第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「杏寿郎さん、では行ってまいります!」
「琴音……、本当に一人で大丈夫か?やはり俺も一緒に行くべきではないだろうか?」
「ふふっ、大丈夫ですよ?お館様に会いに行くだけですから」
クスクスと笑う琴音に、杏寿郎は眉を下げて心配そうに口を開いた。
そんなやり取りを何回か繰り広げる彼らの後ろ……
なんとも言えない気まずさが漂う中、ぽつりと佇む隠しの男は、もう何度目か分からないため息を落とすのだった。
******
今回、琴音が蝶屋敷を退院するまでには、実に三日間の時間を要した。
酷い貧血状態に陥っていた彼女だが、毎度のことながら持ち前の呼吸を使い、たった三日で退院にまで漕ぎ着けたのだ。
だが、まだ鬼に貫かれた肩の傷が完全に完治した訳ではない。とりあえず〝退院〟という形を取った彼女は、傷が治るまで煉獄家で療養を行う約束をしのぶと交わしたのである。
しかし、いつもは小言ばかりのしのぶが、煉獄家での療養を認めたのには理由がある。
一つは、杏寿郎が彼女の体調が治り次第、鍛錬を手伝うと言った事。
そしてもう一つは……
「炎柱の申し出を受ける為に、なるべく早くお館様に会いに行きたいの!」
そう言った彼女にしのぶが根負けしたからである。
しかし、怪我人の琴音を一人で生かせるわけにも行かず、隠しにおぶってもらい本部へ行くという話でまとまったのだ。
それには勿論、杏寿郎の了承も得た筈なのだが、何故か当日の朝になり「やはり俺も行くべきだろう」と言い出したのだ。
もう蝶屋敷を出る準備も済まし、後は運んでもらうだけだと思っていた琴音は、屋敷前で困ったように眉を下げた。
もう既に来てもらっている隠しの男性にも申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何度目かの言葉を口にした。
「杏寿郎さん、そろそろ……」
「うむ!では俺も一緒に行くとしよう!!」
「えぇっ!挨拶に行くだけですし大丈夫ですっ!それに、そんな事も一人でこなせぬ様では、柱になどなれませんから」
「では、本部の外までついて行くのはどうだろう?」
そう言って全然折れる気がない杏寿郎に、琴音も隠しも顔を引き攣らせた。
こうなった彼を止めるのは、無理に等しいことを琴音は知っているし、隠しに至っては、元とは言え柱に口答えなどできる筈もない。
どうしたものか、と二人して頭を悩ませていれば
「煉獄さん、その辺にして下さい。人の家の前で何をしているんですか?ハッキリ言って
そんな彼らの前に現れたしのぶが、にっこりと笑顔を浮かべながら、これまたハッキリと言い放った。
青筋を浮かべ、苦言を呈した彼女は見るからにご立腹で、蟲柱様の怖さを知る琴音も隠しも、ビクビクと怯えてしまうのだが……
杏寿郎に至っては、全く関係ないとでも言うように、笑顔でしのぶに反論した。
「だが胡蝶、琴音は手負いの身というだけでなく、本部へ行くのも初めてだそうだ!琴音が不安にならぬようについて行ってやるのも師範の役目ではないか!?」
「本部に行くのが初めてなんて、柱の皆が経験する道ではないですか?」
「確かにそうだが……、」
「煉獄さんは琴音に対して過保護が過ぎますね。琴音のことをもっと信じてあげてみては?」
そう言った彼女につられて、琴音へと視線を移した杏寿郎は、小さくため息を吐いた。
眉を下げて困ったように笑う琴音を見てしまっては、今回は大人しく彼女の帰りを待った方がいいだろうと、杏寿郎はなんとか自分に言い聞かせた。そして此方を怯えた目で見つめる隠しへと話しかける。
「君、名前は何と言う!?」
「は、はい!!隠しの後藤と申します!!」
「うむ!では後藤君に琴音の事を任せよう!!君の命に変えても、琴音の事は守り抜くように!!」
「命に、かえても……?」
「ああ!頼んだぞ!!」
「は、はい…」
〝守るって……、何から?私これから挨拶に行くだけだよね?〟
頷く隠しを眺める琴音は、呆れた表情を浮かべているし、しのぶに関しては「大袈裟ですね、全く」と苦言を口にする始末である。
******
そんな二人に見送られ、やっと蝶屋敷を後にした隠しは、移動中琴音に向かって口を開いた。
「いつも、その……煉獄様はあぁなんですか?」
「……いえ、そういう訳ではないですが」
「琴音様も大変ですね」
そう言って苦笑いを浮かべた彼に、琴音は「私には様はいらないですよ」と口を開いた。
「年下なんですから、そんな風に呼ばなくても」
「い、いえ!!さすがに柱の方なので……」
「柱だろうが、一般隊士だろうが、隠しだろうが、皆同じ仲間ですから!私には遠慮はいりません」
そう言ってクスクスと笑う琴音に、後藤は思わず足を止めかけた。そんな彼に琴音は再び話しかける。
「それから、後藤さん。私貴方にお礼をしなくてはいけません」
「お礼……ですか?」
「はい。しのぶから前に聞いたんです。無限列車の任務の時、蝶屋敷まで運んでくださったのは〝後藤さん〟なんですよね?あの時はありがとうございました」
そう言って背中にいる彼女が、頭を下げたのが分かった後藤は今度こそ足を止めて、口を開く。
「琴音さん、変わった人ですね……わざわざ隠しの名前まで、蟲柱様に聞くなんて」
「変わってますか?……命の恩人の名前くらい、誰でも聞きますよ」
今日も背中に乗せてもらっちゃって、すみません…と最後に言葉を発した琴音に、後藤は小さく笑みを浮かべる。
なんとも柱らしくない人だな。
だけど、こんな自分も仲間だと、恩人だと言ってくれる……素敵な人だな、とも思ったのだ。
「後もう少しで本部です。少し飛ばしますね!」
そう言って駆け出した後藤は、〝新しい柱の話〟を隠しの仲間にも聞かせてやろうと、上機嫌で走り出すのだった。