短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日はたまたまお休みでー……
どうせならお洒落でもして買い物に行くかと、着慣れた隊服を脱ぎ捨てて、数少ない他所行きの着物に袖を通した。
そうやって意気込んで家を出てみたものの、任務と鍛錬に打ち込む以外の過ごし方なんて分からなくて……
結局、ぷらぷらと当てもなく街へと向かうことにした。
「……あれ?」
だが、そのまま暫く歩いていけば、道の端に小さな男の子がぽつんと蹲っている姿が目に入る。
「……どうかしたの?大丈夫っ?」
慌ててその子に駆け寄れば、年はまだ十にも満たないだろう少年は、目一杯に涙を溜めて、ポツリポツリと呟いた。
「お兄ちゃんとっ、…喧嘩、…しちゃって……」
しゃくり上げながら話してくれた少年によれば、些細な事で兄と喧嘩をして、静止を振り切り、家を飛び出してきてしまったようだ。
「そっかー…でも、きっとお兄ちゃんが心配してるよ?」
「……っ、」
「お姉ちゃんが一緒に謝ってあげようか?」
「でも……っ、」
だが、いくら家に帰るように促してみても、少年は首を横に振るばかり。
どうやら飛び出してきてしまっただけに、どうやって謝ればいいのか分からなくなってしまったようだ。
流石にこんな幼い子供を一人で置いていくことも出来ず、休日返上で少年の仲直り作戦の考察を練る。
幸い、この後の予定もないのだ。
そうやって少年と一緒に、道の端に座り込み、うーん……と唸ること数分。
『そうなの!……それでね?あそこのおはぎは飛びっきり切り美味しくて……』
脳裏に、甘いものが大好きな先輩が、この辺りに有名なおはぎのお店があると話していた記憶が蘇る。
「これだっ!!」
「……ど、どうしたの?お姉ちゃん……?」
突然立ち上がった私に、少年は驚きの声を上げたのだが、これほどまでの名案はあるだろうかと、私は思わず口元を吊り上げた。
「あのね?仲直りには、一緒に美味しいものを食べるのが一番なの!!」
「……そうなの?」
「そうだよ!美味しい物を食べたら、自然と笑顔になるでしょう?」
「……そっか、そうだね!!僕もそう思う!!」
そう言って漸く笑ってくれた少年に、ほっと小さく息を吐き、二人で一緒におはぎ屋さんに向かって歩き出す。
「僕のお兄ちゃんはね、とっても凄いんだ!」
その道のりで、少年が嬉しそうに兄の話をするものだから、此方までなんだか嬉しくなってしまう。
「そうなんだー。じゃあ、おはぎを持っていったら、きっと喜んでくれるね?」
「うん!!ありがとう、お姉ちゃん!!」
「いえいえ。どういたしまして」
そんな風に、二人で笑い合いながら、おはぎ屋さんに到着すれば、………成る程、流石は有名店。
おはぎを求める長蛇の列に、思わず頬が引き攣った。
とりあえず最後尾に並ぶことにしたが、もしかして、ここまで来て買えない……なんて事、ないよね?と少し不安を感じてしまう。
隣を見れば少年が嬉しそうに笑っていて、後にも引けない状況に、不安はどんどん募っていく。
……こんな事なら、先輩の話をしっかり聞いておくべきだった。
そう思ったって後の祭りで、案の定、私達よりも大分前で本日分のおはぎは完売となってしまった。
「…‥…え、…買えないの?」
折角笑顔になってくれたのに、……今にも泣き出してしまいそうな少年を前に、どうしたものかと頭を悩ませる。
「ご、ごめんね?えっと……この先にも確か和菓子屋さんがあった気が「やだよーっ!僕、兄ちゃんにおはぎを買って行ってあげたかったのにー……」
「‥‥本当に、ごめんね?」
「どうした坊主?おはぎが買えなかったのかァ?」
すると突然後ろから声がかかり、聞き覚えのあるその声に、一瞬で嫌な予感がよぎる。
「……か、風「ああーっ!!おはぎだっ!!僕たちが買えなかったや、…んぐっ!」
無邪気な少年の一言に、私は咄嗟にその口を塞いだ。
幼いから仕方ない…仕方ないけど……、
よりにもよって、鬼よりも怖い風柱様になんて事を言うんだと、本人を目の前に頭を抱えそうになった。
しかし、私の予想とは裏腹に、彼は少年の目線までしゃがみ込み、スッと包みを差し出した。
そして、「ほらよっ」なんてぶっきらぼうに渡されたそれに、思わず戸惑いの声を漏らせば、風柱様は…あァ?なんて片眉を上げた。
「あ、貴方も欲しくて並んでいたんじゃ…」
「……あーー、別に気にすんなァ。また、いつでも買えるからなァ」
そう言って、少年の頭に手を置いた風柱様は「姉ちゃんと仲良く食べなァ」なんて、見たこともない優しい笑みを浮かべて去って行った。
「優しい人がいて良かったね、お姉ちゃん!」
嬉しそうに笑いかける少年に、曖昧な返事を返しながら、小さくなっていく〝殺〟の文字を目で追いかける。
いちいち並みの隊士の顔など覚えていないのだろうが、隊服を着てこなくて正解だったとかー……、
あんなに強面な顔して甘党なのかとかー……、
代金も払ってないのにとかー……、
思う事は色々あるはずなのに……
『ずるい』
私の心を占めた言葉は、そんな一言のみだった。
あー……どうしよう。
あの笑顔は当分、忘れられそうもない。
暫くは風柱様を直視できる自信もないから、合同の任務が入らないことを、心の底から祈るのだった。