あの夢の続きを(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
どこまでも広がる暗闇に、ぽつんと一人で立ち尽くす。
〝………怖い〟
名前は怯えたようにキョロキョロと辺りを見渡して、自身の体を抱き寄せた。
******
朝ー……
アラームが鳴るよりもずっと前、まだ薄暗い時間帯に目を覚ました名前は、パチパチと瞬きを繰り返すと、バクバクとなる心臓を落ちつかせるようにふう…と深く息を吐く。
それから頬を伝う冷たい感覚にそっと手を動かせば、その手は微かに震えていて……
幼少期から度々魘されている夢の出来事を思い出し、名前は両の手をぎりぎりと震えるほどに握り締めた。
夢の始まりは、いつだって真っ暗だ。
自分しかいない暗闇に怯えていると、何処からともなく火の手が上がる。
それはまるで全てを焼き尽くしてしまうのでは、と思うほどの勢いで……
何処へ逃げればいいのか分からない暗闇の中で、轟々と燃える炎に怯えて、体を縮こませていれば、誰かがこの手を引き寄せてくれる。
『全く、お前は世話がかかる……お前まで此処に来る必要はなかったんだがなぁぁ……』
そう言って、とんとん…と優しく背中を叩く彼に、私は思わず縋り付く。
ずっとそばにいて欲しくて、何処にも行かないでと懇願するように必死で彼に抱きつけば、呆れたように笑みをこぼして彼は最後にこう言うのだ。
『ずっと俺がそばにいる……だが、もしもまた生きて逢えたなら……今度こそ幸せにしてやるからなぁ……』
その彼の優しい言葉を最後に、決まって目が覚めるのだ。
彼からの言葉はいつも私に安心感をくれる。
あの暗闇の中から、何度も私を助け出してくれたのだ。
だけど、夢から覚めると寄り添ってくれた彼の顔は、靄がかかったように思い出せない。
それに何だか思い出してしまったら、何故あんな所にいたのか……知りたくないような事実まで知ってしまうような気がして、漠然とした恐怖を感じていた。
幼少期から見続けているあの夢が、一体何を意味するのかは分からないが……
何にせよ、あんな夢に魘されてしまった後では、完全に目も覚めてしまっているし、今更眠りにつく事はできないだろう。
その考えに深くため息を落とすと、名前はむくりと起き上がり、徐にカーテンへと手を伸ばした。
******
いつもより少し早めに校舎へとやってきた名前に、親友の恋雪が嬉しそうに駆け寄って声を掛けた。
「おはよう名前ちゃん!今、狛治さんと話してたんだけど………って、あれ?どうかしたの?」
「おはようございます。恋雪ちゃん、それに狛治さんも。……大した事ではないんです。少し、寝つきが悪かっただけで……」
「…え?大丈夫なの?」
そう言って心配そうに眉を下げた恋雪に、後から追いついた狛治が、彼女を支えるようにそっと肩に手を置いた。
それを確認すると、名前は小さく笑みを溢し、大丈夫ですよと頷いた。
彼女達が通うきめつ学園は、生徒も教師も個性派揃い。いつもワイワイと、時にはドカーンッなんて爆発音が響き渡る、賑やかな学舎なのだ。
そんなきめつ学園に通う名前は、平々凡々……どちらかといえば控えめで少し臆病な生徒である。
しかし根は優しく、何に対しても真剣に向き合う名前の姿に、こうして心を許す仲間達が増えていくのだ。
それは勿論、同じクラスや学年の者達だけではない。
「あ、おはよう名前!!もう聞いてよ〜……お兄ちゃんがね、追試の勉強を教えてくれなくて〜」
「あらあら……おはようございます、梅ちゃん、妓夫太郎さん」
後ろから突然飛びついてきて頬を膨らませる梅の姿に、クスクスと名前は笑みを溢すと、遅れて登場した彼女の兄にも声をかける。
それから少し考える素振りを見せた名前が「では、また私と一緒にやりませんか?……勿論梅ちゃんが良ければ、ですけど」なんて口を開けば、梅は嬉しそうに頷いた。
早朝の夢見は最悪ではあったものの、こうして皆に囲まれていれば、あの夢の恐怖なんてあっという間に消えていく。
「ありがとう名前!!」
「いえいえ、梅ちゃん達には日頃からお世話になりっぱなしですもの。これくらい大した事じゃありません」
妹の梅に抱きつかれたまま、にこにこと笑みを浮かべる名前の姿に、妓夫太郎も小さく口元を吊り上げるのだった。
******
名前と彼ら……学園随一の不良でもある謝花兄妹が仲良くしていることは、他の生徒達からしてみると、かなりの違和感だった。
時折ビクビクしながら話をしていたり、いつも敬語ばかりの名前の姿に、最初はあの不良の兄にでも脅されているのかと心配する生徒もいた程である。
しかし、そんな心配は何のその……
「謝花兄妹には関わらない方がいいよ?特に兄貴のほうは、とんでもない屑だから」
「………妓夫太郎さんも、梅ちゃんも、私にとても良くしてくれるんです。……彼らのこと、何も知りもしないで、悪く言わないで下さい」
以前、彼ら兄妹の悪口を言う生徒に、名前が珍しく苦言を呈した事があり、それから彼らとの関係性を疑う者は少なくなったのだ。
「名前、すまなねえなぁ。梅は顔はいいんだがなぁ、頭がちいと足りてねえからなぁぁ…」
「もうやめてよ、お兄ちゃん!」
「本当の事だろうがぁぁ。あんまり名前に迷惑かけるなよぉ」
そう言って、名前の頭に手を置いた妓夫太郎は「いつも、ありがとなぁ」と笑いかける。
その優しい声色は、あの夢の中の彼に少し似ている気がして、名前は思わず頬を染めた。
〝あの夢の彼が妓夫太郎さんの筈ないのに……〟
そんな事を思いながら名前がそっと目を伏せるのを、妓夫太郎は静かに見つめていた。