短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「むう……」
難しい顔で腕を組む煉獄先生に、どうしたものかと同じように考え込む。
「……あの、煉獄先生?私なら、もう大丈夫です」
そう言ってニコニコと笑って見せても、煉獄先生は変わらず険しい表情を浮かべたまま……
記憶の中の先生ならば、それに笑顔で頷いて笑い飛ばしてくれるはずだったのだが、かけられた言葉は予想の遥か上を行っていた。
「幾ら苗字が成人を迎えていようとも、この時間だ!!俺が家まで送っていこう!!」
「えぇー!?だ、大丈夫ですよ!!まだ9時前だし、私だって立派な社会人になったんですから」
「いや!!女性が夜道を一人で歩くのは些か危険だ!!元教え子に何かあっては困るからな!!」
そう言って漸く記憶通りの笑みを浮かべた煉獄先生に、私は苦笑いを浮かべながら、すみません……と頭を下げるのだった。
******
私がきめつ学園に在学している時に、担任を受け持ってくれた煉獄先生。
いつも明るく、生徒思い。
その上、イケメンでスポーツ万能。
そんな先生だからこそ生徒たちからの人気も高く、女子生徒からは毎年バレンタインで物凄い量のチョコを貰っていたのを覚えている。
かく言う私も在学時代は、煉獄先生に淡い恋心を抱いていた生徒の一人で、友達と一緒にチョコを渡したのは今でもいい思い出だ。
あの頃は、告白なんて勇気もなくただチョコを渡しただけだったが、笑顔でチョコを受け取ってくれた先生の優しさだけで私はもう充分だった。
その後、卒業するまで持ち続けた恋心。
なんて甘酸っぱい青春を送っていたのだろうと、思わず小さくほくそ笑む。
そんな懐かしい思い出に浸りながら、ちらりと隣を伺えば、夜の闇でもハッキリとわかる金色の瞳がこちらを見つめて眉を顰めた。
「……苗字はいつもこんなに帰りが遅いのか?」
「えっとー……、まぁ、今はそうですかね。社会人二年目で、仕事も順調に慣れてきましたから。任せてもらう仕事も増えてきて……忙しいですが、充実しています」
「うむ!仕事については順調そうで何よりだが……」
そう言って再び眉間に皺を寄せた先生に、困ったように眉を下げる。
やっぱり、煉獄先生と再会した状況がよくなかったなー……と今更ながら後悔する。
******
今日もいつも通りに働いて、20時過ぎには会社を退社し電車で帰路についていた。
残業続きで疲れはまぁそれなりに溜まっているが、それだけ頼りにされている証拠だと嬉しく思っているのもまた事実。
それに今日は木曜日。
後1日働けば、連休が私を待っている!!
そうやって自分を奮い立たせ、意気揚々と改札を出た所で……
「ねえ、そこのお姉さん!!」
見ず知らずの男に声をかけられたのだ。
「すみません、今ちょっと急いでまして」
「え〜?そんなつれない事言わないでさ〜」
普段はそんな事などないのだが、酔っ払いに腕を掴まれて、そのまま引っ張られそうになる。
「ちょ、ちょっと…「何をしている!!」
慌てて声を上げた瞬間、響いた大声に振り返れば……
「あん?なんだよお前ェ〜?」
「えっ!!?煉獄先生!!?」
「……俺の大切な教え子から手を離して貰えるか?」
久しぶりに再会した煉獄先生に驚く暇もなく、ドスの効いた低い声が静寂に響き渡る。
それに男がたじろいだ瞬間、先生が私の手を取り助け出してくれたのだ。
……久しぶりの再会がこのような形になってしまったのだから、心配されるのも無理はない。
社会人になったのだから、あんな酔っ払い位もっとスマートに交わせれば……そんな事を思ったところで後の祭りという奴だ。
〝こんな心配をかけちゃうなんて、私って全然だめだめじゃん……〟
未だに険しい表情を浮かべている煉獄先生を盗み見て、無意識に小さくため息を漏らす。
だが、落ち込みながら歩いていた私の耳にまたしても予想外の言葉が降ってくる。
「‥‥少し考えたんだが、もし嫌でなければ俺の連絡先を教えておこう!!」
「え、…ぇえ!!?いいんですか!?」
「苗字はもう社会人だ。……生徒ではないし、積もる話もあるからな!!良ければ今度食事にでも一緒にいかないか?」
そう言って優しく笑いかける煉獄先生に、ドクンと胸が高鳴った。
〝……そうだ、教え子だった私に気を遣ってくれているんだ。さすが煉獄先生だなー、うんうん〟
突然の申し出に一瞬浮かれてしまった心臓を、深く息を吐きながら落ち着かせる。
平常心を装ってお互いの連絡先を交換すれば、煉獄先生のアイコンが家族写真である事に、思わず小さく笑みが溢れる。
「これで何かあれば、直ぐに俺が駆けつけるから安心するといい!!」
「へ?……あ、ありがとうございます」
前言撤回。憧れの先生からそんな事を言われて、平常心でいられる筈がない。
赤く染まった頬を隠すように視線を逸らせば、知らぬ間に家の近くまで来ていたようだ。
「あっ、…先生、私ここのアパートです」
一人で歩く帰り道は駅から遠いと思っていたが、煉獄先生と歩くいつもの道はあっという間で……実はすごく近かったのかもと思い直す。
煉獄先生と別れるのは名残惜しいが、このままでは私の心臓も持ちそうもないからこのタイミングで家に着けて良かったのではないだろうか。
そんな事を考えながら、先生に向かって頭を下げる。
「……あの、本当に今日はありがとうございました」
「いや、大した事はしていない。それに実はご近所さんだと知れたからな、これからはいつでも頼るといい!!」
あの駅であったのだから、もしかして…とは思っていたが、煉獄先生の家もこの辺りだと聞いてなんだか妙に納得した。
逆に今までよく遭遇しなかったものだなー…なんて可笑しくなって笑っていれば、口元を緩めた先生がそっと近づいてきて硬直する。
「……あの時のチョコのお礼がまだだったからな。食事のこと、前向きに考えておいてくれ」
耳元でそう囁いてニカッと豪快に笑った先生は、ではまたな!と私の肩に手を置くと、ブンブンと腕を振りながら先生の自宅へと帰って行った。
「………あの時の……チョコ」
一人取り残された私はというと、耳元を押さえたまま、先生の後ろ姿を呆然と眺めていることしか出来なかった。