「名前。身体が冷えたら大変だ……、そろそろ家の中に入ったらどうだ？」

「ふふっ、これくらい大丈夫よ？」


縁側に腰掛け庭を眺めている名前に、心配そうに杏寿郎は声をかけた。それにクスクスと小さく笑みを浮かべた名前は、稽古をしている隊士たちを眺めながら、目を細める。


「そういえば、この間竈門君がお腹の子（この子）は男の子だって言ってたわ。なんだか匂い？で分かるんだって」

「そうか、男児か！！俺と君の子なら、さぞかし可愛らしいだろうな！！」

「ふふっ、きっと杏寿郎そっくりよ？」


そう言って、自身の腹に手を添えた名前に杏寿郎も優しく微笑みかける。幸せそうに目を細めた彼の姿に、名前も釣られて笑みを漏らす。


そんな彼らが鬼殺隊を引退して半年以上もの時が経過していたーー。



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あの日ーー。

上弦と対峙して、身体に風穴を開けられた杏寿郎だったが……

〝諦めないで〟と涙を流す名前の姿に、己を奮い立たせ、呼吸を使いなんとか止血を行った。だがそれと同時に力尽きたように、意識を失った杏寿郎を蝶屋敷まで運び込んだのは、同じく大怪我を負った名前だった。

その場に居合わせた炭治郎達の静止を振り切り、杏寿郎を背中に担ぎ、屋敷へと駆け込んだ名前はそれはもう酷い状態だった。


杏寿郎は勿論、名前も肺挫傷を起こしているにも関わらず無理に身体を動かしたせいで、肺に血が溜まり呼吸困難に陥った。

蝶屋敷に駆け込んだ途端に意識を手放した名前もまた、杏寿郎と同様に死の淵を彷徨ったのだ。




それから名前は一週間。杏寿郎に関しては一ヶ月も深い眠りから目覚める事はなかったが、目を覚ますや否や凄まじい回復力を見せて今日に至る。しかしながら、そんな彼らの体力を持ってしても後遺症が残ってしまう程の大怪我を負ってしまったのだ……

それにより柱は愚か、隊士としても復帰が叶わなかった彼らだが〝鬼殺隊の為に〟と言う、その気持ちだけは迷いがなかった。

そんな彼らの気持ちを汲んだお館様の命により、後輩隊士に鍛錬をつけるようになった二人だが……

あの頃とは違い、名前の姓は煉獄となり、腹の中には小さな命が宿っていた。




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先日、刀鍛冶の里で禰󠄀豆子が日光を克服してからというもの、鬼による被害がピタリと止んだ。

それにより、始まった柱達による隊士の稽古に、柱を引退した彼らも一役買っていた。

孕っている名前は直接稽古をつけるわけではないが、杏寿郎が行う打ち込み稽古を見守り、的確に隊士達の弱点を見つけ出し、助言をしてやっていた。



もともと目鼻立ちが整った彼女は、その風貌からどこか近寄り難い印象を抱いていた者も多かった。

だが実際は甲斐甲斐しく隊士達の世話をやき、にこにこと穏やかに笑う名前に、驚き頬を染める隊士が続出した訳だが。

それを更に上回る程、皆が皆驚いたのは……



「名前、あまり無理をするな！！」

「杏寿郎……これくらいなら大丈夫よ？」


元炎柱の、名前に対する過保護っぷりである。

今だって名前が手にするのは、折れた竹刀3本だけで、声をかけられた本人ですら苦笑いを浮かべている。

だが杏寿郎はそんな事、気にもしていないようで、颯爽と竹刀を彼女の手から奪い去り「いつでも頼ってくれ」と快活に言い放つのだ。

隊士も名前も、それには呆れて笑ってしまう程である。

そこへ突然……


「おいおい煉獄〜、いくらなんでも苗字を甘やかし過ぎだろっ！」

「そおかしら？名前ちゃんに優しい煉獄さんも素敵だわっ！キュンキュンしちゃう！」

「……甘露寺は、ああいう扱いに憧れるのか？」


隊士達になり代わり、杏寿郎の態度に突っ込みを入れた宇髄に続き、甘露寺と伊黒も彼らの稽古に顔を出す。

その後ろでは、千寿郎も困ったような笑みを浮かべており、彼がここまで案内したのだろう。


「珍しい組み合わせだな！！」


先程の突っ込みなど聞こえていないかのような杏寿郎の言葉に、呆れ顔の宇髄は「さっきそこで此奴らに会ったんだ」と返事を返す。

それにすかさず甘露寺が口を開き、手にした包みを掲げて見せた。


「名前ちゃんの悪阻がだいぶ落ち着いたってしのぶちゃんから聞いたの！元気が尽きそうな食べ物を沢山持って来たのよ？ね、伊黒さん？」

「あぁ……だが苗字、お前の為に持ってきた訳じゃない。腹の子にと、甘露寺が言うから……」

「ふふっ、ありがとう」


なんだかネチネチと可愛げのない言葉を並べてはいるが、伊黒も祝福してくれているのを知っている名前は、嬉しそうに目を細めるのだった。




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今日も早朝から始まった稽古だが、少しずつ日も傾きはじめた事もあり、杏寿郎は早々に稽古の終わりを皆に告げた。

実際の所は、折角三人が会いに来てくれたから……という事が大半ではあるのだが。

隊士達は、杏寿郎の激しい打ち込みでヘロヘロだった為、皆一様に喜んだ。



そんな隊士達が各々帰宅していく中、彼らは庭の一角で話に花を咲かせていた。


「にしても、煉獄が父親ねえ……派手にめでたいこった！愼寿郎（先代）も喜んだらしいじゃねえか、よかったな！！」

「うむ！あの父上が涙を溜める姿など想像もしていなかったが……少しずつ以前の優しい父上に戻ってきている！！君にも心配をかけたな！！」


ワハハ、と笑った杏寿郎の言葉通り、今まで酒に溺れ心を閉ざしていた愼寿郎が、瀕死の重症を負ったあの任務以降、少しずつ変わり始めたのだ。



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無限列車で二人が重症を負った任務の後……

昏睡状態だった名前が蝶屋敷で目覚めたと聞くや否や、愼寿郎はまず名前に会いにやってきた。


「息子を助けてくれてありがとう。君のおかげで杏寿郎が命を繋ぎ止めていると、胡蝶君から聞いた。そのせいで君も重症を負ったとも聞いている……君には感謝してもし足りない、本当にありがとう」


そう言って頭を下げた愼寿郎に、あの時名前は思わず固まってしまった。

其れもその筈、彼を何度か煉獄家で見かけた際は、挨拶をしても無視をされ、杏寿郎が何か話しかけても「五月蝿い！」と一瞥されている姿を見てきたからだ。

随分と雰囲気の変わった彼に驚いていれば


「あの日、任務に立つ杏寿郎から、君と結婚をすると報告があった。あんなに嬉しそうな息子の姿は久しぶりに見た」


と口を開くものだから、まだ返事もしていないのに報告をしてしまうとは杏寿郎らしいと、名前は思わず笑ってしまった。
　

杏寿郎が目覚めた際には、彼は千寿郎と共に屋敷へと足を運び、今までの事を頭を下げて謝った。

それに慌てて杏寿郎が口を開けば、それを遮るように「杏寿郎……あの娘を幸せにしてやりなさい」と眉を下げて、穏やかに愼寿郎は笑いかけた。

あの時から、少しずつ父は優しかった頃の面影を取り戻していた。



それを嬉しそうに皆に聞かせる杏寿郎の横には、微笑む名前の姿があり、同僚三人は幸せそうな彼らの姿に口元に小さく弧を描く。


「そっか〜、お父様にも喜んでもらえて本当に良かったですね！！」


特に、彼の元継ぐ子で事情を知っていた甘露寺は嬉しそうに話し出した。


「煉獄さんと名前ちゃんの赤ちゃんか〜、きっと可愛いでしょうね〜」

「甘露寺、煉獄をよく見てみろ。此奴は父親にそっくりではないか。…きっとまた同じ顔が生まれるのだろう」

「そりゃあ言えてるな！煉獄家の遺伝子は余程強いんだろうなっ！！まあ、俺は派手で嫌いじゃないが……折角苗字も整った顔をしてるんだから、此奴に似たら偉く可愛い赤子だったろうにな！！」


皆口々に好き勝手なことを言い始め、宇髄に至っては杏寿郎（自身）の妻に対して〝整った〟〝可愛い〟などと、突っ込みどころ満載な内容だった為、少しムッとした杏寿郎だったのだが……


「あら、杏寿郎似なら、とっても可愛い赤ちゃんじゃない？」


と名前が口にした事により、男性陣は一様に彼女に「「「……か、可愛い？」」」と目を白黒させた。

それにコテンと首を傾げた名前が、


「え、だって……ほら、この目の色もとっても綺麗だし、眉毛だって凛々しくて素敵でしょ？それにいつもニコニコしていて、とっても可愛いじゃない？」


ふふ、と可愛いらしく微笑んだ名前に「……可愛い、これがか？」と伊黒は思わず声を漏らす。

それにすかさず甘露寺が「伊黒さん、これが愛なのよ〜素敵だわ！」と口を開けば、伊黒は困った様に頷いた。

宇髄に至っては、顔を真っ赤にして眉を下げた珍しい杏寿郎の姿に「妬かせるね〜」と揶揄うようにゲラゲラ笑っている。


「まだまだ可愛いところはあるのよ？この間なんて……「名前！！もうそれ位にしてくれ！！！」


そう言って慌てて口を開いた杏寿郎に「ね、可愛いでしょ？」と名前も悪戯に笑いかける。


なんともまあ、お熱い姿を見せつけられ、伊黒と宇髄は呆れてしまうのだが……


「早く二人の赤ちゃんに会いたいわ〜」


そう口にした甘露寺の言葉に〝命をかけて共に戦ってきた彼らが、幸せそうで何よりだ〟と、二人も釣られて笑みを漏らす。


「ふふ、生まれたら抱っこしにきてくれる？」

「勿論よ〜！楽しみだな〜！」


楽しそうに笑いあう名前と甘露寺の声が、煉獄家の庭に響く。

そんな笑い声が、戦いに身を置く彼らに、穏やかな一時をもたらすのだった。



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〝莉子様〟

リクエストありがとうございました。

お待たせしましたっ！
前編からお時間かかってしまい、申し訳ありません。
楽しんでいただけたら幸いです。
また長編も楽しんで行ってください。

リクエスト内容
〝無限列車編の所で、お互い柱として戦えなくなってしまうも…育手として、他の柱や、煉獄家と仲良くしている所見てみたいです……〟