第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今回必要な処置は隠しがやってくれていたようです」
傷の具合を診てそう呟いたしのぶに、琴音は無言で眉を下げた。
………これはもしかして怒られ損だった、かな?
まだ怒っているだろう友人を前に、そんな事を思ってしまう。
勿論、口が裂けても言えないが…
そんな琴音の様子にしのぶは呆れたようにため息を落とす。
「何度も言うようですが、これからは怪我を負ったらすぐに蝶屋敷にいらして下さい」
「……はい」
「どうせ此方に筒抜けなんですから、下手に隠せば………分かってますね?」
その含みのある物言いに、サッと顔を青褪めた琴音はコクコクと大袈裟な動作で頷いた。
******
結局あの後、傷口に塗る軟膏だけ手渡された琴音は、早々に自宅への帰路に着いていた。
勿論蝶屋敷を帰る際には、しのぶから再三注意を受けた訳だが。それこそ口を酸っぱくして、何度も何度も……耳が痛い話ばかり。
やはりしのぶを怒らせるのは、自殺行為であったと今更ながら反省する。
とまあ、そんなやり取りを終えて漸く我が家に到着した琴音は、荷物を置くとふう…と大きく息を吐く。
〝この数日で色々な事があったな〜……〟
やはり二年もの間過ごした借家なのだから、安心してどっと疲れを感じるのは致し方ない。
思えば怪我を負ったあの任務からまだ数日しか経っていない。その短期間で三人もの柱と顔を合わせ、今でもあまり実感はないが、炎柱の継ぐ子の話も受けたのだ。
目まぐるしく変わる環境に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、折角一週間も休暇を貰ったのだ。
いつまでもウダウダと過ごしているわけにもいかず、琴音は漸く重い腰をあげる。
「さあ、片付けますか。あぁ、でもその前に……」
独り言を言いながらのそりと立ち上がった琴音は、窓辺に近づき鴉を探す。
それから借家に戻った事を煉獄さんに伝えて?と口を開くと、鴉を見送り振り返る。
「報告も済んだし、チャチャッと終わらせよう」
そう意気込んで、漸く部屋の片付けへと取り掛かった。
******
しかし、部屋の片付けを開始して一刻……
一向に片付かない様子の部屋を見渡し、琴音は大きくため息を漏らしていた。
と言うのも、琴音の部屋には沢山の本がある。本棚には入り切らず、所狭しと縦に積まれた沢山の本の山……
これが片付けが進まぬ大きな要因である。
そもそも何故これほど迄に本が多くなってしまったのか。
その理由は至極簡単。
彼女の日課が読書だからである。
元々、知識をつける事で何か鬼殺に生かせないかと始めたそれが、今ではこの有様である。
それを始めたのが育ての元にいる頃だから……
五年間で、随分溜め込んでしまったものだとため息を吐く。
しかし、琴音はもう17歳。
五年前より理解力も勿論上がっているのだから、もっと知りたいと量が増えるのも頷ける。
……まぁ、実際の所は、育ての家に置いてきた本もかなりある為、鬼殺隊に入隊した二年間で溜め込んでしまったようなものだが。
「何時迄もこうしていたって片付かないし……とりあえずしのぶが欲しそうな本だけ避けようかな」
そう呟いた琴音は、目ぼしい本を手にしていく。
なんだか数が凄い事になりそうだが……致し方ない。
そうでもしないと片付かないだろう現状にため息を落とし、しのぶに本を押し付ける事を決めた。
それから、まだ読み返したほうが良さそうな本を数冊手に取り、ペラペラと中を確認していく。
「これはいる、これもいる……あ、これもいる。これはいらな………やっぱりいる」
本に手を伸ばしてはいるものの、一冊一冊への思い入れが強すぎて片付いていく気配がない。
〝……あれ、これ減っていくかな?片付くかな?〟
最早、少し泣きそうになっている。
そもそもこの本を何処で買ったのかなんて思い返してみたり、この本を見たおかげで応急処置の技術が向上した等と、一々考えてしまう辺り捨てる気は毛頭ないのだろう。
そんな状況に琴音がうーん……と困り果てていれば、玄関の方から大きな呼び声がかかる。
「琴音!手伝いに来たぞ!」
「れ、煉獄さん!?本当に来てくれたんですか!?」
その声に驚いてひょこっと顔を出せば、琴音の鎹鴉に先導されて来たであろう煉獄が立っていた。
彼が立ち寄ってくれた事に驚きつつ、とりあえず家の中へと招き入れる。
「汚いですが……」
その言葉通り、全くもって片付けが進んでいない部屋に視線を戻し、琴音は恥ずかしそうに俯いた。
「よもや、よもやだ!琴音が一週間片付けるのにかかると言ったのは、この本があったからか!!」
だがそんな事など気にも止めず、煉獄は部屋一面の本達に凄い量だな!と関心していた。
「君は本を読む事が好きなのだな!」
「はい。始めは父から頂いた医学書を読んでいるだけだったのですが、知りたい事が沢山出てきて……今ではこの有様です」
「成る程!!勉強熱心なのだな、感心感心!!」
「ありがとうございます。しかし、内容は覚えているものが殆どなのですが、本を捨てるとなると……少し思い止まってしまって」
そう言って困ったように眉を下げた琴音に、煉獄はむう?と首を傾げた。
「本は捨てる必要はないだろう!!必要な物は勿論持って行ってくれて構わないし、それ以外の物は誰かに譲ればいいだけの話!!これだけ専門的な本が多いのだから、もしかしたら図書館で引き取ってくれるかもしれないな!!」
「成る程!その手がありましたか。さすが煉獄さん」
その一言でパァと表情を明るくした琴音に、煉獄はクスリと笑みを漏らす。
「些か量があるからな、早速俺も手伝うとしよう!!」
「ありがとうございます。助かります」
******
悩みの種が解決した琴音は、今までの遅れを取り戻すように忙しく本を仕分けていく。
そんな彼女を横目に見ながら、煉獄は物珍しそうに本棚へと手を伸ばす。
一冊とってはパラパラと中を確認し、再び本棚へと戻し、また一冊とっては中を確認する。
そんな動きを数回繰り返した後、ふと思った事を問いかける。
「ところで医学書を貰ったと言っていたが、君の父君は医者なのだろうか?」
見上げた視線の先に並ぶ本達は、よく分からないものも多いが、殆どが医療に関するものだろう。
そんな事を漠然と考えている煉獄の耳に、琴音の声がぽつりと届く。
「はい、私の父は町医者でした」
……でした、か。
遠い過去のような物言いに、煉獄はパタリと本を閉じる。
鬼殺隊に長く身を置く煉獄は、それだけで何かを察し、本棚から琴音へと視線を移す。
それに気づいた琴音は苦笑しながら、両親が亡くなったのは私が12歳の時でしたと口を開く。
「突然家の外から叫び声が聞こえたんです。
父は人の命を救う為、家を飛び出し襲われました。母は……私たちを助ける為に身を呈してくれました」
そこで言葉を区切った彼女は、誇らしげにまた言葉を続けた。
「命を沢山救ってきた自慢の両親です。
最後まで誰かを助ける為に迷わなかった父も、私達兄弟を守った母も私の憧れです。
あの時……幼き日には救えなかった命も今の私なら救えるかも知れない。私には沢山の知識と刀を振るう手があるんです。
あの時と違って人を守る力をつけた……
だから、私は両親のように沢山の人を救いたいんです」
そう言って、とても綺麗に微笑む彼女に、煉獄は大きな目を更に見開く。
『弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です』
纏う雰囲気や話している内容も違うのに、何故か母が諭してくれたあの言葉を思い出す。
〝きっと彼女には譲れぬ思いがあるのだろう……〟
そんな琴音の言葉にまるで感化されたかのように、煉獄は口元を吊り上げる。そして、自分も責務を全うするのだと改めて心に誓うのだった。
******
それから二人は黙々と作業を進め、仕分けられた本がどんどんと積み上がっていく。
当初、捨てる事に抵抗があった琴音も、誰かに譲ればいいのかと思い直してからは早かった。
パラパラとページを捲り、譲るものと必要なものを仕分けていく。一方の煉獄は必要な本を紐で纏め、譲る物は部屋の隅へと避難させる。
〝思ったより早く片付きそうだな〟
そんな事を考えていれば、琴音がふと思い出したように口を開く。
「そう言えば私の弟、優斗と言うんですが……先日鬼殺隊に入隊したようで……もしどこかで会う事があったら、よろしくお願いします」
「うむ!勿論だとも!」
先程の凛とした表情とは打って変わり、歯に噛みながら笑う琴音の姿に、煉獄の口角も自然と上がる。
「ところでこの本なのだが、数冊貰っても構わないだろうか?」
「それは全然構わないですけど……煉獄さんも本を読むのがお好きなんですか?」
「ハハハッ、すまない。俺は嗜む程度だ。これは弟の千寿郎にと思ってな!!」
「弟さん?」
「うむ!千寿郎は勉強熱心なんだ!!きっと新しい本が手に入れば喜ぶだろうと思ってな!!」
「ふふっ…でしたら何冊でも構いません。弟さんの興味がありそうな本があったら、遠慮なく仰って下さい。」
そう言ってクスクスと笑みをこぼした琴音に、煉獄は弟の話を上機嫌で語り出す。
「千寿郎はとても努力家で、俺が稽古をよくつけてやるんだ!」
「千寿郎は本を読むのが好きで、家のことをやりながら勉学にも励んでいる!」
「千寿郎は料理が上手で、よく俺の好きなさつまいもの味噌汁を作ってくれる!わっしょい!」
等々……
正直、最後の『わっしょい!』の意味はよく分からないが、煉獄が弟を大切に思っている事は充分に伝わってきた。
「弟さんとは、随分仲がいいんですね?」
「ハハッ、すまない!!ついお喋りが過ぎてしまったか?」
「いいえ。聞いていてとても楽しかったですよ?」
ふわりと微笑む琴音を前に、恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた煉獄は、それを隠すように大きな声で笑いかける。
「よし!ここの整理が終わったら煉獄家に一度向かうとしよう!!本も早く届けたいし、早く千寿郎を紹介したくなってしまった!!」
「ふふっ、では急いで片付けましょう!煉獄さんは弟さんに渡す本を探してください」
満面の笑みで話しかける煉獄に琴音は大きく頷くと、まだ見ぬ彼の弟との出会いに胸弾ませるのだった。