短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
切れ長な瞳と、
光を集めてキラキラと輝くような綺麗な髪。
それに加えて傷だらけの肌と、物騒な文字が刻まれた羽織が、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。
そんな彼は、今日もいつもの席で呑気に熱いお茶を啜っている。
その姿を柱の陰から盗み見ていた私に、突然後ろから声がかかる。
「名前ちゃん、これを2丁目の寺本さんとこへ届けてくれるかい?」
それに驚き振り返ると、一瞬キョトンとした表情を浮かべた女将さんは、先程まで私が見ていた方向へと視線を移して口元を吊り上げた。
「あらあら。名前ちゃんのお気に入りのお客さん、また来てんのかい」
「わあ!?ちょ、ちょっと、女将さんっ……」
大きな声で突然何を言い出すのか。
慌てて女将さんの言葉を遮るが、彼女はくつくつと楽しそうに喉を鳴らす。
「そんなに気になるなら話しかけりゃあいいのに」
「ええ!?で、出来ませんよ……そんな事」
それが出来れば苦労はしない。
そんな事を思いながら女将さんをじっと見つめれば、彼女は大袈裟な程大きなため息を吐く。
「全く、焦ったいねえ……そうだ!私が声をかけて来てあげようか?」
その言葉にぶんぶんと首を横に振ると、女将さんの腕から包みを奪うように受け取って口を開く。
「あ、配達でしたね!!2丁目の寺本さん!!私、行って来ます!!」
そう言い残しバタバタと逃げるように店を後にするが、私の耳には、しっかり女将さんの豪快な笑い声が届いていて……
だけど、それに文句を垂れる程の余裕もなくて。
恐らく真っ赤に染まっているだろう頬を隠しながら、私は賑わう街中を走り抜けた。
******
私が幼い頃から通っていた近所の甘味処で働きだして丁度一年。
昔からよく食べていたこの店の和菓子の味と、女将さんの人柄に惹かれて始めたこの仕事も、段々と板についてきたように思う。
最近では看板娘だなんて呼んでくれるお客様も増えたし、何よりこの店の和菓子でお客さんを笑顔にしたいと思うようになったのだから、少しは店員として成長したなぁ、と思う所である。
そして、この店で出会ったのがあの少し強面のお客さんだった。
あの日、店先で見知らぬ男二人に絡まれているところを助けてくれた彼は、恩着せがましくする訳でもなく「店に入るのに邪魔だったから」と平然と口にした。
勿論お礼をさせて欲しいと、この店自慢のおはぎをご馳走した私はー……
「美味いおはぎをご馳走になっちまって悪かったなァ」
そう言って優しく目尻を下げ、また来るわァ…と片腕を上げた彼の姿に一瞬で恋に落ちてしまった、という訳である。
……あれから三ヶ月。
あの言葉通り再び来店してくれた彼は、今では常連さんと呼んでも過言ではないほどに、店に足を運んでくれている。
それなのにまだ名前も知らなければ、碌に会話が続いた事もない。
唯一私が知っているのは、彼が甘党だと言うことだけで、毎回注文するのがおはぎだから勝手に心の中で「おはぎさん」と呼んでいる。
ああ、それと……
少し強面の人だけど、笑うととても素敵なところも知っている。これは私だけの秘密である。
先程は女将さんの言葉についつい店を飛び出して来てしまったが……
「……おはぎさん、次はいつ来てくれるだろう」
配達の帰り道、ふと独り言が漏れる。
勿論分かってはいるが、今日来てくれたからと言ってまた次がある保証はない。
そもそも彼がどんな仕事をしていて、お休みがいつなのかも知らないのだから当たり前なのだが。
この一方的な片想いが実どころか、もしかしたら届く事もないまま終わっていく可能性すらあるのだ。
思わず漏れたため息に、歩みを止めて考え込む。
そう言えば……
おはぎさん、この間お見かけした時より体の傷が増えていたような気がする。
チラリと見えた腕からは包帯も覗いていやしなかっただろうか。
もしかしたら、彼は危険な…
それこそ命をかけて市民を守るような仕事に就いているのかもしれない。
よく考えてみれば、かなり着崩している気もするが彼の着る服は警官のそれと似ていなかったか。
〝まさか、いつかいなくなったりして……っ、〟
そんな事を考えていればなんだか不安になってきて、もう彼はいないだろうに自然と足は店に向かって駆け出していた。
******
人目も気にせず全速力で駆けてきたおかげか、店のすぐ先で、彼の羽織を見つける事が出来た。
「あ、あの!!」
「ん?ああ、甘味処の娘じゃねェかァ?そんなに息を切らしてどうしたァ?」
顔を覚えてくれていた事に一瞬頬が緩みそうになるが、彼に問いかけられた事でハッと我に帰る。
思わず勢いで声をかけてしまったが、今まで碌に会話が続いた事はない。
ましてや自分から話しかけた事もない癖に、咄嗟に声をかけてしまうなんて……あまりに無謀ではないか。
しかし、勢いであれなんであれ……声をかけてしまったのは自分なのだから仕方がない。
彼からの視線にたじたじになりながら、私は必死で言葉を紡いだ。
「どうって訳ではないんです……ただ……あの、要らないお世話かもしれないですが、お身体大切にして下さい」
「身体ァ?」
「お怪我が増えていましたので……少し、心配で……」
自分で話しかけておきながら、少しずつ不安になってきて最後はかなり小声になってしまった。
その間無言で此方を見下ろしていた彼は、困ったように眉を下げるとガシガシと頭を掻く。
「心配してくれるのはありがたいが、俺はお前の方が心配だがなァ」
「へ?」
「俺はたまにしか来れねェが、あれから変な奴に絡まれたりしていないかァ?」
「い、いえ……」
「名前は愛想がいいからなァ。気づいていないだけで、何処の誰に好意を抱かれているか分かりゃしねェ」
「ええ!?そんな事ないですよ」
その言葉を慌てて否定するも、ふと彼が口にした言葉に違和感を持つ。
「なんで、名前……」
「あ?店主がいつも呼んでんだろ?」
そう言って優しく笑いかける彼に、私は段々恥ずかしくなってきて思わず視線を泳がせる。
「ず、ずるい……私まだおはぎさんの名前も知らないのに」
「……おはぎさん?」
それにキョトンと首を傾げた彼は、なんだか少し可愛らしい。
彼の新たな一面を知れて嬉しい反面、もしかしたらこの想いは迷惑かも……いや、下手をすればもう来店して貰えないかもしれないと少し怖気付いてしまう。
しかし、どうせここまで話してしまったのだからと腹を括り口を開く。
「実は私…「不死川実弥」
「へ?」
「俺の名前は不死川実弥」
「……不死川さん」
キョトンと彼を見つめていれば、実弥でいいと笑いかけられて頬に熱が集中する。
「この数ヶ月、名前に会いたくて通い詰めてたっつーのに、話しかければ逃げられるし……俺は嫌われてるのかと思ってたんだがなァ」
「嫌いだなんて!!そんな、…違くて…」
「ああ、そうみたいだなァ」
思わず大きな声で反論すれば、くつくつと笑い声を上げた実弥さん。
「あの日名前を助けたのは本当に偶然だったが、お礼にご馳走してくれたおはぎと……あん時の笑顔が忘れられなかった」
そう話す実弥さんに、私は耳まで真っ赤になる。
『私が言うのもなんですが、この店のおはぎは絶品なんです!是非召し上がって下さい』
まさかあの日から実弥さんも私に想いを寄せてくれていたなんて。
思わぬ言葉に一瞬反応が遅れれば……
「名前も俺の事を気にかけてくれてんだろ?」
「えっ、」
「お気に入りのお客さん。女将の声が聞こえちまってよォ」
そう言って照れ隠しのように頬を掻く実弥さんに、私は思わず頭を抱える。
〝女将さんの馬鹿ぁ〜、やっぱり聞こえてたじゃん!!〟
豪快に笑う女将さんの姿が脳裏に浮かび思わず悶絶していれば、頭にぽふんと感じた重み。
それに驚いて顔を上げれば、その先にはほんのり頬を染めた実弥さんがいて。
彼はへにゃりと目尻を下げると、照れ臭そうにそっぽを向く。
「おはぎは勿論絶品だが……これからは名前に会いに顔を出すからなァ」
そう言って、大きな掌で私の頭を優しく撫でた実弥さんは、また来ると笑いかけるとくるりと向きを変え歩き出す。
その瞬間ふわりと香った餡子の匂いに、思わず頬が熱くなる。
「……何あれ、……反則じゃない」
しかし、今起きた出来事に思考が停止してしまった私は、その背中をただ呆然と見送る事しか出来なかった。
******
ぽぽこ様リクエストありがとうございました。
リクエスト内容:おはぎ屋さんの店員が、常連の実弥さんに片想いをする。最終的には両想い(実は実弥さんの方も夢主を気になっていた)というお話
随分お待たせしてしまいましたが、お話はご希望に添えていますでしょうか?
裏話としまして、実は夢主ちゃんの笑顔が大好きな実弥さんは、いつも他のお客様に笑顔を振りまく夢主ちゃんに嫉妬していたり。
毎回会計の時に話しかけては見るものの、明らかにどぎまぎし始める夢主ちゃんに落ち込んだりを繰り返していたり。
随分ヤキモキしている実弥さんがいたそうです笑
もし読んでいて違和感を感じたり、変えて欲しい台詞等ございましたらお気軽にお申し出下さい。
楽しんで読んで頂けていたら幸いです。
2022/12/20 おもち