可憐な花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「儂の命令が聞こえなかったか?」
地を這うような低い声に、名前がビクリと肩を揺らす。
それを物陰から見守っていた鬼達は、またか…と大きなため息を落とした。
積怒の怒りに名前が戸惑い震える姿を、もう何度、彼らは目にした事だろう。
その度に彼らは思うのだ。
積怒が自分の想いを自覚するのは、一体いつになるのだろうか、とー……。
******
上弦を守る使命を担っている名前は、度々無茶な戦い方をする事がある。
そもそも彼女の血鬼術は広範囲に届く強力なものだ。
離れている相手にも、風を使い、遠くへと花弁を飛ばしていく。その美しい攻撃に目を奪われている間に、鬼狩り達はあの世行きだ。
だが、ごく稀に、その花の風を上手く躱し、間合いを詰めてくる手練れの鬼狩りと出会す事がある。
勿論それは鬼狩りにとっても命懸けで、彼女の猛毒を前に、怯む暇すらなく刀を振るう。
恐らく至近距離での攻撃をも覚悟して突っ込んでくるのだろうが……その途端、彼女の形勢は良くなるどころか極端に不利になるのだ。
そもそも彼女の攻撃は、風を巻き上げ遠くまで花弁を飛ばす技。
しかし、その攻撃の命中率とコントロールが比例しているわけではない。
寧ろ、離れているからこその命中率で、間合いを詰められ、風向きを上手く読まれてしまっては、攻撃が全く相手に届かないのだ。
今日だって、積怒がその戦いに割って入ったからこそ、彼女の頸は繋がっていて……
本当なら、そんな危機に瀕した時くらい、行動を共にする上弦の彼らに頼ればいいのだ。他の者なら命惜しさに考える間もなく助けを乞う事だろう。
しかし、彼女は自分の使命だなんだと、全て自分で解決しようとする所がある。
その直向きな姿には感心するが、あまり賢い選択とは言えないだろう……
その度に、積怒がこうして怒りを露わにするのだが、今日の彼の苛立ちはそれだけでは収まらないようだ。
震える名前の腕を掴み、凄むように顔を近づける。
「不利な状況に陥っている事も理解できていないのか?」
「積怒様……申し訳ございま「謝罪を求めている訳ではない」
慌てて口を開いた名前の言葉を、積怒はピシャリと遮断する。
そして怯えたように見上げる彼女に、苛立たし気に言葉を続けた。
「助けを求められぬなら、鬼狩りと戦う時は儂の側から離れるな」
「……そ、それは承知できません」
「何も難しい事は言っておらん。名前は儂の側に居れば良いのだ。そうすれば儂が名前を守ってやれる」
「しかし、積怒様……私が守られていてはっ、」
「黙れ」
それには名前も戸惑いを隠せず視線をオロオロと彷徨わせるが、それすらも認めないと積怒は眉を吊り上げた。
彼女が抵抗しないのをいい事に、今度は視線すらも逸らせぬようにと名前の顎をも掴み、自分の方へと顔を向けさせる。
「あ、っ……」
更に近づいた二人の距離に、名前は堪らず小さく悲鳴を上げた。
「儂から離れる事も、勿論反論も認めない」
「っ、……」
至近距離で逸らすことなく見つめられたその瞳に、怒りの炎を垣間見て、名前は思わず息を呑む。
無惨様の命令を最優先しなければとは思いつつも、積怒に気圧されて結局名前は小さく頷いてしまう。
それを目にして口元を吊り上げた積怒は、そこで漸く名前を解放する。
先程まで彼に掴まれていた顎や腕が、熱を持ったように熱く感じて、名前は怯えたように彼を見上げた。
「それで良い、何も心配する必要はない。名前は黙って儂の言う事に従えばいい」
「……はい」
そのまま名前の頭へと手を伸ばし、優しく髪を撫でた積怒は、指先に触れた花びらにふっと目尻を下げた。
「この花」
「あっ、……これはあまりにも美しかったもので」
「ああ、良く似合っている」
先程までの態度が嘘のように、優しく動く積怒の指に名前は恥ずかしそうに頬を染める。
そんな彼女を見下ろした積怒は、自然と心が温かくなっていくような……得体の知れない感覚に首を傾げた。
名前の仕草や表情も、
自分からの贈り物を大切にしてくれている優しさも、
己の意見を受け入れてくれたその従順さも……
その全てに安堵するような……穏やかな気持ちが彼を包んだ。
******
そんな彼らを、離れた所からそっと見守っていた他の分裂体達は、呆れたようにため息を溢す。
「カカカッ、あの二人は見ていて本当に飽きさせないのぅ」
「可楽……貴様は楽しみすぎだろう、悪趣味な。」
そう言って可楽を宥めた哀絶に「皆も興味津々ではないか」と可楽はまたしても楽しそうな笑い声をあげていた。
「しかし、積怒の独占欲には困ったものじゃな。あそこまで分かりやすく態度に出しておいて、自覚なしとは……末恐ろしい」
それに腕を組みながら口を開いた空喜に、二体はそれぞれに頷いた。
まるで自分の物だと言っているような積怒の態度に、彼らはもう随分前から気づいている。
名前の想いまでは知らないが、積怒に贈られた花をわざわざ血鬼術を使って枯れないように維持しているのだ。きっと彼女も積怒の事を良く想っている……と思いたい。
そこまで考えて再びため息を吐いた哀絶は、ふと十二鬼月で集まった際のやり取りを思い出す。
〝童磨のあの瞳……隠す事なく向けられた名前への好奇の視線……彼奴には気をつけなければな〟
彼の心配事がまさか本当に現実で起きるなど、二人を見守る三体には想像すら出来なかった。