第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌朝ー……
まだ朝日が登るより前に目を覚ました琴音は、寝巻きとして用意してもらった浴衣から、真っ黒の隊服へと着替え、荷物として持ち歩いていた一冊の本に手を伸ばした。
ペラ、 ペラ……
本のページを捲る音だけが部屋に響く。
琴音にとっては、静かに読書をするこの時間がとても有意義な時間だった。
思えば、鬼殺隊に入ると決めたあの時から始めたこの読書をする時間は、今では精神安定剤的な役割に変わっているな、なんてふと思う。
徐に手の動きを止めた琴音は、静かにそっと目を伏せた。
******
琴音は小さな町で、小さな診療所を営んでいる夫婦の娘だった。
父は医者で、貧困に困っている病人にも手を差し伸べるようなお人好し。母は、そんな父の手伝いに毎日大忙しだった。
決して裕福とはいえない暮らしだったが、琴音には、そんな両親が何よりの自慢であった。
「琴音姉ちゃん!!」
そして、自分の手を掴む小さな手。
それはそれは嬉しそうに、琴音の後をいつもついて回る弟、優斗の存在に少女は幸せを噛み締めて笑う。
そんな幸せな幼少期、いつまで経っても色褪せないキラキラした日々……
昔の記憶に自傷気味な笑みを浮かべた彼女は、古びた本の背を、優しい手つきで撫でていた。
この本は生前、父が愛用していた医学書である。
ぼろぼろになるまで、何度もよみかえしたのであろう、真面目な父が唯一残してくれた形見なのである。
******
あれは、琴音 が11歳の誕生日を迎えてから数日経ったある日のこと。
いつも忙しく働く父に意を決して、自分も両親の手伝いをしたいと伝えた事があった。
少し驚いた顔をした父は、すぐに嬉しそうな……それでいて何処か悲しそうな顔をして笑って言った。
「いつも、弟の面倒を見てくれているんだ。父さんも母さんも琴音には、いつも助けられているよ?」
「でも、琴音はもっともっと手伝いたいの!!患者さんのお世話だって、出来る様になりたい。父さん達のように立派に誰かを助けてあげたいの」
あの頃の自分は、随分と子供だったと思う。
小さな我儘を言って、優しい父を困らせた事だろう。
だが、そんな私に父は、いつも大切に机にしまっていた一冊の本を手渡して教えてくれたのだ。
「父さんは、立派ではないんだよ?皆を助けてあげたいと思っても、父さんには手は二つしかないんだ。」
そう言って両の手でそっと、私の手を包んだ父は、優しく笑いかけてくれた。
「でも琴音が、この手を貸してくれれば四つに。またその手に誰かが手を重ねてくれれば六つに……そうやって皆で助け合いながら人は生きているんだよ?父さんは決して立派なお医者さんではないけれど、琴音がこの手を貸してくれるならもっと沢山の命を助けてあげられるようになるね。」
……正直半分くらいしか当時の自分は、理解できていなかったかもしれない。
でもとても真剣にそうやって伝えてくれた父が
「この本で父さんは人を救う術を学んだんだ。琴音にこの本を送ることにしたよ」
そう言ってぼろぼろの医学書を渡してくれた時はとても嬉しかった。
こんなにぼろぼろなのに、その時の私には、何よりも素敵な宝物に見えた。
それからは暇さえあれば、その難しい医学書を開き、母さんや父さんに「これは何?あれは何?」と教えを乞うようになった。
今まであまり診療所内を歩き回る事もなかったが、父さん達にひっついて回る私を、患者さん達はいつも笑って見守ってくれていた。
そんな日々を送り、琴音が12歳の誕生日を迎えてすぐの事だった。
……本当にそれは突然の出来事だった。
真夜中に診療所の外から男の叫び声がした。
「皆はここにいなさい。父さんが見てくるから」
父すぐに灯りを持って、家を飛び出して行った。
中々戻ってこない父を心配した私が、母に声を掛けると「大丈夫よ。父さんはすごいお医者さんだから、きっとさっきの声の人を助けているのよ」と優しく笑いかけてくれた。
だが、暫くしても帰ってこない父が、母も心配だったのだろう。
母は、恐る恐る、ゆっくりと扉に手をかけた。
だが、開け放たれたその先には、大きな血溜まりができていて……
倒れる父さんに覆い被さる化け物がいたのだ。
ひっ!と声を上げた私に化け物は顔をあげ、ニタァと笑い呟いた。
「なんだァ、柔らかそうな子供がいるじゃないか」
……そこからは所々しか覚えていない。
母が私達兄弟を庇うように前に出て、聞いた事がないくらい強い声で「逃げなさい」と叫んだ。
優斗を守らないと!
咄嗟に弟の手を掴み裏口から外へ飛び出て、がむしゃらに走った。
しかし、子供の足ではすぐに化け物に追いつかれて……
もう駄目だ、と諦めかけたその時に、後に師範となる育ての老人に助けられた。
彼は何度かうちの診療所に通っていた老人で、いつも左足を引きずりながら歩いていた。
そんな彼が、その瞬間、炎を纏った刀で素早く化け物の首を斬り落としたのだ。
目の前で灰になっていく化け物を、呆然と見つめていると、老人はゆっくりと振り返り「助けられずにすまない」と謝った。
自分達に起こった状況が理解できずに、何も反応できずにいると、大きな皺くちゃの手を私の手に重ねてくれた。
「お前たちの両親には随分と世話になった、わしが彼らの代わりにお前たちを育てよう」
「……っ、お父さん……お、母さんっ、…死んじゃっ、たの……ゃ、いやだァァ……ッ、」
そのあとすぐ、混乱して泣き叫び意識を手放した私が目を覚ますと、自宅とは違う偉く質素な家の中で寝ていたのだ。
ふと、隣を見ると泣き疲れて眠ったであろう弟と
、こちらに背を向けて座るあの時の老人がいた。
こちらを見ずとも起きた事に気づいたのだろう老人は〝月島 勇〟だと名乗った。
「昨日お前たちを襲った化け物、あれは鬼だ。……わしは昔、鬼を倒しておった元鬼殺隊の隊士だ。」
そう言って振り返った老人は、気を失う前と同じように私に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「お前たちの両親を助けられなかった、すまない」
「……っ、」
あれは夢じゃなかったのか……
残酷な光景を思い出して、また泣きそうになった。
しかし、そんな私の脳裏にいつかの父の言葉が蘇る。
『父さんの手は二つしかないんだ。でもこの手を貸してくれれば四つに。またその手に誰かが手を重ねてくれれば六つに……、そうやって皆で助け合いながら人は生きているんだよ?
父さんは決して立派なお医者さんではないけれど、琴音がこの手を貸してくれるなら、もっと沢山の命を助けてあげられるね』
……あの時、この人は迷わず大きな皺くちゃの手を重ねてくれた。
私を、大事な弟を助けてくれた。
私も誰かを助けたい!
気づけば私は、頭を床に擦り付ける勢いで下げ、泣きながら頼みこんでいた。
「私達兄弟を、化け物から助けていただきありがとうっ、ございました……私にも貴方のように誰かを救う術を、……鬼を殺す術を教えて下さいっ」
老人はそんな私に悲しそうに「両親の仇を打っても失ったものは戻らない」と諭してくれた。
だけど、何故だか私がやらなくちゃ!と……
私達のような悲しみは誰にも味合わせたくない!私が鬼から弟を守らないと!
そんな事ばかりを考えて、渋る老人にくる日もくる日も頭を下げていた。
そのうち、根負けした老人は「頑固なのは父親譲りか。」と呆れたように言い放ち、小さくため息を吐きながら口を開いた。
「やるからには徹底的に強くしてやる。これからは泣き言はなしだ。……わしのことは師範と呼びなさい」
それから、彼は私に稽古をつけてくれるようになったのだ。
だが、稽古が始まれば、ふとした疑問が頭をよぎる。
この老人は、鬼の毒により左足の神経をやられてしまったというが……本当にその足では戦えないのだろうか?
そう思ってしまう程、とても強い男だった。
そんな師範は口を開けば、いつも厳しい言葉ばかりを飛ばして来た。
『そんな小さな体で鬼の首が切れるものか!!もっと早く、鋭く、技を出せ』
『そんな擦り傷なんぞ、いつまで残しておくんだ。……呼吸を使え馬鹿者』
『その程度では最終選別には行かせられんぞ、死にたいのか?』
体があまり大きくなれなかった私は全集中の呼吸を駆使して戦う他なかった。師範もそれを分かっていたから、あのように厳しく辛い稽古をつけたのだろう。
昼間は地獄のような厳しい鍛錬をつみ、夜は夜で、己の身体を治癒する為の呼吸法を極める。
睡眠前の瞑想で、今日の自分の反省点を思い出し
時間を見つけてはとにかく沢山の本を読んだ。
まずは身体の仕組みを知ること、
怪我をした時の処置の仕方や、
虫や花の毒のこと、
薬草の効能や、食材の栄養価まで。
ありとあらゆる分野の本を通して、知識をつけて行った。
そんな地獄のような三年間を過ごしたある日、師範は「もうわしの全てを教え込んだ。覚悟があるなら行ってこい」と最終選別へと送り出してくれたのだ。
師範には本当に感謝しかない。
彼がいなければ今の私はいないのは確かだ。
ただ一つ……弟を隊士として育て上げてしまった事に関しては、未だに納得できていないのだが。
弟は母に似てとても優しい性格の持ち主で、自分よりも他人をいつも優先してしまうような子なのだ。
だからこそ、姉がぼろぼろになりながら必死に鍛錬に打ち込むのを黙って見ている事が出来ず、いつしか「姉ちゃんの為に俺が鬼を倒すよ。だから姉ちゃんは安心して、何処かいい所に嫁ぎに行けよな」なんて言うようになっていた。
少し前に師範から〝優斗が最終選別を突破した〟と手紙を貰った時は、慌てて任務終わりに顔を出しに行って、生まれて初めて弟と大喧嘩になった。
琴音は何よりも弟が大切なのだ。
たった一人の家族なのだから当然ではあるが、そんな弟が鬼殺隊に入るなんて大反対だった。
顔を見るや否や「鬼殺隊に入るなんて許さない」と怒鳴りつければ、優斗は「俺は姉ちゃんの夢をかなえたい!鬼のいない世界で幸せになって欲しいんだ」と言い返してくる始末。
挙げ句の果てには「俺がすぐ姉ちゃんを追い抜いて見せる」なんて言うもんだから、師範の前で大喧嘩をして、追い出されたのは苦い記憶だ。
優斗は誰に似たのかかなり頑固だから、一度決めたら覆す事は難しいだろう。
せめて、少しでも弟を守れる力をつけなければ……
煉獄からの継ぐ子の話を受け入れたのは、そんな思いもあったからだ。
そんな事を考えていれば、すっかり日も上り、あれから随分と時間が経っていたようだ。
そろそろ藤の花の家を出て、蝶屋敷に向かわないと。
重い腰を上げ、隣の部屋にいる煉獄に「お先に失礼します」と一言声をかけ、藤の花の家を後にする。
悩みは尽きないもんだな〜なんて考えながら、今度こそ、蝶屋敷に向かって琴音は歩きだすのであった。