守る為の刀(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前が刀鍛冶の里を訪れてから、早五ヶ月ー……
時折、鴉経由で鋼鐵塚と文のやり取りをしていた名前の耳に、信じられない報告が届く。
「刀鍛冶ノ里ガ上弦二体ノ襲撃ヲ受ケタ……死傷者モ出テイル」
それに顔を青褪めた名前に、彼女の鴉はアイツハ無事ダ!少シ怪我ハ負ッタガナ…と言葉を続けた。
それは彼女を安心させるには、少しばかり頼りないものではあったが……
怪我の治療に関しては、自分が駆けつけたところで足手纏いになるのは目に見えているし、医療班の隠達に任せるのが最善だろう。
そう思って、人知れずため息を吐いたのがほんの数日前の事ー………。
「……あれは……鋼鐵塚さん?」
なのに何故、彼は道の真ん中で蹲り、はぁはぁと荒い息を繰り返しているのか。
「鋼鐵塚さん、どうされたんですか!?っ、どこか痛むんですか!?」
慌てて彼に駆け寄れば、力なく顔を上げ……なんだ名前か、息災だったか?と息も絶え絶えに問いかけられる。
「ええ、私は何も変わりありませんが……そんな事より、鋼鐵塚さんは大丈夫なんですか?もしかして、先日の怪我がまだ治っていないんじゃ……」
「……まあな」
戸惑いながら口を開いた名前に、鋼鐵塚は気まずそうに返事を返す。
すると彼女にしては珍しく、語尾を強めて鋼鐵塚に詰め寄った。
「しっかり療養しないと駄目じゃないですか!!」
「いや、だが……頼まれていた刀が……」
「今はそんな事関係ありません!!怪我を負ったらしっかり休む!!隊士も刀鍛冶も、体が資本です!!……鋼鐵塚さんに何かあっては私が困ります!!」
「あ、あぁ……すまない……」
余りの勢いに驚きながら謝罪を口にした鋼鐵塚は、名前の表情を盗み見て思わず開きかけた口を噤む。
……本当ですよ、などと説教じみた言葉を続けてはいるものの、此方を伺いながら心配そうに眉を下げる彼女。
気弱な少女が自分の為を思い叱ってくれたこと、
それと同時に心配をしてくれたことを少し嬉しく思ってしまう。
「あそこの木陰で少し休みましょう。動けますか?」
「……ありがとな。……う"っ、」
「ああ、無茶をしちゃ駄目ですよ。ほら、私に捕まって下さい?」
ふらつく鋼鐵塚の体を支えながら、名前は少し安心したように息を吐く。
無事だとは鴉経由で聞いていたが、顔を合わせるまでのこの数日間は、彼のことが心配で気が気じゃなかった。
まさか怪我の療養は後回しで、こんなところまで出歩いていることには驚きだが……
〝頼まれていた刀を優先するなんて、鋼鐵塚さんらしいですね……〟
チラリと横目に彼を見上げて、名前は小さく笑みを溢した。
******
それから暫く。
鋼鐵塚の呼吸が落ち着くまで、二人は木陰で身を寄せ合いながら、のどかな田園を眺めていた。
「……どうです?少し落ち着きましたか?」
「ああ、傷は痛むが……さっきよりは全然マシだ」
気遣いながら眉を下げる名前に、鋼鐵塚はふっと頬を緩ませる。
「鋼鐵塚さんがお怪我を負ったと鴉から聞いて、ずっと心配していたんです。てっきり療養されていると思っていましたが……」
「おい、だから悪かったと言ってるだろうが……どうしても、直ぐに刀を届けてやりたかったんだ。……帰ったらしっかり休む」
「ふふっ、そうですね。そうして下さると私も安心です。ゆっくり療養して下さいね?」
しかし、すぐに名前から鋭い突っ込みを入れられて、鋼鐵塚はぶっきらぼうに言葉を続けた。
その、いつもより随分素直な彼の態度に、名前は思わずクスクスと笑みを溢す。
「……俺の話はもういい!名前も怪我には気をつけろよ!」
それに少し恥ずかしさを感じた鋼鐵塚が彼女に向かって大声を上げれば、名前は一瞬キョトンとした後、徐に懐へと手を伸ばした。
そして、そこから手拭いを取り出すと、優しい手つきでその包みを解いていく。
「私なら大丈夫ですよ。…先日頂いた簪を、御守り代わりに持ち歩いていますから」
そう言って大切そうに簪を両手で包み込んだ名前は、これを身に着ける時は特別な時にしますね、と柔らかく目を細めた。
その美しい笑顔を見つめ、鋼鐵塚はぐっと息を呑む。
名前が自分の贈った簪をこんなにも大切にしてくれている事に胸が熱くなる。
それと同時に、こんなに優しく可憐な少女が、この先も鬼との戦いに身を置かねばならない事実に胸がぎゅっと締め付けられる。
自分は隊士でもなければ、ただの刀鍛冶だ。
彼女にしてやれるのはせいぜい刀を届けることのみ。
彼女が危機に瀕した時に助けてやる事も叶わない。
〝……だが、名前には死んで欲しくない〟
己の無力さに、鋼鐵塚は拳を強く握りしめる。
禰豆子が太陽の光を克服した。この事実が今後の戦いにどう影響するかは分からないが、確実に戦いは激化するだろう。
「………無理はするなよ」
「ふふっ、ありがとうございます。鋼鐵塚さんも、ですけどね?」
「ああ、そうだったな……」
穏やかに笑う名前を見つめ、鋼鐵塚は静かにそっと目を閉じる。
せめて、そばで守ってやれない代わりに、あの簪が彼女を守ってくれますように、と……
******
だがそれから数日後、鋼鐵塚は信じられない話を耳にする。
「鋼鐵塚さん、聞きましたか?名前殿が里にいらっしゃるようですよ?」
「あ?名前が?………なんでだ」
動かしていた手を止め、キョトンとした顔で振り返った鋼鐵塚に、鉄穴森は長から聞いた話を口にする。
「なんでも任務中にお怪我をされたようでして……」
「何!!?」
その一言にびたっと動きを止めた鋼鐵塚に、鉄穴森は肩を竦めると言葉を続けた。
「大した怪我ではないようですが……柱稽古で怪我人が後を立たず、蝶屋敷が手一杯な所に今回のお怪我……という事で、此方の里に療養されにいらっしゃるようですよ?」
「……そうか」
「はい」
力なく返事を返す鋼鐵塚に、鉄穴森は苦笑いで相槌を打つのだった。