守る為の刀(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鋼鐵塚が名前の噂を耳にした数時間後。
隠に連れられて移転したばかりの刀鍛冶の里へとやって来た名前は、里長の鉄地河原鉄珍の屋敷へと挨拶に訪れていた。
「すみません……一般人相手に怪我を負ってしまうなんて……」
「いやいや、こんな可愛い娘さんに怪我を負わす輩が悪いのよ。ホッホッホッ、それに名前ちゃんなら何時までいてくれてかまわんよ?」
落ち込む名前に、鉄珍は気にしなくていいと優しく笑いかけるのだった。
******
そもそも彼女がこの里へ訪れた理由は、昨夜の任務で負った怪我が原因である。
近頃めっきり無くなった鬼の被害だが、いつ鬼が活動し始めるか分からない現状に、隊士達は交代で夜間の見回りを行なっていた。
そして、昨日はたまたま名前がその担当だった。
「あれれ〜?お姉さん可愛いねえ〜?俺たちと一緒に飲みに行かない?」
しかし、鬼の被害がないと言うのは何とも平和なもので、名前は酔っ払った若者数名に絡まれてしまった、という訳である。
まさか民間人相手に攻撃を仕掛ける事も出来ず、やんわりと断りを口にした名前だが、相手は酔っ払いなのだ。真面に聞き入れてくれる筈もない。
「いえ。すみません……私、急いでいるので……」
「はぁぁ?俺らの誘いを断るなんて…舐めてんのか!?」
「ちょっ、……!」
結果的に羽交い締めにされかけた所で、仕方なく彼らに手刀を喰らわせ眠って貰った。
しかし、やはり民間人相手と手加減をしていた為か、始めに掴まれていた腕を痛めてしまい、結果的に療養が必要となってしまったのだ。
そこからは鉄穴森たちが聞いていた通りである。
蝶屋敷は柱稽古による怪我人に溢れている為、比較的軽傷の名前は刀鍛冶の里で療養する運びとなったのだ。
襲撃を受けて間もないのに、自分を受け入れてくれた鉄珍に、名前は何度も感謝を口にした。
「気にしない、気にしない。寧ろ歓迎しているくらいやから、気の済むまで居ったらいい」
「ありがとうございます」
******
暫くすると鉄穴森も長の家に顔を出し、三人は茶菓子をつまみながら、雑談に花を咲かせ始める。
初めにあの子が打った刀はどうや?と口を開いた鉄珍は、彼に蛍と名付けた話や、幼少期の可愛らしい彼の話を聞かせてくれた。
それに名前がくすくすと笑みを漏らす横で、鉄穴森もそんな事もありましたね、と笑いながら相槌を打つ。
だが、そんな楽しかった話もどんどん鉄珍の苦労話へと変わっていき……
「刀に対する情熱は人一倍強いんやけどな〜。それ以外の人付き合いはとんと駄目や。……せやから、あの子の為に見合い話を持ってきてやったのに」
「……え?」
その話題は、鋼鐵塚の見合い話にまで発展していた。
まさかそんな話を聞かされるとは思っても見なかった名前は、驚いたように瞬きを繰り返す。
そんな彼女に鉄珍は、折角用意した縁談もあの子のせいで破談になってしまったんや、と泣きついた。
「……このままでは嫁の来手がなくなってしまうわ」
そうこぼす鉄珍に、鉄穴森も腕を組みながらうーん……と真剣に考え込む。
そんな中ただ一人、名前だけは不思議そうに小首を傾げていた。
「そんな事はないと思いますけど……鋼鐵塚さんはとても素敵な方ですから」
「「………え、」」
「え?私何か可笑しな事言いましたか?」
「「い、いや……」」
「………?」
その言葉に二人は驚いたように名前を見つめ、その不自然な物言いに名前も頭にはてなを浮かべて考える。
すると屋敷が突然騒がしくなり、三人は会話を中断し、何事かと物音の方へと振り返る。
直後ー……
スパンッと開かれた襖の先に、今まさに会話に上がっていた彼が立っていて。
突然の登場に驚きながらも、名前は鋼鐵塚に向かって口を開いた。
「鋼鐵塚さん、こんにちは。あれからお加減は、如何です、か……っ」
だがそんな名前の言葉も聞かず、ズカズカと近づいて来た鋼鐵塚は、名前の両肩を鷲掴みずいっと顔を近づけた。
「鋼鐵塚さ「怪我を負ったと聞いたが、傷の具合はどうなんだ!?」
「い、いえ。大した怪我ではないですよ」
「それは本当か!?」
「は、はい!本当ですよ!念のために一週間お休みを頂いて、こうして療養にやって来ただけですから」
その勢いに押されながらも、自分は平気だと笑いかけた名前に対し、鋼鐵塚は何やら考え込むように口を閉ざす。
「あ、あの……鋼鐵塚さん?」
それに戸惑いながらも彼の名前を口にすれば、逆に大きな声で呼びかけられる。
「名前!!」
「は、はい!何でしょう?」
「療養中は家に来い」
「………え?」
「だから俺の家に来いって言ってんだ!!」
そう言って、名前の腕を掴んだ鋼鐵塚にすかさず鉄珍が声を上げる。
「ちょい待ちぃ。突然入ってきて何を言ってんのや……ちょっと落ち着いたらどうや?」
「……俺は落ちついてる」
「何処がや!!」
さらっと言いのける鋼鐵塚に、鉄珍は思わず頭を抱えた。
そんな二人の会話を名前が黙って聞いていると、鋼鐵塚が賛同を求めるように名前へと詰め寄った。
「名前が嫌なら仕方ないが……俺の家に来るのは嫌なのか?」
「え、そんな……嫌とかではないのですが……」
「じゃあ俺の家に来るか?」
逃げ道のないような問いかけに、名前は戸惑いながら口を開く。
「鋼鐵塚さんのご迷惑でないのなら……」
その言葉が決めてとなり、名前の療養先は彼の家で決定した。
******
その日の夜。
名前は鋼鐵塚の家で寝泊まりする事となった訳だが、夕飯は鉄穴森の家に招待された。
彼の妻が手料理を振舞ってくれるようで、折角の申し出なので名前もそれを快諾したのだ。勿論、それを聞いた鋼鐵塚も同席するとすかさず声を上げていた。
そんなこんなで、鉄穴森の自宅までやって来た名前と鋼鐵塚だったが……
「まだ時間も早いから。ね?」
「でも……」
「いいの、いいの。名前ちゃんは怪我の療養で来たんだから、遠慮なく羽を伸ばしてちょうだい」
まだ夕飯には早いからと鉄穴森の妻に背を押され、名前は里にある温泉へと出掛けてしまった。
名前もいないし、夕飯もまだ出てこない。
となれば、同僚の家には興味もない。
居間に一人残された鋼鐵塚が面白くなさそうにしていれば、お茶を手に戻ってきた鉄穴森が苦笑いを浮かべる。
「名前殿が気になりますか?」
「はぁ?なんだそりゃ」
鋼鐵塚は訳が分からないと首を傾げる。
だが、その後彼が続けた問いかけに、鋼鐵塚は言葉を失うこととなる。
「名前殿が好きなんでしょう?貴方の反応を見ていれば分かります」
「なっ、」
「あまりに自覚がないものだから、鉄珍様と相談して先日の見合いを企てたのに……貴方ときたら……」
あの女性では駄目だった理由は、刀鍛冶と言う職種への理解の無さ。本当にそれだけだったのか、と鉄穴森は言葉を続けた。
その言葉に反応もできず、鋼鐵塚は無言で考えを巡らせる。
『刀は決して命を奪うものではない。誰かの命を救う為のもの、か……』
俺の打った刀を優しく撫でたあの手つきも。
『鋼鐵塚さんの打つ刀があるからこそ、私は人を守る為に戦うことが出来るんですよね』
彼女が掛けてくれた言葉達も。
『これを身に着ける時は特別な時にしますね』
簪を大切にしてくれている優しさも。
思い返せば、名前の言葉には救われてばかりだったし、
刀を触っていない時は気づけば名前の事ばかりを考えていた。名前の身を案じ、自分から文のやり取りをしたのなんて初めての事ではないだろうか。
……まさか、その全てが彼女への想いからそうさせていただとは、言われるまで気づきもしなかった。
「名前殿は素敵な方だと思いますよ?」
「……ああ、そうだな」
同僚のお節介な言葉に、鋼鐵塚は曖昧な返事を返すのだった。