あの夢の続きを(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前がうっすらと目を開くと、そこは辺り一面暗闇だった。
「………怖いっ……誰か、」
必死で声を荒げても、誰もいない暗闇には自分の声が響くだけ。
それどころかその声を上げた瞬間、背後から突然ゴォォッと熱風が襲い掛かる。
突然の出来事に驚き慌てて振り返れば、辺り一面が火の海へと変わっていく。
「いや、…やっ、……助け、……助けてっ、」
「全く、お前は世話がかかる……お前まで此処に来る必要はなかったんだがなぁぁ……」
そう言って蹲る私の手を引いて抱き寄せてくれた彼は、優しく背中を摩ってくれる。
それから震える体をぎゅーっと抱きしめてくれた彼は、名前の瞳を覗き込み、優しく目尻を下げてみせた。
「ずっと俺がそばにいる」
「………っ、妓夫太郎さん」
「だが、もしもまた生きて逢えたなら……今度こそ幸せにしてやるからなぁ……」
そんな優しい言葉をかけた彼に、名前は何度も頷いた。気づけば頬を涙が伝い、溢れた涙が彼の胸元を濡らしていく。
「そんなにビービー泣くんじゃねえ……お前は相変わらず泣き虫だなぁぁ」
優しく頭に手を置いた妓夫太郎の姿を最後に、名前の視界がぐにゃりと曲がる。
「ま、待って……」
まだ彼に伝えたいことが山程あるのに、何も伝えられないまま、名前の意識は浮上した。
名前が静かに目を開ければ、穏やかな日差しがカーテンの合間から顔を出す。
どうやら昨日は知らぬ間に、眠りについていたようだ。
いつもと同じあの夢に……
いや、いつもとは違う。
ハッキリと覚えている彼の笑顔に、名前の胸は整理できない感情でぐちゃぐちゃになる。
「……妓夫太郎さ、んっ……梅ちゃ、っ…ごめん、なさ…いっ、」
溢れ出る涙は止まる事を知らないように、名前の頬を濡らしていく。
そして次々と蘇る過去の記憶に、そっと思いを巡らせた。
******
あれは、今より百年以上も前のこと……
今世に転生する前の、前世の記憶。
その当時、大正時代真っ只中の日本では、絶えず人と鬼との戦いが繰り広げられていた。
名前はそんな鬼と唯一、対等に戦える鬼殺隊という組織の一員で、それなりの実力を持った隊士だった。
しかし、ある日たまたま訪れた任務先で、上弦の鬼……彼ら謝花兄妹と出会してから、名前の人生は一変してしまったのだ。
実力があると言っても、それは隊士の中では、と言う話。
名前の攻撃は上弦相手には全く歯も立たず、彼女は稀血という理由だけで、あっという間に彼らに囚われてしまった。
「……私を、殺すんですか?」
「いやぁ?お前は稀血の持ち主だからなぁ……従順にしていれば、殺さず生かしておくのもいいかもなぁ」
びくびくと脅える名前に、妓夫太郎はいつも小馬鹿にしたように笑っていた。
稀血の為、彼らに殺されることはなかったが、時折やってくる彼らに首を噛まれ、手を噛まれ、血をジュルジュルと啜られる日々……。
鬼殺隊士の癖に抵抗もせず、されるがままになってしまった自身の姿に、名前は次第に逃げる隙を伺い出す。
「っ、……」
「血を飲まれる為だけに生きる、惨めなものね」
「そう言ってやるなぁぁ……生にしがみつく、その為ならなりふり構わないその姿……俺はどうも愛着が湧いちまうなぁぁ」
脅えながらも素直に言う事を聞く名前に、二人は気を許して、油断を見せ始める。
そして、それを見逃さなかった名前は、隙をついて遂に鬼の元から逃げ出した。
しかしー……、
「っ、……や、離して……ごめんなさいっ、」
「おいおい……世話かけるんじゃねえよぉぉ……お前は何処へも行かせねえからなぁぁ」
最も簡単に連れ戻されてしまった名前は、二度と逃げ出せぬようにと、妓夫太郎によって鬼にされてしまったのだ。
掴まれた腕に爪を立てられ、そこから鬼の血を入れられれば、何かがゾワゾワと体を駆け巡り、次第に体が震え出す。どうしようもない喉の渇きが、自分が化け物に変わっていくのを物語っているようで、名前は戸惑い涙を流した。
「……怖いっ……んです、…自分が自分じゃ、…なくなるようでっ、」
「抵抗しなくていい……体を委ねろぉ。お前はもう俺達の仲間だ、俺がお前を守ってやるからなぁぁ」
「っ、……」
そう言って、体の変化に苦しんでいる名前に、妓夫太郎は優しく言葉をかけ続けた。
それだけではない。
彼はずっと、泣いてばかりいた名前に寄り添い、背中を摩り、時にはトントン……と子供をあやすように、優しく抱きしめくれた。
そんな妓夫太郎の優しさに、安心感を覚えてしまった。
それどころか、自分を鬼に変えた憎むべき相手の筈の彼に、知らず知らずの内に恋心を抱いてしまった。
ー……だから、きっと神様は罰を与えたんだろう。
妓夫太郎との別れは突然だった。
ドォォーン、と派手な爆音を鳴らしながら現れた柱は、数人の部下をつれていた。
それでも妓夫太郎達が負ける筈なんてないと、名前は信じて疑わなかった。
しかし、次第に連携を取り始めた鬼殺隊は、あろう事か何度も梅の首を切り落とした。
それに危機感を覚えた妓夫太郎が、柱が倒れた一瞬の隙を見て、名前に駆け寄り逃がしてくれたのだ。
「何て顔だぁぁ……今世の別れでもあるまいし。終わったら迎えにいくから今は身を隠せぇ」
そう言って一瞬悲しそうに視線を逸らした妓夫太郎の表情を、今でもハッキリ覚えている。
名前は震える身体を押し殺し、いいつけを守り、物陰からそっと彼らを見守っていた。
だけど、何度倒れても立ち向かう隊士達に、妓夫太郎達が押され始め、慌てて駆け出した名前の目の前で彼ら兄妹の首が飛んだ。
「………妓夫太郎さん?堕姫さ、……っ待って、」
その直後、妓夫太郎から放たれた斬撃をくらい吹き飛ばされた名前は、体に大きな深手を負った。
妓夫太郎達のようにすぐに身体を再生できない名前は、思うように動かせない体で必死に二人へ手を伸ばす。
「お願い……妓夫太郎さん、一人にしないでっ……、」
遠くで灰になっていく二人の姿に、名前は静かに涙を流した。
それから暫くー……
彼らが完全に消え去った頃になって、漸く起き上がれるようになった名前は、フラフラと当てもなく歩き出す。
一人になってしまった名前には、彼らの敵討ちをするほどの勇気はない。
だからといって一人で逃げ延びることも出来なかった。それ程までに妓夫太郎を失った絶望は、名前には大きなものだったのだ。
「…………鬼?」
そんな時、背後からポツリと聞こえた声に、名前は静かに振り返る。
「あなた……確か、しのぶ姉さんの……」
そう言って、戸惑いながら刀を構えたカナヲに、名前は震える声で口を開いた。
「‥‥お願いします。私の、……首を斬って下さいっ」
「……」
「私を彼の元へ………、行かせて下さいっ……」
今考えれば、カナヲにはとんでもないお願いをしてしまったと思う。
幾ら鬼になったとは言え、元々仲間だった隊士の首を斬るなど、彼女には酷な役回りをさせてしまった。
それでも、必死で懇願してしまう程に妓夫太郎を愛していたし、地獄で彼に再会できた時は他にはもう何もいらないと心の底からそう思った。
今思えば、宇髄が怖くて仕方ないのは、あの人が先頭に立って、愛しい人を自分から奪っていったから……
梅があそこまで必死になっていたのは、名前と妓夫太郎の思いを知っていたからだ……
記憶がなかったとは言え、その全てにヒントが隠されていたのに……何も知らない自分は、何度彼を傷つけてきたのだろう。
「‥‥行かなきゃ、私っ………まだ何も伝えられてないもの」
時が流れ、新たに生を受けて尚、約束を守るべく名前の事を待ち続けてくれている彼に、
今度は自分の言葉で、自分の想いを伝えなければー……
そう思い立った名前は、乱暴に頬の涙を拭うと、すくっとその場に立ち上がる。
居ても立っても居られなくて、寝巻きを脱ぎ捨てると、まだかなり早い時間だというのに、名前は家を飛び出した。