かけがえのない花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暗くなるのが早いからなァ、気をつけて帰れよォ。なんて担任の不死川がホームルームを締めくくれば、生徒達はそれぞれ教室を後にし始める。
部活に顔を出す者や、友人と帰り支度をする者など、生徒によって様々だがー……
「八雲さんは随分と奥手なんですね?」
にこにこと、けれども兄弟達ですら踏み入らない事をズバズバと言い放つしのぶに、積怒はあからさまに頬を引き攣らせていた。
「……わざわざ儂のクラスを訪ねて来たと思うたら……一体何が言いたいんじゃ?」
「あら?ハッキリ言わないと分かりませんか?」
だが、そんな積怒を前にしても、しのぶの笑みが崩れる事はない。
それどころか、何処か含みを持たせた物言いで、可愛らしく首を傾げて「名前の事以外ないでしょう?」と言葉を続けた。
「名前の事だと?……其方に相談する事は特段ないが」
「そうですか。それでも私は構いませんが……」
それに積怒が冷たく返事をしようと、しのぶが引く事はないようだ。
構わないと口にしてはいるものの、一向に自分の教室に帰る気配のない彼女に、積怒は何度目か分からないため息を落とすのだった。
******
積怒達兄弟やしのぶ、妓夫太郎や狛治達は皆、きめつ学園の三年生。
クラスは違えど、こうして顔を合わす機会は少なくない。
だが、本格的に冬が訪れ進路について口々に話す生徒が増える中、しのぶがこうして積怒達兄弟の元を訪れる時には、決まっていつも名前の話ばかりである。
ある時はやれ、可楽や空喜のスキンシップが激しすぎるやら。
またある時は、哀絶のフォローが遅すぎる。
はたまた、図書館で名前と会うならば、その間は積怒がしっかりと他の虫どもに目を光らせて欲しい、等々……
そのどれもが、華道部の後輩として可愛いがっている名前の事ばかりなのである。
そんな彼女が今回は、お節介にも名前との関係に助言をしにやって来たのだ。
「全く。貴方に任せていては一体何年かかる事やら……私達は卒業が近づいているんですよ?私としては、そろそろ名前を守る
「……」
「何を怖がっているのか知りませんが、その辺のゴミ虫達に横取りされてしまいますよ?」
普段の積怒なら、こんなに頭ごなしに否定され続ければ流石に反論くらいはするだろう。
しかし、しのぶに言われたい放題なのは、彼女が真剣に名前を思っているのを知っているから。
そして、直接前世で面識があった訳ではないが、彼女にも前世の記憶がある事を人伝に聞いているからである。
さらに言えば、友人の狛治を通して、過去の名前との関係を聞いたしのぶが、こうしてお節介を焼いてくれている事も知っている。
彼女は、昔敵同士だった自分達をも、気にかけてくれている事も分かっているのだ。
だからこそ、反論もせずに彼女の話を聞いているのだが、どうやらその態度を、しのぶは不満に思ったようだ。
あからさまに眉間に皺を寄せた彼女は、仕方ないとため息を吐き、彼に一枚の紙を差し出した。
「……む?……寒牡丹、祭り?」
「ええ、毎年行われている催しですが知っていますか?」
「まぁ……名前くらいなら……」
「でしたら話は早いですね!名前は花が好きですから、一緒に見に行って来たらいかがですか?」
その言葉に釣られるように、再び紙へと視線を移した積怒に、しのぶはふわりと笑いかける。
「ああ、礼には及びませんよ?名前の為にと思ったまでですから」
「………儂は何も言っておらんが」
「ふふっ、細かい事は気にしないで下さい。では、私はこれで」
何処か含みを持たせた笑みで、そう言い残したしのぶは、くるりと向きを変え、自身の教室へと戻って行く。
そんな彼女の背を苦笑いで見送った後、机に置き去られた紙を、積怒は暫く、食い入るように睨みつけていた。
******
それから数日経ったある日。
「今日は誘って頂いてありがとうございます」
「いや、まぁな……」
彼女に言われた通り、名前と共に寒牡丹祭りの会場へとやってきた積怒は、なんとも歯切れの悪い返事を口にした。
まんまとしのぶの思い通りに事を進めてしまっている現状は些か癪に障るが……
「私、寒牡丹祭りに来るのは初めてで……実は、積怒先輩に誘って頂いた日から、ずっと楽しみにしていたんです」
そう言って、隣で無邪気な笑顔を浮かべる名前を見ていると、そんな事など些細な事に思えて来る。
よく考えればこうして学校以外の場所で名前と二人きりというのも初めての事だ。
このような機会を作ってくれたしのぶには、感謝しなければいけないと、積怒は密かに思い直す。
「ははっ、それは誘った甲斐があったのぅ。折角電車で遠くまで来たんじゃ、ゆっくり楽しんで行くとしよう」
「はい、ありがとうございます」
そう言って笑い合った二人は、一つずつ藁囲いされた花達を見て回り始めた。
「綺麗……」
雪の中に咲く花は幻想的で美しく、名前はほぅと息を漏らす。
その風景に視線を奪われていた名前だが、暫くすると何か不思議な感覚を覚えて歩みを止めた。
〝辺り一面に咲く牡丹の花……
この光景には見覚えがあるような気がするけど……
一体、何処で……?〟
そんな事を考えていれば、頭の中に不意に浮かんだ誰かの言葉。
『名前の血鬼術は美しいのぅ』
聞き覚えのある声に驚きながら隣を見れば、心配そうに此方を見つめる積怒と目があった。
「……突然どうしたんじゃ?」
『何かあれば儂を頼れ。儂はずっと其方の側にいる』
だが、表情は同じはずなのに、彼と重なって見えたその姿は今とは少し違っていて……
頭に角が生えた彼は、優しく目尻を下げると名前の髪へと腕を伸ばす。
『……やはり、この花は名前によく似合うのぅ』
すると、その言葉を皮切りに次々と浮かんでは消えていく映像に、名前は息を詰まらせた。
「っ、……」
鬼として彼らと共に過ごした日々。
名前に似合うと贈ってくれた桔梗の花や、
ずっと彼の側にいると誓ったこと。
走馬灯のように駆け巡る記憶は、決して忘れたくないものばかりで。
「ごめ……な、さいっ、……」
気づけば頬には涙が伝い、心配そうに此方を見つめる積怒に、名前は震えた声で何度も謝罪を口にした。
「いきなりどうしたんじゃ?何か嫌な事でもあったのか?」
「…ちが、…っ」
「ならば何故謝る?其方が謝るような事はないだろう?」
突然泣き出した名前に、積怒は困ったように眉を下げる。
とりあえず彼女を落ち着かせようと、ゆっくりと名前の背中へと手を伸ばした時、
「ごめん、な…さい………積怒様っ、」
名前が口にした呼び方に、積怒は驚き動きを止めた。
「……名前、……其方まさかっ、」