かけがえのない花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「積怒、その腑抜けた顔をどうにかしたらどうじゃ?」
昼休みが終わり教室へと戻ってきた積怒に、可楽はニヤリと笑いかけた。
それに積怒が無言で睨みを利かせても、お〜怖い怖いと、可楽は
弟の性格をよく知り尽くしている積怒は、何を言っても無駄だろうと、呆れたようにため息を落とした。
「今日も名前に会いに行っておったのか?」
「……ふん、儂の勝手だろう」
「カッカッカッ、それはそうじゃな!……だが」
そう言葉を区切った可楽は、先程とは違い真剣な表情で静かに口を開く。
「名前は一年、儂らは三年じゃ。卒業も近い……うかうかしておれば他の者に取られてしまうぞ?」
「……」
「今世でも名前は皆の人気者じゃからなぁ」
積怒に同情するかのように、ぽんっと彼の肩に手を置き、再び笑い声を上げながら去っていった可楽。
「……そんな事、可楽に言われんでも分かっておるわ」
そんな可楽の笑い声を聞きながら、積怒はぽつりと呟いた。
******
積怒や、可楽。哀絶、空喜といった彼ら四兄弟は、鬼滅学園ではかなり目立った存在である。
そもそも四つ子と言うだけでも珍しい彼らだが、更に中等部にも弟がいると知った者は、皆一様に驚いた反応をすると言う。
しかし、一番周りを驚かせたのは、兄弟達四人は顔や背丈こそそっくりなのだが、性格が極端過ぎるほど似ていない事である。
彼らが一年の時、いつでも陽気な弟の空喜と間違えて、先輩が積怒にちょっかいを出した事があった。
流石にそれに怒鳴り散らすような事はなかったが、その時の積怒の睨みはその場の空気を凍りつかせるには十分な程で。
以来、彼ら兄弟を間違えるのは御法度だと皆が周知する事となった。
そんな兄弟達だが、かつて、彼らの側にはもう一人。
積怒にとっては特別な……
いや、他の兄弟達からしても大切な存在が寄り添っていたー……
******
積怒達兄弟は、皆、物心がつく頃には前世の記憶を取り戻していた。
今世ではまだ十八そこそこの付き合いだが、前世を含めれば優に百年は超える付き合いなのだ。
彼らは互いの性格を知り尽くしていて当然なのである。
しかし、幾ら互いを理解していても、それぞれの性格が極端に違いすぎる為、彼らが衝突する事は少なくはない。
その度に、兄弟達は皆思っていたのだ。
〝こんな時名前がいてくれたら〟とー……。
しかし、どんなに期待しても、年々増えていく前世での顔見知りの中に名前の姿は見当たらなかったし、積怒の想いを知る兄弟達だからこそ、安易に彼女の名前を口にする事も出来なかった。
そうして、心の中にポッカリ穴が空いたまま、積怒達が、高校最後の年を迎えたある日ー……
「…っ、あと少し……」
たまたま訪れた図書室で、偶然奥の本棚から聞こえてきた聞き覚えのある声に、積怒は慌てて歩みを進めた。
そこにはこちらに背を向け、背伸びをして、本へと手を伸ばす少女の姿。
それはあの頃と同じように……
腰くらいまである美しい髪、それを後ろで一つに纏めている髪飾りは桔梗の花があしらわれている。
長年想っていた彼女だと、顔を見ずとも、積怒にはすぐに分かった。
「これが欲しかったんじゃろう?」
「えっ、…あ、ありがとうございます」
「礼には及ばんが……そんな無理せず踏み台を使えば良かろう」
彼女へと本を差し出しながら、自分でも驚くほど穏やかな声で話しかけた。
「久しいのう。元気にしておったか?」
「え………あの…、ごめんなさい。何処かでお会いした事ありましたか?」
「………」
しかし、すぐさま名前からの返事でピシリと身体が硬直した。
自分達が記憶を持っているからと言って、名前も同じように覚えているとは限らないのだ。
困ったように眉を下げる名前の姿に、その事実を理解して、なんとかその場を取り繕う。
「すまない。儂の勘違いだったようじゃ……知り合いに少し似ておってのぅ」
「そうでしたか」
それに名前が、安心した様にほっと胸を撫で下ろせば、その様子を眺めていた積怒は小さく口元を緩ませる。
周りを気にかける優しい性格も、花のような愛らしいその笑みも……
彼が知る名前と何ら変わりない。
そもそも記憶の有無に関わらず、こうして再び出会えたのだから、まずは喜ぶべきだろう。
「儂は三年の
「一年の苗字名前です。では高いところは、八雲先輩にお願いするかもしれません」
「八雲、か……儂の兄弟が他にも高等部に通っておるのでな、下の名で呼んでくれて構わない」
「そうなのですか。では……積怒先輩と呼ばさせて頂きます」
クスクスと可愛らしく微笑む名前に、積怒も優しく笑いかける。
「ああ、では儂も名前と呼ばさせて貰ってもいいだろうか?」
「ふふっ、勿論です」
二人で笑いあったあの日、積怒は心に誓ったのだ。
〝今世では名前を失うわけにはいかない。
絶対に離れる事はないし、離すつもりもない〟とー……
だが、あれから半年。
そこまで強く想っているのに積怒が強引に名前に迫ったりしないのは、彼自身、名前の記憶が戻る事を信じているから、なのかもしれない。