予測できない方程式(藤原様リクエスト)
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学生時代の友人とその彼に誘われて、久しぶりに三人で居酒屋へとやって来た名前は、その席で彼らが婚約した事を聞かされて上機嫌だった。
「もう本当に良かった!!蜜璃には伊黒君みたいな人がお似合いだな〜ってずっと思ってたの!二人とも本当におめでとう!!何だか私まで嬉しくなるなぁ〜」
長年二人の関係を見守っていた名前からすれば、漸くかと思ってしまう程、彼らはお似合いのカップルで。
蜜璃が気になる人がいると打ち明けてくれた日から早五年……互いを大切に想いあってきた二人を知るからこそ、自分の事のように嬉しく思えるのだろう。
なんだか感慨深いものがあるな〜、なんて思いながら名前は豪快にビールを喉へと流し込んだ。
「えへへ、ありがとう名前ちゃん!!それとね、私たち考えたの!!」
「ん?」
「私ね、名前ちゃんには沢山助けて貰ったし、大切なお友達だと思ってるの!だからね?名前ちゃんにも素敵な人を見つけて幸せになって欲しいなって」
「っ、……ごほっ、げほっ……ちょ、待って……、蜜璃ったら、突然何の話!?」
だが、友人が笑顔で爆弾を投下してくるものだから、危うくビールを吹き出しそうになる。
それに伊黒は呆れたようにため息を落とし、蜜璃は大丈夫?と小首を傾げながらクスクスと可愛いらしく笑っている。
「大丈夫、大丈夫〜……あはは、蜜璃が変なこと言い出すからびっくりしちゃったよ〜……今日はおめでたい報告も聞けたし、私の事なんていいから!今日は楽しく飲もうよ!!ね?」
その視線に堪らず話題を変えてみるが、優しい友人でも今回ばかりは見逃してくれないようで名前は視線を泳がせる。
勿論、蜜璃のように素敵な相手が見つかれば別だろうが、過去に碌な恋愛をしてこなかった名前は、この手の話が苦手だったりもする。
というのも過去に付き合った男性は、物を強請るような働きもしない人だったり、暴言を吐くような人だったり、挙句の果てには違う女性と浮気をするような男に捨てられたり……もう散々なものである。
その度に蜜璃は心配して声をかけてくれたし、名前が蜜璃達カップルを見守っていた分、蜜璃も名前のことを常に気にかけていたのだ。
きっと、そんな過去があったから恋愛が億劫になってしまった事も、一人の寂しさを誤魔化すように過度に仕事を詰め込んでいる事も、彼女はお見通しなのだろう。
運命の人は絶対にいるわよ!と笑いかける蜜璃に、今はまだ恋愛する気になれない名前はどうしたものかと頭を悩ませる。
するとそれまで黙って事の成り行きを見守っていた伊黒が徐に口を開く。
「俺は直接話を聞いたわけではないが甘露寺から苗字が過去に付き合った
「クズって……まぁ、間違ってはないんだけど……」
「その上でだが、世の中の男がそんな連中ばかりだと思われても困る。甘露寺の言う通り適した相手は他に必ずいるだろう……それに苗字は少しお節介が過ぎるところはあるが、甘露寺の友人で、根はいい奴だと理解している」
「………伊黒君、それフォローしてるつもり?」
辛辣な物言いではあるが、蜜璃以外のことは興味無さそうな彼が、一応励まそうとしてくれている、のか?
思わず苦笑いを浮かべながら軽くツッコミを入れる名前だが、彼が続けた言葉に一瞬思考が停止する。
「だから、俺が仲介役になってやろう」
「………へ?」
「喜べ。不死川はいい奴だし、きっと気が合「ちょ、ちょっと待って!!不死川って誰!?え、…何の話してる?」
混乱状態の名前に、伊黒は今の流れで大体分かるだろうなんて小言を口にしながら、俺の同僚だと説明を続けた。
どうやら蜜璃も知っている人のようで「不死川先生は生徒思いの素敵な先生なのよ?」と口を開き、良かったわね!なんて笑いかけてくる。
それにどう反応すればいいのか考えあぐねていれば、伊黒が徐に立ち上がる。
「噂をすれば……」
片手を上げて誰かを呼ぶような素振りを見せた伊黒に、名前も釣られて振り返る。
そして、そこに現れた男性の姿を確認して、振り返ったことを後悔した。
「不死川、こっちだ」
「わりィ、遅くなったァ………って、……おい、伊黒……どういう状況だ、こりゃァ」
しかし、不死川と呼ばれた男性も何故だか同じ表情を浮かべていて。
自分と同様、ろくな説明もないまま呼び出されたのだろうと察してしまった。
〝仲介役を買って出るならもう少し説明してよ伊黒君……〟
困惑した表情の男性と目が合い、気まづい空気のまま名前はぺこりと頭を下げた。
******
あれから三ヶ月ー……
「あれ〜?先輩、もしかして彼氏でも出来ました?」
「え!?出来てないよ、全然!!」
「そうなんですか?なんか最近ご機嫌だし、さっきから携帯見つめてはにやついてるから、てっきり彼氏からかと思いましたけど」
「………にやついてません」
あの日、伊黒を通して紹介された不死川は、なんというか……とてもまともな人だった。
少し強面ではあるが気さくに話しかけてくれたり、家族思いな優しい人だとすぐに分かった。
聞けば伊黒とは親友とも言える存在で、蜜璃との仲を唯一相談していた人物だというのだから、伊黒が太鼓判を押す訳だと妙に納得してしまった。
教師で顔も良くて、性格もいい。となると、さぞかしモテそうなものだが、仕事と弟妹達の世話で今までその手の誘いは断ってきたらしい。
今回の彼の反応からしても、伊黒から何も聞かされていなかったのだろうが……
〝伊黒君、人にはお節介だなんだと言って自分はどうなのよ〟
自分を二の次にしてしまう友人の為か、可愛い恋人の頼みで仕方なくだったのか、それともその両者だったのか。
どちらにせよ、蜜璃が選んだ人が友人思いの優しい人で良かったと嬉しく思う。
それと同時に、伊黒の思惑とは違うかもしれないが、蜜璃達カップルを知る共通の友人が出来たことは素直に嬉しい。
不死川はとてもいい人だし、長男だからなのか包容力もある。
連絡を取り合ったり数回食事に出かけたりするうちに、いつの間にか仕事での愚痴やアドバイスを貰う良い相談相手になってくれているのだから、彼を紹介してくれた伊黒には本当に感謝でしかない。
「えーっとなになに……同僚が美術室を爆発させたから今日は残業して片付けを手伝うはめになった………?ふふっ、何それ」
日に数回送らてくるメッセージには時々よく分からない内容の愚痴などもあるが、
「あ、やっぱり先輩にやついてる!」
「にやついてません!さっ、休憩終わり〜仕事、仕事!」
「ちょっと先輩、教えてくれないんですか〜?」
後輩から指摘される位には彼からのメッセージを楽しみにしている自分がいるようで、思わず苦笑いを浮かべるのだった。
******
その日の帰り道ー……
いつも通り残業を終え電車で最寄り駅まで帰りついた名前は、近所のコンビニへで一人困り果てていた。
〝どうしよう……でも、まだ付き纏われてるって決まった訳じゃないし……〟
商品棚の隙間から辺りを伺えば、此方を見つめる男と目が合い慌てて視線を逸らす。
やはり、明らかに此方を意識している男に、名前は顔を青褪める。
帰宅中、男の存在に気づいたのは最寄り駅を出てすぐのことで、歩く速度を早めてもピッタリと後ろを付いてくる男に堪らずコンビニへと駆け込んだのだ。
この手の被害にあった事がない名前には、こういう時の対処法が分からなくて泣きそうになる。
自宅を知られるのが怖くて駆け込んだコンビニだが、まさか店内にまで付いてくるなんて想像もしていなかった。
一定の距離を保って近づいてくる様子はないものの、ずっとこちらを伺うような男の視線。
こういう時警察は動いてくれないと聞いた事もあるし、どうするべきかと必死で考えを巡らせていれば、不意にケータイから振動を感じ慌ててそちらへ視線を落とす。
『ありがとな、名前も気をつけて帰れよ』
そこに表示された優しい言葉に思わず泣きそうになる。
縋るような気持ちで通話ボタンを押してから、残業だったのに迷惑ではないか、と思い直す。
しかし慌てて電話を切ろうとするも、数回のコール音の後、思いの外早く声が聞こえた。
電話なんて珍しいな、と話す彼になんと伝えればいいのか戸惑っていれば、そのやり取りを変に思ったのだろう。
どうかしたのか?と問いかけてきた彼に、正直に状況を説明する。
平然を装うつもりが、口に出すと恐怖が込み上げてきて無意識に声が震えてしまう。
「状況は分かったから、名前は絶対そこを動くんじゃねェ」
「……うん、」
「多分ここからなら10分ぐらいで着くと思うがァ……俺が行く前に万が一男が近づいてきたら、そん時は店員に助けを求めるんだぞ」
「…ん、……ありがとっ、」
即座に状況を察知して、迷うことなく助けに来てくれる判断をした彼に涙声になる。
それと同時に、あんなに怖かった筈なのに、彼の声を聞いて少し安心してしまった自分がいるのを不思議に思った。
******
それから不死川は、10分も待たずして現れた。
恐らく急いで来てくれたのだろう。
血相を変えて現れた不死川がギロリと店内を見渡した瞬間、男は堪らず視線を逸らし逃げるように店から飛び出していった。
それを確認してホッとしたのも束の間、こちらに慌てて駆け寄って来た彼に、何故か心音が煩くなる。
「すまねェ、遅くなった……大丈夫かァ?」
「あ、うん。大丈夫……それより、不死川さんも忙しかった筈なのに助けに来てくれてありがとう」
「ァ?んな大した事はしてねェよ……それより、本当に無事でよかったァ」
そう言って優しく目尻を下げる彼から、視線が離せなくなる。
「このまま家に送ってもいいがァ……、一人になるとまたさっきの事思い出すだろ?もし名前が疲れてなきゃ、このまま飯でも食いに行くかァ?」
「え、でも……不死川さんこそ疲れてるんじゃ…」
「まぁな〜…どっかの馬鹿のせいで残業になっちまったし、晩飯もまだで腹ぺこ」
イタズラに笑う彼の優しさに気づいて、頬に熱が集まっていく。
「ありがとう」
「おう!」
結局彼の車で近くの定食屋へと向かう事になった名前は、助手席に座りながら一人悶々と考え込んでいた。
何故こんなに胸が高鳴るのか。
そもそも彼の隣は安心するからと言って、こんなに頼ってしまって大丈夫なのか。
2人きりの車内で、名前の心情は複雑だった。
「いつも帰りはこの時間なのかァ?」
「……へ?」
そんな中、不死川から突然問いかけられた名前は、キョトンとした表情を浮かべる。
それに苦笑を漏らした彼が、暫く送迎が必要だろう?なんて言葉を続けた為、名前は慌てて首を振る。
「だ、大丈夫!今日はたまたまで、普段はそんな事全然ないし!」
「はァ?説得力ねーよ、んなもん」
「……それに、幾ら不死川さんが優しいからって、そんなに甘えてばかりじゃ……」
彼にこれ以上迷惑をかけたくなくて断りを入れたと同時、タイミングよく赤に変わった信号によって車も停止する。
此方へと視線を移した彼と目が合う。
見つめ合うこと数秒、ゆっくりと伸ばされた彼の腕が、名前の頭を優しく撫でる。
「誰にでも優しい訳じゃねェ。それに俺がやりたくてやってんだから、名前は気兼ねなく甘えればいいだろうがァ」
「……ふぇ?」
「おら、分かったんなら返事」
「……は、はい」
真っ赤な顔で頷いた名前に不死川は満足したように笑みをこぼし、何事も無かったかのように運転を再開させる。
いつの間にか青に変わった信号も、その後彼が口にした同僚への愚痴も。
今の名前には完全に届いていないようで。
〝……こんなにカッコイイなんて、ずるい〟
傷つくのが怖くて蓋をしていた筈の感情に気づいて、思わず頭を抱えたくなる。
そして、どうかこの煩い心音に、彼が気づかない事を祈るのだった。