あの夢の続きを(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから数日経ったある日
……〜♪
放課後の校舎に響き渡るピアノの音。
それは、とても優しくどこか儚い音色だった。
その音を聞きながら、ふっと口角を上げた妓夫太郎は、その音に引き寄せられるように足速に歩みを進めていた。
だが、目的の場所に近づくにつれて、ピアノの音はピタリと止まり、代わりに誰かの話し声が聞こえ始める。
「……私なんか………まだまだですし」
「あ?ド派手な音色だったじゃねーか!!どうせ暇してんだろうが」
「で、でも…」
明らかに戸惑いの色を含んだ名前の声に、慌ててその戸を開け放てば、振り返った見知った顔が、呆れたような視線を寄越した。
「よお!謝花の兄貴の方か〜…どうした〜、何か用か」
そう言ってへらりと笑った宇髄に、妓夫太郎はキッと眉を吊り上げた。
「この輩教師が……そいつに絡むんじゃねぇよ、明らかに困ってんじゃねぇかぁぁ…」
「はぁ?俺は別に何もしてねーよ……ただ、そんなにピアノが上手いなら、俺たちのバンドに加わってくれないかって聞いてただけで」
「……そ、そうなんです……宇髄先生が…ピアノの腕を褒めてくださって……だから、その……」
そう言いつつ、ビクビクと肩を揺らしている名前の姿に妓夫太郎は大きなため息を吐いた。
「ッチ。コイツはお前の奇天烈なバンドになんか入りゃあしねえよぉぉ……分かったら他を当たれ、他をなぁぁ」
そう言って宇髄を睨みつける妓夫太郎に、名前は思わず冷や汗を流す。
先程名前は、一人で隠れてピアノを弾いているつもりでいた。
だが、突然「へえ〜」なんて声が聞こえてきて、驚いて鍵盤から視線を上げれば……
いつからそこにいたのか、突然大きな体で覗き込まれて、思わず固まってしまったのだ。
その派手な化粧が施された瞳でジーッと見つめれてしまえば、全てを見透かされているような気持ちになる。
大きな体も、その瞳も……
無意識に苦手意識を持ってしまうのは、仕方ないことだと思う。
しかし、そんな相手から守ってくれるのだとしても、教師相手にその態度はどうなのかと名前は困ったように眉を下げた。
妓夫太郎も、梅も、とても優しい人なのに、皆に誤解されてしまうのは、こうして私なんかの為でも本気で怒ってくれるからではないか……
そんな事を考えていれば、遅れて妹の梅まで登場するものだから、状況は悪化するばかり。
妓夫太郎に勝る勢いでギャーギャーと喚き始めた梅に、宇髄は面倒臭そうに「……あー、はいはい」と相槌を打つと名前に背を向け歩き出す。
しかし、廊下に出る手前でくるりと振り返り……
「苗字、気が変わったら声を掛けてくれ!!」
「うるっさいわね!!早く行きなさいよ!!」
そう一言言い残し、今度こそ音楽室から去って行った。
「全く……あんな輩が教師だなんて信じられないっ!!名前も嫌ならハッキリ断ればいいのよ」
未だにキャンキャンと吠えている梅に対して、妓夫太郎は眉間に皺を寄せたまま。
そんな二人を呆然と見つめていた名前だが、ふと我に帰り二人に向かって頭を下げた。
「…あの、二人とも本当にありがとうございました」
「もう、そんな事気にしなくていいのよ!名前ったら水臭い「でも!!……でも、私なんかの為に二人が悪者になる必要はありません……」
珍しく梅の言葉を遮るように名前が大きな声を上げれは、兄妹二人はビタッと驚き動きを止めた。
「あ、あの……二人にはいつも感謝しているんです…でも、そのせいで二人が誤解されるのは、…嫌なんです」
「な、何言ってんのよ!!今更あんな奴になんて思われようが関係ないわよ!!ねえ、お兄ちゃん?」
「……じゃあ逆に聞くがなぁ、俺たちが来なかったら名前はどうしていたんだぁ?」
「そ……れは、」
「あの野郎に名前が言い包められる位なら、俺たちが悪者になる事なんざ小さな問題だろうがぁぁ」
名前が幾ら二人に言い聞かせようとしても、開き直った彼らが名前の言う事を聞く事はない。
それどころか、自分達のことよりも名前を優先しようとする彼らに、ついに名前は声を荒げた。
「違うんです!!私が言いたいのは、そう言うことじゃないんです!!梅ちゃんも、妓夫太郎さんも、もっと自分を大切にして下さい……私が二人の足を引っ張るなら……二人とは距離を置いた方が……いいかも、しれません。」
「はぁ!!?アンタ自分が何言ってるか分かってんの!?」
名前の言葉に梅も声を荒げるが、名前は下を向いてそれに返事を返すこともない。
「何、なんなの!?私達がいいって言ってるのになんで分かってくれないの?」
「……梅」
「お兄ちゃんはいいの!?名前と折角会えたのに……なんで何も言わないの?」
「俺の事はいい「良くない!!良くないわよ……お兄ちゃん」
そう言ってキッと顔を上げた梅は、瞳にいっぱいの涙を溜めて、最後に名前へと言い捨てた。
「なんで私達のこと忘れちゃったの!?本当に覚えてないの?……お兄ちゃんと約束したんでしょう?今度こそ幸せに「梅!!いい加減にしろぉぉ!!」
その言葉に名前が驚き目を見開けば、その視線から逃げるように妓夫太郎は梅の腕を掴む。
「ちょ、お兄ちゃんっ!……離してよっ!!まだ話は終わってないんだから!!」
そして、声すら出せずに固まる名前を他所に、妓夫太郎は足早に教室を出て行った。
静かになった音楽室に、名前はぽつんと立ち尽くす。
彼らを怒らせた自覚はある。
自分をもっと大切にして欲しくて、思ってもない事を口走ったことも分かっている。
だけど、そんなことが気にならないくらい、梅が言った最後の言葉に名前の思考は囚われる。
『なんで私達のこと忘れちゃったの!?本当に覚えてないの?お兄ちゃんと約束したんでしょう?』
梅ちゃんにあんな顔をさせるなんて……
一体私は何を忘れているんだろう。
それに約束なんてした覚え……
『ずっと俺がそばにいる……だが、もしもまた生きて逢えたなら……今度こそ幸せにしてやるからなぁ……』
自問自答を繰り返す名前に、ふと夢の中の彼の言葉が蘇る。
ドクン、ドクン……と刻む心音は、いつも以上に煩くて、あり得ない思考を掻き消すように首を振る。
〝あれは夢だもの……妓夫太郎さんが、夢の中の彼の筈はない………だけど、もし、本当に彼だとしたら……〟
震える掌も、うるさい心音も、頭の中の彼の声も、
自分の知らない何かを物語っているようで……
名前は暫く立ち尽くし、呆然と彼らが出て行った扉の先を眺めていた。