第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無限列車の任務から三ヶ月。
あれから琴音は、目まぐるしい日々を送っていた。
お館様より〝炎柱をお試しでやってみないか〟と、提案された琴音は、退院したその日から、杏寿郎が担当していた地区の警備に当たっていた。
勿論、鬼が出ればそちらに派遣される事もあるし、他の隊士からの救援要請に駆けつけて援護を行うことだってある。
それでいて、煉獄家へその日のうちに戻れるような任務の際は、蝶屋敷へと必ず足を運び、杏寿郎の顔を見てから任務に着くようにしていたのだ。
普通の隊士ならば、根を上げてしまうような多忙な日々だ。
さすがの琴音も普段なら、疲労でヘトヘトになっているところだが、今日の彼女からはそんな表情は微塵も感じられない。
それどころか、ニコニコと嬉しそうにしているのだ。そんな琴音は目の前に座る、杏寿郎へと口を開いた。
「やっと明日で退院ですね!明日は千寿郎君と迎えに来ますからね?」
「ああ、すまないな!」
可愛らしく微笑んだ琴音に、杏寿郎も満面の笑みで返事を返す。
彼らが、これ程までに嬉しそうなのも、当然だろう。
かれこれ三ヶ月、蝶屋敷に入院していた杏寿郎も、やっと怪我の治療を終え、明日煉獄家へと久しぶりに帰宅出来る事となったのだ。
杏寿郎には内緒にしているが、琴音は〝明日のために〟と今日まで激務をこなしてきた。
それもこれも、明日の久々の非番を貰うためなのである。
千寿郎と、とびっきりのご馳走を作って、杏寿郎の退院をお祝いする計画も練っているのだ。
〝明日が楽しみだな〟
琴音は杏寿郎の横顔を見つめながら、嬉しそうに目を細めるのだった。
******
杏寿郎の怪我は、あれからかなりの回復を見せていた。
肋を砕かれ、臓器を傷つけていたあの大怪我は、今では骨折も治り、肺の一部を除き、すっかり元通りとなっていた。
だがその〝一部〟の治らぬ傷は、確実に彼から剣士としての力を奪っていった。
普段、普通に呼吸をする分には何も問題はない肺は、激しい動きをすれば直ぐに息が上がってしまうようになっていた。
それに加えて、潰されてしまった左目は、もう視力が戻る事は叶わないのだ。そのため、今となっては完全に眼帯で覆われてしまっている。
だが彼はそれらに泣き言を言う事なく、自分の事は自分でこなせるようにと、
片目で過ごす訓練や、少しでも基礎体力を維持できるように、鍛錬もこなして今日に至るのだ。
それには、さすがのしのぶでさえ
「貴方達は、本当に似た者同士ですね。いつもいつも、無茶ばかりして……
と言いたいところですが、さすがは煉獄さん。ここまで体力が回復するとは思っても見ませんでした」
と、驚いてしまうほどである。
そしてそんな杏寿郎の右隣には、いつも当たり前のように琴音がいた。
彼が訓練を初めた頃、琴音が彼の左に立つと自分を探すように、キョロキョロとする杏寿郎に気がついた。
何気なく彼の左に立った琴音だが、その仕草に彼が視力を失ってしまった事を思い出し
それからは、必ず右に立つようになったのだ。
勿論それに気づかない杏寿郎ではないが……
そうやって支えてくれる彼女の優しさがあったからこそ、辛い思いに呑まれることなく、こうして己を奮い立たせられたのだろう。
そして漸く、明日で退院なのだ。
杏寿郎も琴音も、上機嫌なのは当然だろう。
******
日暮れが近づき、琴音は杏寿郎に声をかける。
「では杏寿郎さん、任務に行って来ます」
「うむ。気をつけてな!」
琴音にそうやって声を掛けた杏寿郎は、病室を出ようと背中を向けた彼女を、不意に後ろから抱き締めた。
「きょ、杏寿郎さん!?」
突然の抱擁に琴音が驚き声を上げれば、ぎゅっと抱きしめる腕に力が入り、耳元で杏寿郎の声が聞こえた。
「琴音、いつもありがとう。琴音には支えられてばかりだ」
「……お互い様ですよ。私だって杏寿郎さんに支えられてばかりですから」
琴音が杏寿郎の腕にそっと手を添えながら、そう口にすれば、彼は嬉しそうに微笑んだ。
そこでふと、彼女に触れたらどう反応するのだろう。
悪戯を思いついたように、口元に笑みを浮かべた杏寿郎は、彼女の頸に軽く口付けを落として、ゆっくりと離れた。
離れる際、真っ赤に染まった耳が琴音の心情を物語っているようで、杏寿郎の口角も自然と上がっていく。
固まってしまった彼女の背中に
「ほら、早くしないと任務に遅刻してしまうだろう」
と声をかければ、だって杏寿郎さんが意地悪するから……と可愛らしい声が聞こえてきた。
それには杏寿郎も思わずクスクスと笑ってしまう。
きっと文句の一つでも言いたいだろうに、此方を見ないあたり、真っ赤な顔を見られたくなかったのだろう。
琴音は杏寿郎に視線を寄越す事なく、扉までかけていくと、そこで漸く振り返り
「杏寿郎さん、いってきます!」
眉を下げ、真っ赤な顔の琴音が見えた次の瞬間には、ものすごい勢いで病室を後にした。
その子供のような、あまりにも可愛らしい行動に思わず杏寿郎は吹き出してしまう。それと同時に
〝明日からが楽しみだな〟
杏寿郎は彼女の姿を思い出し、それはもう嬉しそうに笑うのだった。