あの夢の続きを(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前と謝花兄妹が衝突した一件から一週間余り……
今まで頻繁に名前の元を訪ねていた梅が、ピタリと姿を現さなくなった事に気がついて、恋雪は名前を心配していた。
何があったのか問いかけても、なんでもないと笑顔で首を振るばかりで、肝心なことは何も分からない……
〝……狛治さんが、妓夫太郎さんの方にも探りをいれてくれるって言っていたけど〟
笑ってはいるものの、笑顔に元気がない名前を眺め、恋雪は人知れず小さくため息を落とした。
******
その日の帰り道ー……
名前は一人、とぼとぼと帰路についていた。
通りに並ぶ桜の木を見上げれば、葉も落ち切って枝だけとなった木々が、季節の移り変わりを告げている。
妓夫太郎や梅に出会った頃は、桜の花も綺麗に咲いていたというのに、今では枝のみとなってしまったそれが、彼女をまた寂しい気持ちにさせていた。
あれは、きめつ学園に入学してすぐの事ー……
何処からともなく突然響き渡った爆発音に、慌てて飛び込んだ教室で、グランドピアノを見つけ、そこが音楽室だと気がついた。
普段は吹奏楽部が使っているその部屋も、たまたまその日は誰もいなくて……
引き寄せられるようにピアノに近づき、好きな曲を奏でていれば
「……へえ〜、なかなか上手いじゃねえかぁぁ」
いつの間にそこにいたのか、扉に背を預けるようにして此方を見つめる妓夫太郎がいたのだ。
自分よりも上級生であろう彼に、無断で音楽室へ入った事を慌てて詫びれば、彼は腕を組んだままジーッと此方を見つめて小さく口元を吊り上げた。
「え、…あ、あの!すみません……勝手に弾いてしまって……」
「別に弾いた位で誰も怒りはしねえだろ……」
「あ、…そう、ですよね。……すみません」
そう言って条件反射で頭を下げれば、一瞬キョトンとした彼が、声を押し殺しながら笑い出す。
その笑顔が余りにも優しいものだから、此方まで釣られてクスクスと笑ってしまったのを、今でもハッキリ覚えている。
あれ以来、妓夫太郎には困っている事はないかと気にかけて貰ったり、妹の梅を紹介して貰ったりと、彼はいつも優しく見守ってくれていた。
このまま季節が巡り、妓夫太郎と口を聞くことなく春を迎えれば、彼は卒業……きっと、もう手が届かない距離に行ってしまうだろう。
本当にそれでいいの?
こんな終わり方なんて望んでいなかった筈でしょう?
頭の中で繰り返されるその言葉に、思わず涙が込み上げる。
〝……この桜に花が咲くまで、あとどれくらいの時間があるのだろう〟
自分から距離を置いた癖に、なんて身勝手な想いなんだ……そんな事を思いながら、名前がそっと目を伏せた時ー……、
「名前?」
「……竈門君」
後ろから名前を呼ばれて振り返れば、クラスは違うが度々声を掛けてくれる同級生の姿があり、名前は驚きパチパチと瞬きを繰り返す。
すると瞳に溜まっていた雫が、ふいにポロリと頬を伝うものだから炭治郎は慌てて駆け寄った。
「名前、どうしたんだ?俺、何かした?」
「……ううん、違うんです。竈門君は関係なくてっ、私が、自分で蒔いた種だからっ、……自業自得で……」
「………名前、もし良かったら俺に話してみないか?ほら、悩みは人に打ち明けた方がいいって言うだろう?」
そう言って優しく目尻を下げた炭治郎に、名前は少し悩んだ後、小さくそれに頷いた。
******
「それで最近妓夫太郎達といる所を見かけなかったのか」
「……はい」
炭治郎の問いかけに、困ったように眉を下げた名前は、膝の上に置かれた拳をぎゅーっと強く握りしめた。
あれから、とりあえず場所を変えようと言った炭治郎に連れられて、名前は竈門ベーカリーへとやって来ていた。
店の一角、カフェスペースで向かい合った炭治郎に、名前はことの経緯を説明していく。
その間、腕を組みながらうーむ…と難しい顔をしていた炭治郎だが、名前の話を聞き終わると、口元を吊り上げた。
「名前は自分がどうしたらいいか、本当はもう、分かってるんじゃないのか?」
「…それでは根本的な解決には至らないでしょう?妓夫太郎さんや梅ちゃんに、これ以上迷惑を掛けたくないんです」
「じゃあ、そうやって伝えればいい!妓夫太郎達が名前を大切に思うように、名前だって彼らが大切だって」
「で、でも……」
それでも自分の気持ちに素直になれない名前に、炭治郎は満面の笑みで頷いた。
「心に従えば大丈夫だ。名前のその想いは、必ず伝わる」
「え?」
「俺は鼻がいいんだ。名前の彼らを思いやる気持ちは、充分に伝わっているよ」
だから大丈夫、心に従うんだ。
そう言って笑いかけた炭治郎に、名前は曖昧に笑って頷いた。
******
「心に素直に、か……」
眠りにつく前、膝を抱えてぽつりと呟いた名前は、最後に見た妓夫太郎の表情を思い出していた。
眉間に皺を寄せて、あんなに悲しそうに視線を逸らした妓夫太郎に胸がぎゅっと締めつけられる。
それと同時に、あの表情をずっと昔にも見た事があるような気がして、名前は必死で思考を巡らせた。
だが、その瞬間頭がズキンと痛みだし、名前は小さく蹲る。
「うっ、……助けて、……妓…夫太郎さ、ん……」
そう一言呟いて、激しい痛みに名前は意識を失った。