第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
美しい花が咲き乱れ、可憐な蝶々が飛び回る。そんな素敵な屋敷の前でー……
〝つ、ついに来てしまった……〟
琴音は一人、項垂れていた。
『……一体、人様の屋敷前で何をしているのか?』
そこを通る者がいれば、皆そんな事を思うだろう。それほどまでに一人でオロオロしたり……かと思えば意を決したように一歩を踏み出そうとして、顔を青ざめ後退する。
とても奇妙な動きをしている琴音を、相棒の鎹鴉だけが心配そうに眺めていた。
「……やっぱり帰っちゃ駄目かな」
「勿論、駄目に決まっているじゃないですか」
そこへ突然、彼女の後ろから声がかかる。
「琴音、いつまでそんな可笑しな遊びをしているのですか?さっさと入らないなら、そのお尻を蹴飛ばして差し上げましょうか?」
その一言に、琴音がギギギギ……と機械音が鳴りそうな程不自然な動きで振り返れば、笑顔なのに目が笑っていない友人が立っていた。
「あ……ははは、しのぶ…久しぶり。えっと、元気、……だった?」
咄嗟に馬鹿みたいな返答をしてしまった口を恨めしく思いながら、琴音は暫し視線を泳がせたのだが、
「お、お邪魔しまーす……」
無言の重圧に耐えられず、結局、怯えながら屋敷の中へと足を踏み入れるのだった。
******
屋敷の中へ入るとしのぶによって、琴音はすぐに診察室へと通された。
そして椅子に腰掛けた琴音に対し、当たり前とでも言うように、さっさと服を脱いでくださいと、しのぶは満面の笑みで笑いかけた。
え。それは流石に恥ずかしいんだけど……なんて、頬を引き攣らせた琴音の事など無視である。
「怪我をいくつ負っているのか確認しますので、早く脱いで下さいね?ああ、勿論全部ですよ?」
「しのぶちゃん、私が大変悪うございました。……怪我を負った箇所、全部包み隠さずお教えしますので、何卒っ…… せめてスカートは履いたままでお願いします。どうかご慈悲を」
あまりに綺麗に笑うしのぶの姿に、琴音は思わず泣きそうになった。
しかし、そんな琴音の様子に、しのぶがぷっと吹き出せば、すかさず「笑うなんて酷い!」と琴音が突っ込みを入れるものだから、本当に反省しているのかは疑わしいものである。
「全く……最初から怪我を負ったら来る様にと、何度言えば分かるんですか?」
「うぅ……ごめんなさい」
ぶつぶつと小言を言いながら、しのぶは慣れた様子で、彼女の怪我を確認していく。
どうやら、先日負った利き手の怪我も、今回は隠しに縫ってもらっただけあって随分と治りが早いようだ。
「琴音は呼吸が少し上手く使えるからと言って怪我を放置しすぎです。もっと早く塗り薬を塗っておけば、傷跡だって残りづらくなるというのに。」
久しぶりに会う友は、まだまだ言い足りないとでもいうかのように、先程からひっきりなしに口を動かし耳が痛くなる様な言葉を口にする。
それに素直に、はい。すみません。おっしゃる通り…なんて返事を返せば、ちゃんと聞いているのかと睨まれる始末である。
〝これは随分ご立腹だな。どうしたものか……〟
目の前で青筋を浮かべるしのぶの姿に、暫し考えを巡らせていれば、ふとある事を思い出す。
「しのぶ、前にうちにある本に興味があるって言っていたでしょ?今回のお詫びに欲しい本があれば譲ろうか?」
「……本?」
それにきょとん、と首を傾げたしのぶに「あ、その顔可愛い〜」と琴音が茶化せば、すかさず怪我をした箇所をぎゅっと握られる。
痛い、痛い、痛い!!と涙を浮かべる彼女に、しのぶはふん!と鼻を鳴らす。
「ところで、どういう風の吹き回しですか?あんなに大切にしていた本を譲って頂けるとは……」
「ああ、うん。実はね……」
そう言って説明を始めた琴音に、しのぶはフムフムと顎に手を置き話を聞いていく。
その話によれば、琴音はこれから煉獄の継ぐ子になるのだとか。それに伴い、琴音の拠点を借家から煉獄家へと移す為、彼女が持っている大量の本を処分したい、……という事のようだ。
しのぶとしては、医学書や薬草学の本など欲しいものが幾つもあるのだから、今回はそれで手を打つか、という結論に至った。
だが、そんな事よりも、しのぶが気になったのは別の事でー……
「本はまた暇な時に取りに伺うとして、煉獄さんの継ぐ子とは琴音も随分、思い切りましたね?」
「……そう、だね。私もいつか任務でご一緒する事があれば炎の呼吸について、稽古をつけてもらえないかな?くらいには考えていたんだけど……まさか継ぐ子に誘われるとは思っても見なかった」
ほんと、噂通り面倒見がいい人なんだね〜と呑気に話す友人を横目に、しのぶも少し安心した様な笑みを浮かべた。
******
体が小さく他の隊士と比べて、力が足りないしのぶは、柱として唯一鬼の首が斬れない隊士だ。
だが、彼女は並々ならぬ努力で、それを補う毒を開発し、今となっては蟲柱の地位まで上り詰めた。
優しく、美しい彼女に憧れる隊士は、大勢いるだろう。
そんな彼女が唯一、自分と重ねて考えてしまうのが、目の前で呑気にお喋りを繰り広げている琴音なのだ。
自分と然程変わらない身長に、力も平均女性ほど。そんな体格に恵まれない彼女もまた、かなりの努力家だという事を知っている。
そんな彼女が、度々無茶をして怪我を負う姿に、いつも自分の事の様に心配してしまうあたり、琴音はしのぶにとって一番の親友なのだろう。
だからこそ、あの一際頼りになる同僚が、琴音の側に着いていれば、もうそんな無茶はしなくなるだろうし、自分以外に琴音を見張る協力者ができるのはありがたいとすら思ってしまう。
それに、彼女に群がる虫達を追い払うのには、あれぐらい強烈な男を側に置かなければ…としのぶは小さく笑みを浮かべた。
…‥因みに、琴音は全くと言っていいほど、周りに自分がどう思われているかを分かっていない。
戦いでは皆を守り、任務が終われば怪我を負った隊士に応急処置を施していく。彼女はあの整った顔で、いつもニコニコと分け隔てなく笑顔を振り撒き、気づけばいつも皆の中心で盛り上げ役となっている。
そんな彼女にあわよくば、と近づく邪な輩をもう何人退治しただろうか……
〝……これで少しは、私の心配事も減るだろうか〟
そんな事をしのぶが考えているなんて、
「あそこの甘味処は桜餅を売り始めてね〜」
呑気に話す琴音には、これっぽっちも伝わっていないのであった。