短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
可愛らしいキャラクターが描かれた封筒を前に、名前は思わず眉を下げた。
「……私が渡すの?杏寿郎に?」
「お願い!杏寿郎君、いつも女子に囲まれてるから……名前ちゃんだけが頼りなの!!」
そう言って頭を下げる隣のクラスの女生徒に、名前は苦笑を浮かべて曖昧に頷いた。
その封筒……所謂ラブレターを受け取った名前に、ぱぁあっと笑顔になった彼女は「じゃあ頼んだわね〜」と颯爽と自分のクラスへと去って行く。
それを見送った名前の耳に、次の授業の始まりを知らせる呼び鈴が届き、小さくため息を漏らした名前は慌てて自分の席へと戻るのだった。
******
〝煉獄杏寿郎〟
鬼滅学園に通う高校三年生の彼は、剣道の大会で何度も優勝する程の実力者だ。加えて、いつも明るく人柄が良い彼は、学年関係なく後輩からも慕われる、学園の人気者だ。
そんな杏寿郎と幼馴染の苗字 名前は、彼の炎色の髪を眺めながら、小さくため息を漏らした。
昔からそうだ。
杏寿郎に想いを伝える為、名前に手紙やらチョコレートやらを渡すように頼まれたり、杏寿郎の好きな物や欲しい物を探るように頼まれたり……
お人好しの性格の名前は、なんだかんだと其れらを受け入れては、自分の気持ちに蓋をする。
名前にとって杏寿郎はいつだって
******
初めての出会いは小学一年生の時。
両親の転勤によりこの町へと越してきた名前は、母と共に緊張した面持ちで隣人への挨拶に訪れていた。
「お母さん、立派なお家だね〜〜。お城みたい!どんな人が住んでるのかな?」
そう言って話していれば名前達の後ろから、元気いっぱいの声がかかる。
「こんにちは!家に何か御用ですか!?」
振り返った名前達の視線の先にいたのは、今よりもずっと幼い杏寿郎の姿で、ランドセルを背負った彼を初めて見た名前は、子供ながらに彼の瞳に目を奪われた。
「わぁ、凄く綺麗なお目目だね!お日様みたい!」
そうコソコソと母に耳打ちすれば、それが聞こえたのだろう。「ありがとう!!」と元気よく答えた杏寿郎は「君の瞳も優しい色をしていて素敵だぞ!」と笑ってくれた。それに一瞬キョトンとした名前が、えへへと頬を染めたのが彼らの出会いだった。
あの日から十数年……
思えば名前の初めては、いつも杏寿郎との思い出ばかりだった。
この町に来て、初めて出来た友達は杏寿郎だったし、初めて家に呼んだのも杏寿郎だった。父親以外にバレンタインのチョコをあげたのも杏寿郎。初めて喧嘩をしたのも、それから仲直りをしたのも……全部全部、名前の隣には杏寿郎がいる思い出ばかり。
そんな彼に知らぬ間に想いを寄せるようになったのは、名前からしたら必然だったのかもしれない。名前の初恋もまた杏寿郎であった。
だが歳を重ねる毎に、杏寿郎の周りには自分以外の人が増えていった。それから、杏寿郎の魅力に気づく人も。
そんな杏寿郎の隣に立つのが自分では〝釣り合わない〟と思うようになったのは、いつからだったか……
そんな事を考えながら、隣を歩く杏寿郎を見上げた名前は、徐に彼へと封筒を差し出した。
「杏寿郎、隣のクラスの女の子から渡すようにって預かったの」
嬉しそうに今日あった事の話をしながら、並んで下校していた杏寿郎は、名前から差し出された封筒を見て顔を顰めた。
「むう。名前、いつも断ってくれていいと言っているのに……嫌じゃないのか?」
そう言って険しい顔を浮かべた杏寿郎に、嫌?と名前は首を傾げた。それは何に対して言っているのだろう、と。
勿論、杏寿郎に片想いをしている名前は、彼にこうして想いを寄せる子を目にする度、彼女達を自分と比べて落ち込んだりしていた。恋する女の子は皆んな自分より輝いて見えるし、何より想いを伝える勇気がない名前にとっては、それだけで自分なんかより何倍も素敵な女の子に見えた。だが、そんな子達が次々と玉砕されるのを間近で見てきた名前は、どんどん臆病になり、今の関係を壊すくらいならと、本当は渡したくもない他の子達の想いをこうして杏寿郎に届けている。
だが杏寿郎が言う〝嫌じゃないのか?〟は別の意味を持っているだろう。彼はきっと自分の事を、兄妹のように思っている。面倒見のいい杏寿郎は、なんでも引き受けてしまう自分を案じてくれているのだ。それか想いを寄せる子達を断るのも大変だ、と遠回しに牽制しているのかもしれない。
そんな事を頭の片隅で思いながら、名前は杏寿郎を見上げて口を開く。
「嫌じゃないよ?幼馴染が学園の人気者で鼻が高いもの!それに……きっと杏寿郎の優しくて頼りになる姿に、皆んな惹かれていくのよね。皆んなが杏寿郎の魅力に気づいてくれて、私も嬉しい」
「……そうか、名前がいいなら」
そう言ってまだ納得していない表情の杏寿郎に、クスクスと笑みを浮かべた名前は違う話題を振ってやる。暫くすれば、先程の表情は何処へやら。名前が大好きなお日様みたいな笑顔を見せ始めた杏寿郎に、名前は一つ笑みを落とした。
杏寿郎に想いを寄せる子を目にするのは辛いけど、皆が杏寿郎の魅力に気づいてくれるのは本当に自分の事のように嬉しいのだ。
もしかしたら、杏寿郎にその内好きな子が出来るかもしれない。それが今手紙を渡した子かもしれない……そんな事を考えながらも、こうして並んで歩ける関係を壊したくない。
クスクスと杏寿郎の話に笑みを漏らした名前は、今日も自分の想いに蓋をする。
******
そんな風に過ごしていたある日のこと。
名前は放課後の教室に残り、同級生の中山を手伝っていた。
「ごめん、苗字。日直でもないのに、こんな事手伝わせて……」
「いいよ、そんな事気にしないで?それに二人でやれば、こんな作業あっという間だよ!」
そう言ってふわりと微笑んだ名前に、中山はほんのり頬を染め、再び手元へと視線を戻した。
パチン、パチンと響く音だけが響き、二人しかいない教室は静まり返っていた。
何故、この様な状況になったのか。
それは今から10分程前の出来事だった。
******
「え、でも……中山君一人でなんて大変でしよ?」
「大丈夫だよ、このくらい!それより早く帰って休んだ方がいい」
放課後、部活へと向かおうとしていた名前の耳にそんな会話が入ってきた。そちらへと視線を移せば、今日の日直の二人が何やら話をしており、中山に声をかけられた彼女は確かに顔色が悪かった。
「どうしたの?」
そんな二人に近づいた名前は、二人から詳細を聞いて微笑んだ。
「美穂ちゃん、私が中山君の手伝いをするから大丈夫だよ!顔色も悪いし、今日は帰ってゆっくり休んで?」
そう言って笑って見せた名前に、彼女は眉を下げながら頷いた。丁度その時、教室の前を剣道部の顧問が通りかかり、名前は慌ててその後を追った。
「……そうか、了解した。苗字も今日は手伝いが終わったら帰るといい。後片付けはこっちでして置くから」
顧問の先生に、そう言われてしまっては、今日は自分も大人しく帰るほかないだろう。そう考えた名前は、それに一つ頷いてみせた。
名前は杏寿郎に誘われるまま、剣道部のマネージャーとして部活に顔を出している。その為、必然的に登下校も杏寿郎と共にする事が多いわけだが……
今日はこちらが片付いたら先に帰るか、とケータイを取り出し、その内容を杏寿郎へと送りつけた。そして教室へと戻った名前は、中山の向かいの席に座り、徐に机の上に並んだ紙へと手を伸ばした。
数枚のプリントをまとめ、ホッチキスで止める。それが今日の日直に頼まれた仕事だった。名前は5個所に広げた紙の束から、一枚ずつプリントを取り、一まとめにして中山に手渡していく。それを受け取った中山がパチン、パチンとホッチキスで止める。やはり二人でやればあっと言う間で、最後の一組を手にしながら、中山が静かに口を開いた。
「苗字は煉獄と仲良いよな?……もしかして付き合ってたりするの?」
「そんなんじゃないよっ!杏寿郎とは幼馴染で……兄妹みたいなもんだから!!」
自分で口にしといて、ズシンと心に重くのしかかった言葉に苦笑を漏らせば、中山は何故か嬉しそうに笑みを浮かべた。
「じゃ、じゃあさっ、好きな奴とかいんの?」
好きな人?と呟きながら、杏寿郎を思い浮かべた名前は「秘密〜」と曖昧に笑って見せた。そして、それを誤魔化す様に口を開いた。
「男子も恋バナとか興味あるんだね!中山君は?好きな人とかいるの?」
名前が首を傾げていれば、彼は少し何かに迷ったように、視線をキョロキョロと動かした後、意を決した様に声を荒げた。
「実はさっ、俺…… 苗字のことが
「名前っ!!」
中山が何か言いかけた瞬間、教室のドアが勢いよく開き、慌てた様子の杏寿郎が顔を出した。
「わぁ、ビックリした!……って、あれ?杏寿郎、部活は?」
はぁ、はぁ、と珍しく息を切らす杏寿郎に問いかければ「体調不良で早退した……」と杏寿郎は、気まづそうに目を逸らした。
体調不良なんて言葉、杏寿郎と出会ってから一度も聞いたことがない名前は「え!大丈夫なの?」と慌てて席を立ち上がるが、それより先に杏寿郎の方からズカズカと此方へとやってきた。
そして机の上に束ねられたプリントと中山が手にした最後の一束を視界にいれる。
「中山、すまないが後は任せてもいいだろうか?」
「あ、ああ。今丁度、終わったとこだし……後はこれを職員室まで運ぶだけだから」
ぎょろりと大きな瞳に見つめられ、困惑した様子で口を開いた中山に名前はふわりと笑いかける。
「中山君、それなら一緒に運ぶの手伝う……って、杏寿郎!?」
えっ!と慌てる名前の手を取って、彼女の鞄を引っ掴んだ杏寿郎は「失礼する!」と言葉を残し教室を後にする。
「あ、ああ。また明日……」
その際チラリと見えた嫉妬の炎に、一人教室に残された少年は机に突っ伏した。
「ははっ……あんなの敵うわけねえじゃん」
******
「ちょっと!ねえ、ちょっと!!……杏寿郎、聞いてる!?」
名前の手を掴んだまま、家に向かって無言で歩く杏寿郎に向かって、名前は声を荒げた。
それに漸く歩みを止めた杏寿郎の背中に、名前は困った様に口を開いた。
「杏寿郎どうかしたの?……中山君、びっくりしてたよ?」
そんな名前の言葉に、はぁ、と大きくため息を吐いた杏寿郎は、ゆっくりとした動きで振り返る。
「名前…………中山の事……なのか?」
「え?なぁに?」
いつもハキハキと喋る杏寿郎が、何やらゴニョゴニョと小さく呟くものだから、名前はこてんと小首を傾げる。
そのままそれに答えもせず、むう、と険しい顔をする杏寿郎に「本当にどうしたの?」と名前は彼の額に手を当てる。
「熱はないようだけど……」
そう言って心配そうに覗きこむ名前に、杏寿郎はまた一つ大きなため息を吐いた。
「名前、実は体調不良と言うのは嘘なんだ!」
え、そうなの?と見上げてくる名前に向かって、杏寿郎はぐっと手を伸ばす。元々至近距離にいた名前の腕を引き寄せれば、そのままの勢いで名前をぎゅっと抱きしめた。
「え、きょっ杏寿郎!?ここ道のど真ん中だよ!!どどど、どうしたの!!?」
いきなり抱きしめられた名前は、ぼんと顔を赤らめて、慌ててバタバタと暴れ出す。そんな名前を逃がさないとでも言う様に、更に力を強めた杏寿郎は、行動とは裏腹に小さな声で語りかけた。
「名前の一番側にいたくて、この想いを伝えられずにいたが…… 名前が他の者に頬を染めるのを見ていられなかった……」
「え……それって、どういう……」
杏寿郎の突然の言葉に、名前の思考は追いつかない。
……側にいたい?
……想いを伝えられなかった?
誰が、誰に?
えっ!えっ?と完全にパニック状態の名前に眉を下げながら、杏寿郎は意を決して口を開く。
「名前、君が好きなんだ!!友達とか兄妹としてではなく、一人の女性として!!」
「っ、……!!」
「これからも、君の一番側にいるのは俺でありたい!!」
その瞬間、ピタッと動きを止めた名前に、杏寿郎は少し不安になった。あんなに慌てていた名前が動きもせず、何も喋らなくなったのだ。
内心びくつきながら、杏寿郎は抱きしめていたその体をゆっくり離す。そして彼女の顔を覗き込んで、思わず息を呑んだ。
ぽろぽろと大きな瞳から涙を流す名前の姿がそこにあったからだ。
「名前、すまない。君を困らせるつもりはなかったのだが……」
そう言って眉を下げた杏寿郎に、名前はぶんぶんと首を振った。
「……違うのっ、その……私でいいの?杏寿郎の一番側に、……いていいの?」
涙を流しながら見上げてきた名前に、杏寿郎は頬を染めた。そしてふっ、と優しく笑みを浮かべた杏寿郎は、名前の手をそっと握った。
「いいに決まっているだろう?俺の一番はいつも名前なんだから」
「……私も、杏寿郎が好きだったの。私の一番もいつも杏寿郎だったからっ」
そう言って泣きながら微笑んだ名前の手を取って、杏寿郎は再び歩き出した。
それは先程とは違い、彼女の歩幅に合わせた歩みで、杏寿郎の優しさを感じた名前は、頬を染める。ぐすんと鼻を鳴らしながら手を引かれる名前は、隣で同じように頬を染める杏寿郎を見上げてふわりと微笑んだ。
やっぱり杏寿郎は名前にとって特別で。
一番大切で、一番側にいたい人……
「杏寿郎」
「む?なんだ名前?」
「ふふっ、……呼んだだけっ!」
そう言ってクスクス笑う名前に、杏寿郎も楽しそうに笑い声をあげる。
手を繋いで並んで歩く二人を、見守るように照らす夕陽が、彼らを優しく包み込んでいた。
******
10000キリ番リクエスト頂きました。
〝煉獄さんとキメ学同級生設定(裏なし)で何か読めたらな…と思います♪
内容は最後がハッピーエンドなら何でも大丈夫です!〟
柊香様、楽しんでいただけましたでしょうか?
長編のキリがつくまでお待たせしちゃって、すみません。また長編も続いていきますので、宜しければまた見ていただけると嬉しいです。
2021/07/23 おもち