短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
父が切り盛りする店に、最近よく来る青年がいる。
「やあ!今日も日替わり定食を頂こう!!勿論、大盛りで頼む!!」
「ふふっ、はい。少しお待ちください」
あまりにも嬉しそうに注文するものだから、余程お腹が空いているのかと名前はクスクスと笑いを堪える。
「お父さん、注文が入ったわよ」
だからまさかその青年が、そんな名前を見て頬を赤く染めているなんて気づきもしなかった。
******
青年がこの店に通い始めたのは、今から丁度二ヶ月ほど前の事だ。
「やあ!この店は初めてなんだが、何かおすすめはあるだろうか?」
「おすすめですか?そうですね、こちらの天丼は人気商品ですが……」
チラリと盗みみれば、真剣にお品書きと向き合う青年に小さく笑みが溢れる。
「私の一押しは日替わり定食です。今日のお品はコロッケが中心のメニューとなっています」
「ころっけ?耳慣れぬ品だが……」
「うーん。茹でて潰したジャガイモと挽肉や野菜を混ぜ合わせて、……丸めて衣で包んだ後、油でさっと揚げたものなんですが……とっても美味しいですよ?」
その説明に腕を組みながら、むむ……と考え込んだ青年は、次の瞬間にはパッと顔を上げ、驚くほど大きな声で注文を口にした。
「うむ!ではその日替わり定食を頂こう!!俺はよく食べる方なんだが、大盛りにできるだろうか?」
「も、勿論です。……では、少々お待ちください」
その派手な見た目と、大きすぎる声量に、始めこそ少し怯えてしまったが、運ばれてきた父の料理をあんなにも美味しそうに食べてくれる人は初めてで。
「ご馳走様!!君の言う『ころっけ』とやらはとても美味かった!!教えてくれてありがとう!!」
「いえいえ。こちらこそあんなに沢山召し上がって頂けて、嬉しかったです。ありがとうございます。」
「………うむ。またこちらに……食べに来てもいいだろうか?」
「勿論ですよ!!いつでもいらして下さい、お待ちしています」
それだけで、彼の印象は好感の持てるものへと変わっていった。
あの日以来、彼は度々こうして昼時に現れては、大盛りの日替わり定食を五人前は平らげていく。
……いったい何処にその量が収まっていくのだろうと、毎度のことながら不思議に思う。
そして、それを食べている間の彼は、それはもう美味しそうに『旨い!!』と何度も大声を上げるのだ。
初めて聞いた時は、驚きのあまり運んでいた皿を落としかけたことを思い出す。
しかし、声を上げながら食べる癖に、一つ一つの動作はとても上品で、その立ち振る舞いから、育ちの良さが伺える。
そもそも、彼の格好自体が他のお客に比べるとかなり特殊で、今流行りの洋装とでも言うのだろうか。
首元まできちんと釦をとめてそれを着こなす彼は、かなり整った顔立ちをしていた。
やはり美男子は何を着ても様になるようだ。
それから今日は一人だけで来ているようだが、同じような格好をしている人達に、食事を奢っている姿も度々目にした事がある。
『えんばしら様』……とか、なんとか。
馴染みのない名前、いや階級なのかは知らないが、同僚達からも慕われている姿を見るに、きっと偉い軍人さんなのではないかと、勝手に一人で納得している。
「すまない、会計を頼めるか!」
そんな事を考えている間に、彼はもう五人前を平らげてしまったようだ。
呼び掛けられたその声に、慌てて勘定場へ駆け寄れば、ニコニコと笑いかけられて、頬に熱が集中する。
「君はいつも働き者だな。店主の娘さんなのか?」
「あ、ありがとうございます。確かに、父はこの店の店主ですが……」
初めて話したあの日以来、注文と会計以外で彼に話しかけられることもなかった為、驚きのあまり一瞬固まってしまったが、なんとか返事を絞り出す。
そもそも至近距離で、そんなに声を張り上げなくても……なんて少し失礼な事を思いながら、食事の会計を済ましていく。
「成る程!まだ嫁ぎに出ていないという事は、好い人はいないのだろうか?」
その間も彼は笑顔で話しかけてくるが、なんて直球で心の傷を抉るのだろうと、内心呆れて、彼を見つめた。
「好い人だなんて……父の手伝いで毎日大忙しですよ。また良かったら、食べにいらしてくださいね?」
引き攣りそうになる頬を気合いで何とかやり過ごし、笑顔で会計の釣りを渡せば、何故かお金を受け取るどころか、彼に両手ごと包み込まれた。
「あ、あの……?」
戸惑いながら口を開けば、ズズイッと距離を詰められて、ヒッと小さく声が漏れる。
「君に好い人がいなくて安心した!!」
「えーっと……?」
「俺の名前は煉獄杏寿郎!!是非、杏寿郎と呼んでくれ!!」
「え?……ああ、はい。ご丁寧にどうも…」
「うむ!!君の名前を聞いてもいいだろうか?」
「?えっと、名前と申します……?」
「名前、か。うむ、君にピッタリな素敵な名だな!!」
「え、あ、ありがとうございます?」
「うむ!!では名前、これからは堂々と君に会いに来ることとしよう!!」
「え?……え?あのっ…」
戸惑う私にニコリと笑った彼は、「天ぷら美味かった!!また来る!!」そう一言言い残し、颯爽と店を出て行った。
「…あ、ありがとう……ござい、ました……」
その背中を呆然と見送って、漸く口から出た言葉は、随分と力無いもので。
好い人がいなくて、安心……って、なんで?
それに、また来るって……私に会いに?
……それって、……それって、
先程まで掴まれていた掌の見つめ、しばらく動きを止めていれば、
「おやっさん!こりゃあ〜、娘を嫁に出す日も近いな!!はははっ、…」
常連客の揶揄う声が聞こえてきて、赤くなった頬を隠すように、とりあえず店の奥へと駆け込んだ。
それから暫くー……
美男子に迫られて、思わず名前が彼からの求婚に頷いてしまったのは、また別のお話。