守る為の刀(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから数日後、名前の元に隠経由で文が届いた。
「……私に?鋼鐵塚さんから、ですか?」
「ええ、そのように承っております」
突然の出来事に目をパチクリとした名前に、隠の女性も困ったように眉を下げる。
色々な隠を経て届いた文ではあるが、彼女が口にした鋼鐵塚と言う名前……その名前に聞き覚えがある隠は思わず頬を引き攣らせる。
それもその筈、先日事後処理に訪れた際、刀が折れた新米の隊士相手に、奇声を上げていた刀鍛冶の名前と一致するからである。
そんな事を考えて顔を歪めた隠を尻目に、名前はさっと文に目を通す。
そこには簡潔に〝渡したいものがある。刀鍛冶の里に来てくれ〟とだけ記されていて、その殴り書きのような執筆に思わず小さく笑みが溢れる。
「あの、つかぬ事をお伺いしてもいいですか?」
「は、はい!私であれば何なりと……」
どんな内容が書かれているのか……
隠が顔を青褪めていれば、名前は困ったように眉を下げた。
「渡したい物があるから里に来るようにとの事なのですが……」
「え?渡したい物?」
「はい、そうなんです。何かは分からないのですが……それで、刀鍛冶の里にはどの様にして行けばいいのでしょうか?」
予想外の申し出にキョトンと彼女を見つめた隠は、それならばと口を開く。
「お館様には此方から申し出ておきますのでご安心下さい。お許しが出れば、数日中に再びお迎えに参ります」
「分かりました。宜しくお願い致します」
そう言って深々と頭を下げた名前に、隠はなんとも微妙な表情を浮かべた。
隠にまでこんなに低姿勢な少女だ。
あの厄介な刀鍛冶が呼び出すほどの重大な何かがあるとすれば、彼女には些か酷ではないか、とー……。
しかしあまり気は進まないが、直々に頼まれてしまったからには仕方がない。
隠は人知れず小さなため息を漏らすと、鬼殺隊本部へと重い足取りで向かうのだった。
******
それから僅か半日もせずに、隠は再び名前の元を訪れた。
「……お館様からお許しが出ましたので、私共が隠れ里までお送りいたします」
「そうなのですね。宜しくお願い致します」
「途中、他の隠にも乗り継いで頂きますのでお時間は少しかかりますが……里へ着くまでお気を確かに」
「…‥?えっと、ありがとうございます」
隠の妙な言い回しに、名前は首を傾げながら礼を口にする。
そんな少女に目隠しを施しながら、あの刀鍛冶に暴言など吐かれません様に……と、隠は祈りながら布を縛る。
それから出発する旨を伝えると、名前を背負い目的地へと駆け出すのだった。
******
「送ってくださり、ありがとうございました」
乗り継ぎ、乗り継ぎ、送ってくれた隠達に名前は律儀に頭を下げた。
そんな風にして漸く里についた名前は、隠から聞いた里長の元へと先ずは挨拶に訪れた。
「ほう、あの子からの文で。それはそれは、ようこそおいでなさった」
「ありがとうございます。あのこれ、つまらない物ですが……」
名前が手土産を渡すと、その中身を見た鉄珍は嬉しそうに口を開く。
「これはこれは……お気遣いありがとう。でしたらこれは、あの子に持っていって貰えるかな?」
「あ、これ……ふふっ、そうですね。そうさせて頂きます」
持ち寄った茶菓子の中から、彼が手にした包みを受け取ると名前は納得したように頷いた。
「それにしても若い娘さんはいいのぅ〜。あの子の元へ行った後、もしも時間があればワシともお茶して貰えんか?」
「ふふっ、はい。お時間があえば、是非」
それにクスクスと笑みを溢した名前は、小さく手を振る鉄珍に見送られ長の家を後にした。
******
「鋼鐵塚さん、名前殿をお連れしましたよ」
彼の同僚である鉄穴森の案内で、鋼鐵塚の家までやって来た名前は、家の奥から聞こえるドタバタとした足音に思わず口元を吊り上げた。
「遅かったな。随分待っていた気がするが……」
「すみません。お待たせしてしまいましたね」
可愛げのない言葉をかける鋼鐵塚に、名前は眉を下げながら笑いかける。
それにフンと鼻を鳴らした鋼鐵塚は、訪ねて来た二人を家の中へと案内した。
「鋼鐵塚さん、大した物じゃないですが……良ければ此方召し上がって下さい。」
「これは?」
「みたらし団子です」
「なにー!!?」
その際名前が持って来た手土産に、大興奮した彼の提案で、三人は一緒にお茶をする事となった。
「ふふっ、この前沢山召し上がられていましたしお好きなのかな?と思ってお持ちしました」
「よく分かったな!俺の好物だ」
名前の言葉に大きく頷いた鋼鐵塚は、そのままお面を取っ払い、我先にと団子へ手を伸ばす。
それを正面で眺めていた名前は、初めて見る彼の整った顔に驚いたように瞬きを繰り返した。
しかしそれも一瞬の事で、口一杯に団子を頬張る鋼鐵塚の姿に、次第に口元が緩んでいく。
「ふふっ、本当にお団子がお好きなんですね?」
「ああ!みたらし団子なら毎日食べたって飽きやしない」
「毎日みたらし……貴方なら本当にやりかねませんね」
鋼鐵塚の可愛らしい一面に名前はクスクスと笑い声を上げ、鉄穴森も楽しそうに相槌を打つ。
そんな風に暫く三人で雑談していると、名前がぽつりと呟いた。
「刀を打つ音……なんだか懐かしくて、心地が良いです。……実は私の父も、生前は刀鍛冶をしていました」
「ええ!?そうだったのですか?」
それには鉄穴森も驚いたように声を上げる。
鋼鐵塚に至っては、みたらし団子を頬張るのを止め、目を見開いて固まっている。
そんな二人にふわりと優しく笑いかけると、名前はぽつぽつと思い出話を口にした。
「刀鍛冶と言っても廃刀令が出てからは、専ら奉納刀ばかりを手掛けていましたので、家はあまり裕福とは言えませんでしたが……それでも、父が作る刀が大好きでしたし、父の教えが今も私を支えてくれています」
「教え、ですか?」
「ええ。『刀は決して命を奪うものではない。誰かの命を救う為のものだ』と、それが父の口癖でした。でも本当に……隊士になってからはそれを実感するばかりで……鋼鐵塚さんの打つ刀があるからこそ、私は人を守る為に戦うことが出来るんですよね」
そう言って、嬉しそうに感謝の言葉を続けた名前に、二人は胸がじんわり熱くなる。
それに鉄穴森が素敵なお父様ですね?と笑いかけた瞬間、鋼鐵塚が突然すくっと立ち上がる。
「鋼鐵塚さん?どうかされたんですか?」
それに名前が声をかければ、鋼鐵塚はちょっと待ってろと呟いて、奥の部屋へと姿を消した。
それから数分後、戻って来た彼は座る名前の目前にスッと手を差し出した。
「髪飾りの代わりだ。……お前にやる」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、大事そうにゆっくり開かれた彼の掌には、藤の花が描かれた見事な簪が握られていた。
「そ、そんな……こんな高価な物、受け取れません」
「あ?俺が特別に作った物だぞ。それに簪は魔除けにもなるって言うだろうが」
「……でも」
「いいから!つべこべ言わず受け取れ!」
最終的には痺れを切らした鋼鐵塚が、名前の手を引っ掴み、無理矢理それを手渡した。
それに躊躇いながらも、ゆっくりと手元へ視線を落とした名前は、その美しい簪をじっと見つめて口を開く。
「こんなに素敵な簪を、本当にありがとうございます」
そう言って簪を握り締め、大切にすると微笑んだ名前に、鋼鐵塚もふっと口元を吊り上げた。
なんとも柔らかい雰囲気が二人を包み始めた頃、ふわりと窓際に降り立った鎹鴉が名前に向かって指令を言い渡す。
「名前、任務ダ!!北北西ノ町デ少女ガ数名行方ヲクラマセタ。直チニ現地ニ向カイ、調査セヨ!」
その言葉を聞くや否や名前はすっと立ち上がり、それを見守っていた二人も見送りのために動き出す。
「鋼鐵塚さん、素敵な簪をありがとうございました。今度是非お礼にみたらし団子をご馳走させて下さい」
「そんな事いいから、……任務、気をつけて行って来いよ」
いつにも増して優しい鋼鐵塚の言葉に、名前は嬉しそうに頷くと、ありがとうございますと笑みをこぼす。
それから鉄穴森にも感謝の言葉を続けると、二人に深く頭を下げ、鴉を追いかけ駆け出した。
「お二人ともお身体を大切にして下さい。お元気で」
最後に振り返りながら手を振った名前に、鋼鐵塚はぷっと小さく吹き出すと、身体を大切にするのはそっちだろうと声を漏らす。
そんな鋼鐵塚を見つめながら、鉄穴森はふと思う。
……簪を女性に贈る意味を、果たして彼は理解しているのだろうか、と。
まぁ、理解していようがいまいが何方にせよ、彼が名前に興味を抱いているのは確かである。
『遅かったな。随分待っていた気がするが……』
わざわざ任務で忙しい隊士を呼びつけてまで簪を贈るとは……
刀以外興味がなかった同僚の変化に、鉄穴森は静かに笑みをこぼすのだった。