短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
開け放たれた扉から一陣の風が吹き抜ける。
「……で?何か分かったのだろうな、名前よ」
冷たい声で問いかけられたその言葉ー……
それに徐に頷いた女の髪を、ふわりと風が優しく揺らす。
「はい。どうやら、この男……珍しい物を集める資産家のようですね。それ故に、娘に見合う金持ちの結婚相手を探しているとの噂が……」
「金持ち、か……ふんっ、人間とは本当にくだらぬ生き物だな」
女の言葉に呆れたように鼻を鳴らした男は、その美しい赤い瞳を細めると、女に向かって指示を出す。
「では次の住処はそこに決めた。手筈を整えておけ」
「はっ、畏まりました」
それに女が深く頭を下げたのを合図に、男はゆっくりと歩みを進め、扉の中へと消えていく。
その直後、響いた弦の音と共に、ピシャリと扉は閉ざされた。
そして、それを見送った女は、徐に右手を口元に添えてふぅっと息を送り込む。
「血鬼術
すると彼女を中心に吹き始めた優しい風に、女は口元を吊り上げた。
「上弦の皆様。我らが主の新たな根城をご報告致しますー……」
******
名前と呼ばれたこの女ー……、
見た目こそ儚げで麗しい女性そのものだが、その正体は、人間を食らう強大な力を身につけた〝鬼〟なのである。
そんな彼女達鬼は、その生みの親でもある無惨様に支え、彼の望みを叶えるべく
それこそ、彼の為ならば命すら惜しまない……彼の手となり足となるのだ。
名前は十二鬼月の称号こそ貰ってはいないものの、鳴女と同じく、無惨様に直属で仕える鬼である。
情報収集能力に長けた二人ー……。
鳴女にはその目を通して偵察を、名前には風の能力を使い人々の噂話を集めさせる。言うならば目となり耳となっている訳だ。
そうして集まった情報の中から、彼は青い彼岸花を探し出せそうな次の根城を見つけ出し、人に紛れて暮らしている。
そして名前の便利な風の能力は、勿論仲間内の伝達の術としても使われるのだ。
******
「上弦の皆様。我らが主の新たな根城をご報告致しますー……」
上弦の鬼である、半天狗達の元に届いた便り。
そよそよと柔らかい風が体を包み、彼らがピクリと反応を見せた頃に耳に届いた優しい声。
「カッカッカッ、相変わらず名前の風は可愛らしいのぅ……じゃが、偶には直接顔を見せて欲しいものだ」
それに豪快に笑い声をあげながら、スッと目を細めた可楽に、隣で同じように伝達を聞いていた積怒は呆れたように口を開いた。
「名前、名前と……お主は本当に煩い奴じゃのぅ。あまり揶揄いが過ぎると、伝達すら届かなくなるかもしれん。あまり面倒を起こすな」
「カッカッカッ、それは流石に困るが……そうしたら、それを口実に名前の元に押し掛ければ良かろう?」
だが、そんな言葉には全く心揺らがない可楽は、積怒の忠告にも楽しそうに笑うのみ。
それには流石の積怒も、呆れ果てて言葉を失った。
以前から顔を合わす度、名前を揶揄っては遊んでいる可楽に、他の分裂体達も気づいている。
恐らく、始めは同じ風の遣い手として興味を抱いた程度だったのだろうが……
名前の反応に加護欲を駆り立てられたのか、彼らが気づいた頃には、いつも以上に楽し気に笑いかける可楽の姿があったのだ。
〝此奴に好かれるとは、名前も苦労するのぅ〟
口達者な可楽に押され気味になりながら、必死に話す名前を見かける度、積怒はそんな事を思ってきたのだ。
「……儂らを巻き込むなよ」
だからせめてもの忠告として積怒は一言吐き捨てると、呆れたようにため息を落とすのだった。
******
それから暫く経ったある日の事。
無惨様に無限城へと呼び出された上弦達は、久々に皆で顔を合わせる事となった。
その中には勿論、名前の姿もある訳で。
無惨様からの話が終わるや否や、早々に可楽は名前の元へと歩みを進めた。
「名前、久々じゃのぅ」
「可楽様、ご無沙汰しております」
近寄って来た可楽に、ピシッと背筋を伸ばして礼儀よく頭を下げた名前の姿に、可楽の口元は無意識に吊り上がる。
「そうじゃのぅ……名前からの報告は、いつも風の便りばかり。偶には儂の所へ顔を見せて欲しいものじゃが」
「えっ、あ、すみません……しかし、私にも主から仰せ使った使命がございますので……」
「それは分かっておるが、お主の顔を見られぬと寂しいのでな」
そう言って、名前の頬へ手を伸ばし、彼女の顔を覗きこむ。
すると急に近くなった距離感に、名前は頬を赤らめ恥ずかしそうに視線を逸らすものだから、可楽はくつくつと笑い声を上げる。
「クック……あまり可愛い反応をするな」
「かわいっ、……やだ、もう揶揄わないで下さい」
その初々しい反応も、照れながらも自分に任された仕事を全うしようとする真面目な姿勢も。
何よりこんな表情をさせているのが自分だという事実に、可楽は上機嫌で名前の様子を見つめていた。
「可楽様、あの…‥そろそろ離して頂けますか?」
「ん?」
しかし、ふと彼女が口にしたその言葉に、可楽は面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。
いつもこうして分かりやすく彼女への好意を口にしているのに、名前は頬を染める事はあっても此方に靡くそぶりを見せた事はない。
だが、離して欲しいと言う割には、抵抗を見せず可楽の好きにさせている。
初めこそ、この曖昧な距離感を楽しんでいる自分もいたが……
「そろそろ焦ったくなってきたのぅ」
「え?なんです?」
ぽつりと呟かれた可楽の言葉に、名前は不思議そうに小首を傾げた。
「……あの、可楽様?」
しかし、それに碌に返事を返すこともなく、可楽はそっと指を動かす。
頬を撫でるように動くその指に、名前がかっと頬を赤らめれば、そのまま後頭部へと回された腕に引き寄せられる。
「…っ、「そろそろ、儂のものになったらどうじゃ?」
それに名前が驚きの声を上げる前に、耳元で囁かれた一言は、完全に彼女の動きを止めた。
抵抗されない事をいい事に、可楽はそのまま彼女をそっと抱きしめる。
「焦らされるのも悪くはないが、どうせなら儂の手で甘やかしてやりたいからのぅ」
「えっ、……な、に……」
「はっきり言わねば分からぬか?お主を好いているのじゃ「わ、わ、わ〜!!」
だが、可楽がその想いを告げた途端、名前は突然奇声を発しながら、彼を力一杯突き飛ばした。
そして、辺りを伺うと真っ赤な顔で口を開く。
「こ、こんな皆んなの前で……っ、もう知らない!」
そう一言言い残し、正しく風の如く名前は一瞬で姿を消した。
それには、その場に居合わせた上弦達も、勿論、彼の想いを知る分裂体達も驚いたように可楽を見つめたが……
「クック……、逃げられてしまったのぅ」
当の本人は、心底楽しそうに笑い声を上げるのだった。
******
それから数日後ー……
可楽の元に、ふわりと優しい風が吹く。
その直後、背後に降り立った気配に可楽が口元を吊り上げると同時、背中に温もりを感じた。
「可楽様、名前です。……あの、このまま話を聞いてください」
それはつい先日、真っ赤な顔で逃げ出してしまった名前の声で。
勿論、気配から彼女だと察していた可楽は、ふっと口元を緩めながら彼女の声に耳を傾けた。
「あの、……この間は失礼な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした……あまりにも突然の事で……驚いてしまって……」
小さな声でそう呟いた名前は、可楽の着物をちょこんと摘み、そこに遠慮がちに額を寄せた。
「……まさか可楽様が好意を抱いて下さるとは、夢にも思わなかったので……」
「ん?……まて、気づいていなかったのか?」
「え、ええ。その、揶揄われているだけだろうと……思っていました。すみません」
名前の一言に、思わず肩越しに振り返った可楽は、今までの自身の行動を思い浮かべて頭を抱えた。
〝まさか儂が一人で空回っていただけとは……〟
衝撃の事実を知って、可楽は思わず項垂れた。
「だから、私……驚いてしまって……」
しかし、そんな彼の耳にまたしても予想外な言葉が届く。
「嬉しかったです、本当に」
「……」
「……私も、可楽様に優しい風だと血鬼術を誉めて頂いたあの日から……」
ずっと貴方の事が好きでしたー……
彼の耳元に背伸びをして近づいた名前は、そう一言呟くと、驚いた可楽が振り返るよりも早く、ふわりと風のように姿を消した。
「カッカッカッ……、まさか言い逃げとはのぅ」
それに一瞬キョトンとした表情を浮かべた可楽だが、今頃真っ赤な顔になっているだろう名前を思い浮かべ、豪快な笑い声を上げるのだった。
それから暫くー……、
恥ずかしそうに逃げ回る名前を、心底楽しそうに追い回す可楽の姿に、積怒を始めとした他の分裂体達が生暖かい視線を送る光景が度々見られるようになったのだとか。
******
林檎様、リクエストありがとうございました。
そして、そして、大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
リクエスト内容
お相手:可楽(半天狗の分裂体)
・鬼夢主は物事に慎重な鬼(血鬼術は風に関するもの)
・鳴女と同じように無限城に待機している
・同じ風を操る血鬼術と言うことで可楽に気に入られている
・口達者な可楽に押され気味になりながら必死に話す鬼夢主。その様子が可愛くて仕方がない可楽は揶揄うのをやめられない。
しかしそろそろ自分のものになって欲しい可楽とその成り行きを見守る三鬼。
最終的には鬼夢主が可楽の気持ちを受け入れるお話。
※因みに血鬼術に使わせて頂いた花信風とは、初春に吹く風のことで、花の咲く季節が来たことを告げる風という意味があるようです。
夢主ちゃんの血鬼術は、同じ風を使う可楽にとって、優しくて愛らしいものだと感じていると思います(*^^*)
お話はご期待に添えていますでしょうか?
台詞等、言い回しでお気づき箇所がございましたら、訂正させていただきますので、遠慮なくお声かけください。
楽しんで読んで頂ければ幸いです。
2022/07/24 おもち