守る為の刀(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
逞しい父の背中が好きだった。
カン、カン、カンー……
たたらで熱した
そうやって手間を惜しみなくかけて出来た刀たちを、父は我が子のように大切に扱った。
『折れず、曲がらず、よく切れる……魂を込めて打ち続けたこの刀は決して命を奪うものではない。誰かの命を救う為のものだ』
優しく笑う父の言葉に誘われて、見上げた刀の輝きは、今でも鮮明に覚えている。
父の手に握られた
子供ながらに父の背中に憧れた。
そんな父を健気に支え続ける母を見て、私もいつか……と胸躍らせた。
そして今、私は……
「花ノ呼吸 肆ノ型
亡き父の教えを胸に、鬼の頸へと刀を振るう。
あれから七年ー……、
苗字名前は鬼殺隊の剣士として人々の命を救っている。
******
此処は蝶屋敷ー……
戦いで怪我を負った隊士や民間人を、無償で受け入れ治療する。言わば鬼殺隊にとって、なくてはならない医療の要のような場所である。
今回は随分賑やかなようで、任務復帰を目指し鍛錬を積む隊士達の声が響いている。
そんな賑やかな屋敷の一角。
庭に咲く花を眺めながら、深いため息を落とす少女……それが苗字 名前、鬼殺隊に所属する花の呼吸の剣士である。
彼女が落ち込む理由は至極簡単で、昨夜の一戦で軽い怪我を負った名前は蝶屋敷へと搬送されて来ていた。
幸い民間人の被害もなく、鬼の討伐にも成功した訳だが……
「これじゃあ、鋼鐵塚さんにまた叱られてしまいますね……」
ぽつりと一言呟くと、腰に下げた愛刀に手を伸ばす。
昨夜の鬼はなかなか厄介な血鬼術を使った為、自身も怪我を負った訳だが、彼女の日輪刀もその際の戦闘で軽い刃こぼれを起こしていた。
普通なら鬼を倒せたのだから胸を撫で下ろす所ではあるが、彼女を担当する刀鍛冶がこれまた厄介な人だった。
刀を修理に出す度に癇癪を起こしたように喚き散らす。折ろうものなら……考えただけで恐ろしい。
そんな刀鍛冶なのだが、名前は彼が打つ日輪刀が好きだった。
真っ直ぐにすらりと伸びた刀身は、彼の情熱が溢れんばかりに込められているようで、それを手にするだけで勇気が漲るようだった。
「刀は決して命を奪うものではない。誰かの命を救う為のもの、か……」
いつも自分を支えてくれる愛刀を鞘越しに優しく撫でると、名前は静かに目を閉じた。
******
時は少し遡り、蝶屋敷に近づく人影が二つ。
チリン、チリン……
その内の一人が被る竹笠から風鈴の音が響き渡り、彼に刀を依頼していた少年が嬉しそうに声を上げる。
「鋼鐵塚さん!!ご無沙汰してまーす!!お元気でした、か……」
だがその少年目がけて、ひょっとこの面をつけた男が包丁を持って飛び込んできた為、少年は驚いて声を震わせた。
「はがっ、…はがねづかさん……」
「……よくも折ったな、俺の刀を……よくも、よくも!!!」
「す、すみません……でも本当に…あの、俺も死にそうだったし……相手もすごく強くて」
そんな少年の弁明も聞かず、……お前が悪い!全部お前のせい!!と頬をつつき回すこの刀鍛冶こそが、名前の日輪刀を担当する鋼鐵塚蛍である。
******
その後、少年と一悶着あったものの、無事に己の打った刀を渡した鋼鐵塚は、同僚と共に蝶屋敷の廊下を歩いていた。
「ないわー、アイツないわー……刀を?石で?ないわー!!」
「………」
来た時とは別人のように鼻息を荒くする同僚に、先程の猪頭の奇行を思い出す。
刀鍛冶が丹精込めて打った日輪刀に、石でわざと傷を付けるなど……考えただけでも怒りで震える。
〝炭治郎がもしも俺の刀を粗末に扱う事があれば……ぶち殺してやる〟
なんとも物騒な考えの持ち主である。
まあ、あれだけ刺激的な光景を見た後だ。
大抵の刀鍛冶は怯えや怒りを感じるものだろう……
そんな事を考えながら同僚の後ろを歩いていると、ふと視線を逸らした先に、見知った花の髪飾りを見かけて歩みを止めた。
「アイツは確か……」
そこにいたのは先程の少年同様、数少ない彼が担当する隊士の一人。
花の呼吸を使う女剣士で、刀身は綺麗な桃色……
と、刀身の色で覚えている辺り、彼はやはり余程の刀馬鹿である。
それ以外の印象と言えば、修理した刀を届ける際に時々顔を合わす訳だが……
此方が怒鳴りつけようが反論する事なく、寧ろ力量不足ですみません……などと、いつも困ったように眉を下げるだけの気弱な少女といったところか。
此方に背を向けている為、本人の表情を窺い知ることはできないが、その腕に巻かれた包帯から怪我を負った事だけは容易に分かって眉を吊り上げた。
「これじゃあ、鋼鐵塚さんにまた叱られてしまいますね……」
そんな時ぽつりと呟かれた少女の声に、ピクっと体が反応する。
まさか炭治郎のみならず、この少女までもが俺の刀を傷つけたのか……
沸々と湧き上がる怒りに思わず声を荒げようとした瞬間、彼女の動きに目を奪われた。
「刀は決して命を奪うものではない。誰かの命を救う為のもの、か……」
するりと腰から愛刀を抜いて、鞘越しに優しく撫でたその腕は、とても優しい手つきに思えた。
相変わらず此方に背を向ける少女の顔は見えないが、その優しい声色だけで、刀を大切にしていることが感じ取れて思わず口を噤む。
「鋼鐵塚さん、どうかしましたか?」
「……いや」
少女に見惚れたその一瞬の出来事を、何故だか誰かに伝えるのは気が引けた。
不思議そうに此方を振り返る同僚に、素知らぬふりして返事を返し、再び廊下を歩き出す。
恐らくあの様子からして、数日中に刀の修理を依頼されるに違いない。
勿論傷をつけられて怒っていない訳ではないけれど……
先程の少女の姿を思い出し、鋼鐵塚は面の下で口元をふっと緩めるのだった。