼び、その最期には彼女を脅えきった瞳で見つめるのだ。
まぁ、時折人里へ降りては人間を喰うのだから、当然といえば当然である。
けれども、他の鬼と彼女は少しだけ違っていた。
腹が減れば人を喰らうし、鬼狩りがやって来ようものなら返り討ちに合わす彼女だが、それ以外の殺生は好まなかった。
他の鬼との縄張り争いにも興味はないし、何故味方同士で争うのか?未だに腑に落ちないところでもある。
それよりも人里離れた山奥で、誰にも縛られず自由に過ごせるこの暮らしを名前はとても気に入っていたのだ。
「呆れたのぅ。またここにおったのか」
そんな名前の背後に、気配もなく現れた大きな翼。
突然問いかけられた名前も一瞬驚いたように振り返るが、その姿を捉えると安心したように笑みを零した。
「……あれ?また遊びに来てくれたんだ。ふふっ、上弦も案外暇してるのね?」
「何を抜かす。名前が一人で寂しくしてるんじゃないかと時間を作って来てやったのに」
「え〜?空喜が寂しくなったんでしょ?」
そう言ってくすくすと悪戯な笑みを浮かべる名前に、空喜と呼ばれた鬼も釣られて口元を吊り上げる。
「カカカッ、そうとも言うか!」
そして豪快に笑い声をあげる空喜に、名前はあの日の事を思い出す。
あの日ー……、
彼と出会った日は、もう半年も前のことになる。
******
あの日も名前は山奥に一人でいた。
しかしその姿はボロボロで。
鬼狩り達との戦闘で負った傷が塞がるまで、この場に身を潜めている所だった。
鬼と言えどその実力は様々で、上弦でもない名前は傷の回復に時間を要する。
こんな所を他の鬼狩りに見つかれば、今度こそ命はないだろう。
そうして息を潜める名前の前に現れたのが、空喜を始めとする半天狗の分裂鬼達だった。
「……何故このような所に隠れている?」
ゼェゼェと大きく肩で息をする名前に、他の分裂鬼が声を掛ける。
だが、それは名前の身を案じるようなものでなく、どちらかと言えば彼女を蔑むような冷たいものだった。
「はっ、は……何?私、今ちょっと忙しいんだけど」
「何だと?」
「助けてくれるならありがたいけどっ、……そうじゃないなら放っておいてくれない?」
「貴様、誰に向かって言っているか分かっているのか」
「誰って、……貴方達以外に誰かいる?」
しかしそれを気にすることなくへらりと笑みを浮かべた名前は、ここは私が先に見つけた場所だから用が済んだならどっかへ行ってくれない?と淡々と言葉を続けた。
「貴様っ、「カカカッ!積怒、まぁ落ち着くのじゃ」
それには会話を交わしていた分裂鬼も額に青筋を浮かべたが……何が面白かったのか、笑い声を上げた空喜によって彼は宥められていた。
それから他の分裂鬼達にも何か声を掛けた空喜は、名前の傍に座り込むとニコニコと笑いかけた。
「其方、名前は?」
「……私の事を知りたいのなら、まずは自分の名前を名乗るのが礼儀じゃない?」
「ククッ、それもそうじゃな!失礼した!儂の名は空喜じゃ!」
「………名前」
「そうか、名前かっ!良い名じゃのう!」
いつの間にやら空喜以外の気配は消え、静まり返った空間には楽しそうな彼の声だけが響いている。
状況が呑み込めない名前は上機嫌な彼の話をぽかんとした表情で見つめるが、その間も空喜は楽しそうに言葉を紡いでいく。
先程怒らせた片割れが積怒という名であること。
それから彼らは十二鬼月。
それも上弦の鬼で、
そのどれもが名前にとっては驚きだったが、一番彼女が驚いたのは……
「傷はもう癒えたようじゃのう?これで儂が帰っても取り敢えずは安心じゃな」
「……へ?もしかして助けてくれたの?」
「さあ?名前がそう思うなら、そうかもしれんな」
空喜が名前の傷が塞がるまで傍に居続けてくれた事だった。
後から思えば上弦である彼らに楯突いた自分が何も仕打ちを受けなかったのは、きっと空喜が他の分裂鬼達に口添えをしてくれたからで。
名前が回復するまで傍に居てくれたのは、きっと彼の優しさだ。
また来る。
そう言って姿を消した空喜に、もしも再び会うことがあるのなら今度はちゃんとお礼を言おう。
そう心に決めていた名前は、それから数日後、宣言通り再び名前の前に現れた空喜にこの場所を教えたのだ。
「本当は私だけの秘密の場所なんだけど…空喜は私を助けてくれたし、特別に教えてあげる」
「ほう。これはまた…」
「ふふっ、綺麗でしょ?」
あの日以来空喜は時折ここへと訪れるようになり、たわいもない話を交わす仲になった。
名前にとって、鬼になってから初めて出来た他との繋がり。
友人、とでも言うのだろうか。
空喜といる時は不安を感じることは無い。
何より一緒にいて楽しいと思える相手が居ようとは。
そんな二人の出会いを思い出しくすくすと小さく笑みを零せば、すぐさま何を笑っているのかと空喜に肩を小突かれる。
「ふふっ、いや?何でもないよ?」
「何でも無いわけなかろう」
「ふふっ、何でもないってば!」
「…………儂には言えぬのか?」
「そんなんじゃないよ!ただ、こんな穏やかな時間が続けばいいなぁ〜って思って……へへっ、なんか言葉にすると恥ずかしいね」
それでもじっと見つめてくる空喜に名前は観念したように口を開く。
けれどもすぐに恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにへにゃりと笑う。
空喜の事だからどうせ豪快に笑い飛ばされる。
そんなことを思いながら恐る恐る空喜を見上げれば、何故か頬を染め口元を片手で隠している。
確かに面と向かって告げられれば照れてしまうのかもしれないが、予想外の反応に名前は思わず面食らってしまう。
「そうか……名前も儂と同じ気持ちじゃったのか」
「え、ちょっ……」
そんな名前を何故か空喜は抱き寄せる。
突然の出来事に驚く名前に、彼から更に衝撃の言葉が告げられる。
「ずっと前から思うておったのじゃ。名前の笑顔も、その心も…全てを儂のものにしたいとな」
「……え?」
「そうか。漸くこれで想いが通じ合ったのじゃな!これを情愛と言うのかのう」
まさか彼がそんな事を考えていたなんて……
一瞬驚きで固まっていた名前だが、ふと我に返ると空喜の胸元を力いっぱい押し返す。
「ま、待ってよ…情愛?私は…そんなんじゃなくて、ただ空喜と一緒にいれたら楽しいなって思ってただけで」
「……儂も名前と共に居られる時間は楽しくて仕方ない。そう考えるうちに名前の全てを儂だけのものに出来たらと思うようになったのじゃ」
「……で、でも!!可笑しいでしょ?私たちは鬼なのよ?そんな人間みたいな馴れ合い有り得ない」
「だが儂は其方に惹かれておる」
「……っ、そんな事言って……分かった。またいつもみたいに私を揶揄う冗談なんでしょう?」
縋る思いで言葉を問いかけるも、初めて見た空喜のギラついた瞳を前に名前は彼が本気である事を悟ってしまった。
だが、やっぱりそんな話を容易く容認出来るはずも無く、二人の間に不穏な空気が流れ始める。
しかし、その瞬間ー……
「空喜、あの方がお呼びだ」
彼らの背後に突然積怒が現れた事で、二人の会話はそこで終わりを迎える。
本当はこのまま立ち去りたくないと思った空喜だが、無惨様からの呼び出しなら仕方がないと自分に言い聞かせる。
しかし、このまま彼女にはぐらかされては困ると思った空喜は、去り際に名前へと振り返る。
「儂の想いは変わらぬ」
「っ、……」
「名前が何処へ行こうが、儂の前から逃げようが……必ず探し出して儂のものにしてみせる」
最後にそう一言言い残した空喜は、空間に突如現れた扉の中へと消えていく。
そうして残された名前は、暫くの間、扉が消えた方向を見つめて放心状態になっていた。
******
あれから数日ー……
空喜の事ばかり考えて過ごしていた名前は、今日もこの場所を訪れていた。
ここは自分だけの秘密の場所。
誰にも縛られず邪魔されない、そんな素敵な場所だった。
……それだけだった筈なのに。
いつの間にか空喜と会いたいが為に、ここへ訪れるようになっていた。
いつ来るか分からない彼のことを、まだかまだかと待ち焦がれるようになったのは何時からだろう。
これが彼の言う情愛と同じ感情なのかは分からないが、空喜と一緒にいる時間が自分にとってもかけがえのないものだった事は確かである。
『名前が何処へ行こうが、儂の前から逃げようが……必ず探し出して儂のものにしてみせる』
空喜はああ言っていたが、そもそも彼から逃げようと思った事など一度もない。
もしも二人が出会う前まで戻れるとしても、やっぱり空喜と共に笑い合う未来を望んでしまう事だろう。
「……なんだぁ、答えなんて最初から決まってんだ」
ちゃぽん、と川に小石を投げながら名前は小さく笑みを零す。
「あ〜ぁ……次はいつ来るのかなぁ……空喜に会いたいなぁ〜」
それから大きな独り言を呟いて後ろにごろりと寝転べば……
「なっ、!」
「カカカッ!儂を恋焦がれておったのか?名前も可愛らしい所があるのじゃのう?」
見上げた先で、生い茂る木の枝に腰掛けてこちらを見下ろす空喜と視線がかち合った。
まさか自分の独り言を聞かれていたと思っていなかった名前は、慌ててその場から飛び起きるとツラツラと言い訳を並べ始める。
そんな名前の様子に空喜は再び大きな笑い声を上げると、未だに慌てている彼女の元へと降りてきてずいっと顔を覗き込む。
「して、気持ちは決まったのか?」
「う″っ……」
至近距離で見つめられ思わず視線を逸らすものの。
煩く鳴り出した心音と、頬に集まりだした熱に名前は観念したように呟いた。
「……恥ずかしいから、一回しか言わない」
「ん?」
「………私も空喜の事が好きみたい。多分出会ったあの日から」
そう言って、真っ赤な顔を隠すように空喜にがばりと抱きつけば、再び豪快な笑い声を上げた空喜に背中をポンポンと叩かれる。
「カカカッ!そうじゃろうて!!名前は儂を何時も待ってくれていたしのう」
「なっ、…」
「まさか儂の想いを拒絶するとは思っていなかったが……そうか!名前も儂を好いておったか!!」
「ちょ!恥ずかしいから、そんなに何度も言わないで!!」
真っ赤な顔で反論をし始めた名前に、空喜は嬉しそうに目を細める。
「カカカッ!そんなに顔を赤らめて名前は本当に愛らしいのう!」
「わー!!!もう、やめてーっ!!恥ずかしいってば!!」
「ククッ、…そうじゃ!!積怒達にも報告にいかんとな!!」
「ま、待ってよ。心の準備が……」
互いを抱きしめ合ったまま、二人はギャーギャーと騒ぎ始める。
この時だけは川のせせらぎの音も、
小鳥達のさえずりも、
風に揺れる木々の音すら鳴り止んだように静かなもので……
「カカカッ!喜ばしいのう!!」
「もう!空喜はすぐ調子に乗るんだから!!」
二人の声だけが静かなこの場所に響いていた。
******
林檎様リクエストありがとうございました。
そして、大変お待たせしてしまい申し訳ございませんm(_ _)m
刀鍛冶の里編のアニメも始まり半天狗達も大活躍中ですので、気合いを入れて執筆致しました。
その結果思いの外長編になってしまいましたが…汗
お話呼んで頂いて違和感等ある場合はいつでも書き直しますので、お気軽にお申し付けください。
リクエスト内容 : 夢主は天真爛漫な鬼。
縄張りの山で偶然空喜に出会い、性格や考え方が似ていたために気に入られる。
物怖じせず自然体で接してくれる夢主に心地良く感じ、そうして接していくうちに夢主の全てが欲しくなる空喜。
友愛的な意味で空喜の事が好きだった夢主はそれに戸惑う。それを見守る他の分裂鬼三鬼。
最終的には夢主が空喜の気持ちを受け入れるお話
林檎様が楽しんで頂ければ幸いです。
2023/05/28 おもち