第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オロオロと彷徨わせていた視線を、ゆっくり彼へと合わせ、琴音は小さな声で呟いた。
「……本当に私でいいんですか?」
それに杏寿郎が「そう言っているだろう?」と微笑めば、それでも琴音は押し黙る。
そんな琴音を眺めながら、杏寿郎はふと思う。
〝早く認めてしまえばいいのに〟と。
頬を赤らめたり、自分を思って涙を流したり……
さっきから彼女の反応そのものが、答えだと思ってしまうのは、きっと自惚れではないだろう。
琴音が頷いてさえくれれば、全てをかけて彼女を幸せにしようと思うのに……
未だに琴音は口を開こうとしない。
だが杏寿郎には、なんとなく分かっていた。
何故、琴音が素直に思いを口に出さないのか。
何故、言葉を押し殺してしまうのか。
それはきっと〝俺〟のためなのだろう。
彼女はいつだって、自分の気持ちより、他人を優先する。例え、自分が傷つこうが構いもしない。
師として、彼女のことを一番近くで見てきたのだ。
琴音とは、そんな女性なのだ。だからこそ、隣で支えてやりたいと思ったのだ。
自分のために、真剣に頭を悩ませてくれる琴音を眺めながら、杏寿郎は一つ息を吐く。
〝師として、男として、
自分の身体の事は、先に伝えるべきだろう。
もしかしたら拒絶されるかもしれないが……〟
杏寿郎は意を決して口を開いた。
******
一方、口を閉ざした琴音は、未だに頭を悩ませていた。ぐるぐると整理できない感情は、彼女の心を掻き乱す。
〝彼に手を伸ばしてしまいたい筈なのに、本当に私なんかが、その手を掴んでいいのだろうか……〟
そんな事ばかり思ってしまう。そんな時だった。
彼が唐突に話し出した内容に、琴音は驚きで思考を止めた。
「俺は今回の怪我で、鬼殺隊を続けられなくなった。こんな身体では君を守ることすら出来ないだろう……」
だが他の者に、君を渡したくはないんだ。そう話し出した彼は、最後にこう続けたのだ。
『こんな俺に、幻滅してしまっただろうか?』と。
その言葉に琴音は、思わず眉を顰める。
幻滅……?そんな事思う筈はないだろう、と。
確かに、最後に見た彼は左目を潰され、臓器に損傷を受けていたように記憶している。だがそんな身体でも乗客を、仲間を、守り抜こうと彼は刀を振るったのだ。無理をしているのは明らかだった。
医療に携わる者として、あの時から薄々感じていた。
彼が命を落とすかもしれない事を。
助かっても、刀を握れなくなるかもしれない事を……
だけど、それでも、生きてさえいてくれればと思ったのだ。
だって彼は自身の身を呈し、大勢の命を救ってきたのだから。そんな彼だからこそ、これからは人一倍、幸せにならなきゃいけないのだから。
だから……!だから!!彼がこうして自分を卑下した言葉を使うのは見ていられなかった。
「幻滅なんてしません!!師範が隊士を引退したとしても、炎柱の継ぐ子にしてもらえた事は、私の一生の自慢なんです。……誇りなんです。
大きな怪我を負っても、隊士じゃなくなったとしても……どんな師範でも、私はお慕いしております。だから、そんなに悲しそうに笑わないで下さい」
そうやって微笑んで、そっと彼の手を握れば、それに応える様に、きゅっと力が込められる。握り返してくれたその手に、また一つ笑みをこぼして琴音は答えを導き出す。〝彼のそばで支えてあげたい〟と。そして彼に想いを打ち明けた。
「私も師範が……杏寿郎さんが大好きです。」
なんだか口に出してしまえば、悩んでた自分が馬鹿みたいだと感じてしまう。きっと最初から結論は出ていたのだ。
「彼を支えたい」「幸せにしてやりたい」「離れたくない」「そばにいてほしい」
止め処なく溢れる想いは、まだまだ伝えきれていない。だけど、それを全部伝えるには気恥ずかしくて……
それを隠すかのように、琴音は言葉を繋いでいく。
「安心して下さい!これからは私が貴方を守ります」
「琴音……ありがとう!!だが守る、と言われてしまっては、男として不甲斐ないだろう」
「あら、師範?女には守れないとでも思っているんですか?」
「いや、そうではなくてだな……」
悪戯を思いついた子供のように、琴音は無邪気に笑って返事をしていく。それがなんとも楽しそうで。それを見た杏寿郎も嬉しそうに目を細める。
普段、琴音を振り回しているのは、どちらかと言えば杏寿郎の方なのに、
気づけば、そんな琴音に眉を下げている杏寿郎……
いつもと真逆のやりとりに、二人は顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。二人して大きな声で笑い出せば、暗い気持ちも吹き飛んでいく。
想いを伝えた事への気恥ずかさもあるけれど、そんな事が気にならないくらいの幸福感に包まれる。
〝ああ、この瞬間がずっと続けば良いのに……〟
二人を包む空気は、いつになく穏やかで暖かかった。