短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
週末。世間では花金なんて呼ばれる金曜日。
だが、きめつ学園の教師である彼らにはそんなもの無縁の話である。
「コーヒーを淹れるが不死川もいるか?」
「……ああ、頼む」
パソコンと睨み合いをしている実弥に、伊黒はコーヒーを手渡すと重い足取りで自分の席へと戻って行く。
それに礼を言いながらチラリと時計を確認した実弥は思わずため息を漏らした。
〝……金曜日だっつーのに〟
時刻は優に20時を過ぎ、まだ数人残っている同僚達も皆疲れ果てた顔をしている。
まぁ、教師という仕事をしていれば残業なんて日常茶飯事。慣れたものではあるのだがー……
〝誕生日にまで残業とはなァ……〟
思わず自傷気味な笑みを落とし、実弥は再びパソコンへと視線を戻した。
実家住まいというのは賑やかなもので、去年まではどんなに遅く帰宅しようが、弟妹達が誕生日を祝ってくれていた。
しかし下の弟妹達も段々手が掛からなくなってきたし、何より付き合っている彼女、名前との時間を大切にしたいと考えて数ヶ月前から一人暮らしを始めたのだ。
幼馴染でもある彼女はいつも実弥の家族を優先してくれる。それ故に付き合って数年経つというのに、二人の将来の話は一向に進まない。
今年はあの賑やかしい弟妹達の声がないと思うと少し寂しかったりもするが……
それでも、つい三日前までの彼は、残業だろうと何のその。今年は彼女と共に誕生日を過ごせると、内心浮かれていたのだ。
しかし、一昨日の夜。
「実弥君最近忙しそうだね。あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
「いや、これくらい大丈夫」
「もう、そうやって…実弥君は頑張り過ぎだよ!またこの間みたいに熱出して倒れても知らないよ!!」
「いや……あん時は、たまたま……」
「それでも心配なの。私との約束なら気にしなくていいから、金曜日はゆっくり休んで」
そう言って残業続きの実弥を心配した彼女から、会うのは休日にしようと提案があった。
勿論、一日過ぎてしまうが誕生日のお祝いをする約束も取り付けている。
……それでも、やはり浮かれていた分気持ちの落ち込みは中々のもので。
帰った所でどうせ一人だしな、と仕事のやる気も削がれていく一方である。
しかし、幾ら不満を並べたって仕事がなくなる訳ではない。
それに、休日に仕事を持ち込んで名前との時間を邪魔される訳にはいかないのだ。
そうやって何とか自分に喝を入れながら、実弥が仕事を終わらせた頃には時計は21時を指していた。
******
仕事が終わり重い足取りで帰路に着いた実弥は、自宅前で部屋の鍵を取り出した。
「……は?」
だが、扉を開けた瞬間に感じた違和感に、思わず小さく声が漏れる。
リビングから漏れ出す光と、食欲をそそる匂い。
それから玄関に並べられた見覚えのある靴に、一瞬思考が停止した。
そんな実弥の元へ、リビングから顔を覗かせた名前が駆け寄って来る。
「実弥君おかえり」
「ああァ、……いや、なんで」
「この間電話した時元気がないようだったから心配で、やっぱり来ちゃった……ごめんね、勝手に上がり込んで」
「あ?いや……そんな事は怒ってねェが……」
そう言って眉を下げた名前は、丁度ご飯が出来たところだと言葉を続けた。
どうやら仕事終わりに合鍵を使って夕飯を作りに立ち寄ってくれたようだが、ご飯を食べたら帰ると説明する名前に実弥は眉間に皺を寄せる。
心配だなんだと名前は言うが、どうせ来たなら泊まって行けばいいのにと、思わず不満が口から溢れそうになる。
だが、この二日間の落ち込みを知らない彼女は、そんな事にも気づかずニコニコと可愛いらしい笑みを浮かべている。
その笑顔についつい頬が緩みそうになるが、よくよく考えれば何故こんなに自分が振り回されなければいけないのか。
段々と腹が立ってきて、キッチンへ戻ろうと背を向けた名前を背後から抱きしめると、実弥は不貞腐れたように口を開く。
「……会わねェーつったのに……お前本当勝手すぎ」
「え、あ…ごめん」
戸惑う名前の声を聞きながら、抱きしめる腕に力を込める。
本当は心配してくれて遠慮してくれていた事も、わざわざ自分の為にこうして料理を作りに来てくれた事も全部分かっている。
この気持ちが大人気ない事も重々承知しているし、こんな弱った姿生徒達には絶対に見せられない。
それでも、これほどまでに名前を想っている事だけは伝えておきたくて、実弥はポツリと呟いた。
「……俺がどんだけ会いたかったかも知らねェ癖に」
まるでいじけた子供のように……
名前の首元に顔を埋めながらぎゅっと抱きつく実弥に、名前は思わず肩を震わせた。
「……笑うんじゃねェ」
「ふふっ、だって実弥君があまりにも可愛いから」
クスクスと笑みを落とした名前は、実弥の腕の中で彼と向き合うようにくるりと向きを変える。
「実弥君の気持ちも考えずにごめんね?……でも実弥君、本当に忙しかったでしょ?私だって会いたいのを我慢してたんだよ」
「……」
「だけど直接会って、おめでとうを言いたかったの」
そのまま実弥にぎゅっと抱きついて「お誕生日おめでとう実弥君」なんて、名前が声を弾ませるから、さっきまでの苛立ちは何処へやら…
実弥の口元も自然と吊り上がっていく。
こうして素直に弱さを見せられるのも、甘えられるのも、長年一緒にいる彼女だからだ。
因みに実弥が名前を想うように、名前もまた実弥を大切に想っている事は、お互いしっかり理解している。
……だがそれ故に、名前は実弥の弟妹を優先して自分は遠慮してしまう癖がついていて。
弟妹達も名前のことを随分気に入っているから二人きりで一緒に過ごせる時間は、かなり貴重だったりするのだ。
「折角だしあったかいうちに食べよう?」
にこにこと笑いながら見上げて来た名前は、パッと体を話すと実弥の手を引き歩き出す。
その背は何だか楽しそうで。
今年は名前を独り占め出来ると浮かれていたのは自分だけではないのかも、と実弥は小さく笑みをこぼした。
******
名前が用意した料理は全て実弥が好きなものばかりだった。
それを二人で食べながら、実弥はふと視界に入った物体に動きを止める。
「……なんだ、あれはァ」
「ふふっ、気づいた?たまたま立ち寄ったお店で見つけたんだけど……実弥君好きそうだなぁって!」
焦茶色で、立派な角が凛々しいそのフォルム。
なんともやる気のない緩んだ目元に少し癒されるような気もするが……
〝男の一人暮らしにぬいぐるみってよォ〟
クッションサイズの大きな兜虫のぬいぐるみが、此方をじっと見つめている。
「でも、電車で持って帰る事まで考えてなくて、物珍しそうに見られて少し恥ずかしかったの」
そう言って眉を下げた名前に習い、もう一度兜虫のぬいぐるみへと視線を移した実弥はくつくつと笑い声を上げる。
「そりゃァ、随分目立った事だろうなァ」
「もう、笑わないでよ」
「くくっ、わりィわりィ……」
頬を赤く染めながら恥ずかしそうに笑う名前を見つめ、実弥は優しく目尻を下げる。
名前の笑顔を見ているだけで、心が満たされていく。
毎日こうして彼女と一緒にいられたなら、日頃の疲れなんて一瞬で吹き飛んでいくのに。
そう考えた実弥が、彼女に同棲を切り出したのは、このほんの数秒後のこと。
それに頬を染めながら名前が小さく頷けば、実弥も嬉しそうに頬を緩める。
「あ、そうそう!ケーキも買って来たから後で一緒に食べようね。蝋燭も年齢分用意したから」
「……そんなに挿したら、蝋燭まみれじゃねェかァ?」
部屋の隅に置かれた兜虫のぬいぐるみだけが、そんな幸せそうな二人を知っているのだった。
******
11/29は実弥さんのお誕生日です。
少し遅くなってしまいましたが、お誕生日記念のお話を書かせていただきました。
お誕生日おめでとうございます〜(๑>◡<๑)
おもち