第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
驚きで動きを止めた琴音の身体を、杏寿郎は力一杯抱きしめる。陽だまりのような、彼の香りに包まれた琴音は、呆然と固まってしまったが
自身を包み込むその腕に、ギュッと力がこもるのを感じ、そこでやっと自分の状況を理解する。
〝師範に抱きしめられている〟
彼への想いを自覚したばかりの琴音には、余りにも刺激が強すぎるそれに、思わず相手が怪我人である事も忘れ、ジタバタと暴れてしまう。
トクトクと刻む心臓の音が、いつもよりも早く感じるのは、気のせいではないだろう。それが全て彼に伝わってしまうのでは、と慌てて声を上げてみるが
「あの、師範?」
「……」
やはり何も反応がない。
本当に大怪我を負っているのかと疑うほどに、力強く感じる腕からは、全く抜け出せそうにない。
どうしたものかと琴音が頭を抱え出した時、驚くほど小さな声が聞こえてきた。
「琴音が死んでしまうのではないかと、心配した……」
普段の彼からは考えられない程に、小さく覇気のない声に、琴音は羞恥心をも忘れ、思わず動きを止めてしまう。
抱きしめられているから、彼の表情を伺うことは出来ないが、泣いているのではないかと思うくらい、弱々しく感じる声に琴音の胸は罪悪感で一杯になる。
「師範、すみません。ご心配をおかけしました。
ですが、もう大丈夫です!!」
仲間思いの彼の事だ。自分を庇った挙句、目の前で倒れた弟子を思い、さぞかし胸を痛めたのだろう。
安心して貰いたくて、勤めて明るく声をかけた琴音だったが、彼から返事が返ってくる事はない。
少し悩んだ琴音は、徐に自分の手を彼の背中へと回し、彼を優しく抱きしめ返した。
心配してくれた彼を、少しでも安心させたくて伸ばした腕だが、手を伸ばして思い知った。
この存在をなくしていたかもしれないと……
この逞しい腕も、彼の笑顔も、燃えるような志も。
全て失ってしまう所だったのだ。
「私だって、師範をすごく心配したんですから……」
気づけば、琴音はそう呟いていた。
言葉に出せば、あの時の光景を思い出してしまう。思わずぐっと涙を堪えた琴音は、そこではたと気づく。
〝無茶をしたのは、彼だって同じじゃないか〟と。
そう思ってしまえば、琴音の口からは次から次へと言葉が溢れ出す。
「師範が死んでしまうかもと、いても立っても居られなかったんです。貴方を守ると決めたのに……結局失ってしまうのかと、怖かった。誰を失うより怖かった、んですっ…」
遂にはポロポロと涙も溢れ出し、それを見られたくなくて、琴音は彼の胸に顔を埋める。一度流れてしまえば、止まる事を知らないそれは、杏寿郎の服に大きな染みを作っていく。幼な子の様にギュッと抱きつき「師範が生きていてくれて、本当によかった」と口を開いた瞬間だった。
琴音の背中に回されていた腕が肩に移動したかと思えば、がばりといきなり身体を離される。驚いて見上げた先には、此方を見つめる杏寿郎の顔が近くにあり
「琴音、君を一等好いている!」
思わぬ言葉が降ってきて、琴音は目を見開き固まってしまう。気づけば、涙も驚きと共に引っ込んでしまったようだ。
何でそんな話になったの……
琴音には全くもって理解できなかった。先程まであんなに弱りきった様な姿だったのに、今はハキハキとしているようにも思う。
普段から彼は、人の話を聞かないところがあり、他人を置き去りに話を進めてしまう時があるのだが、さすがの琴音も思考が追いつかない。
キョトンと見つめる琴音の頬に、杏寿郎は徐に手を伸ばす。優しく涙の跡を脱ぐうように指を這わせば、琴音は思わず赤面する。あまりの出来事に、オロオロと視線を彷徨わせ始めた琴音に、彼はまた口を開いた。
「あの時、琴音が死んでしまうと思った時……。思いも伝えていないのにと後悔した。それに俺も同じだ、君を失うんじゃないかと怖くなった。だからこそ、もう手放したくはない!」
そう言って笑った杏寿郎が、「琴音が好きだ!!」と、もう一度声をあげれば、彼女はやっと理解する。
〝その想いに応えられたら、どんなに幸せだろう〟
想像するだけで、胸が高鳴るようだった。
だが、彼を思えばそれに応えることは出来ないのだ。彼には、いつ命を落とすか分からない鬼殺隊士ではなく、彼の帰りを待ち、暖かい家庭を作ってくれるような女性が相応しいに決まっている。
誰よりも幸せになって貰いたいのだ。そこには自分がいなくても、それが彼のためには一番いい。そう思った琴音は、自分の感情に蓋をして優しい口調で話し出す。
「私の家族は皆、鬼に殺され、私は天涯孤独の身…とても煉獄家に見合う家柄ではないのです。
それに身体だって鬼から受けた古傷だらけで、とても醜い。刀を握る手だって、ゴツゴツしていて女性らしくもありません……
きっとこの先、鬼殺隊を辞めることだってないでしょう。
そんな女なのです、私は。だから師範とは、とてもじゃないけど釣り合わないんですよ……
師範にはもっと素敵な
「琴音じゃなきゃ駄目だ!!」
女性がいるはずです、と続く筈だった言葉は、杏寿郎によって遮られた。
……駄目と言われても、そんな簡単な話ではないのだ。きっと愼寿郎は許さないだろうし、彼ならば喜んで名乗りを上げる女性が後をたたないだろう。何もこんな自分なんかを気にかけなくていいだろうに、と眉を下げる琴音に、杏寿郎は優しく語りかけるかのように言葉を紡ぐ。
「なにも、俺は君の家柄に惚れた訳ではない。
沢山の人を明るくする笑顔や、父や千寿郎を気遣う優しさ。迷いなく守るために刀を振るう、その強さ。君を知れば知るほど、惹かれていった。
だがその影で、一人で何でも抱え込んでしまう不器用な琴音に……そんな琴音だからこそ、堪らなく愛おしく感じたし、支えてやりたいと思ったんだ。」
「でも……」
「それに琴音の身体の古傷は汚くなんてない。どれも人を助けるために受けたものだろう?君は沢山の命を助けて来たんだ。誇りに思っていい。」
「……」
それでも、まだ断る理由を探しているのだろう。
なかなか思うような返事をくれない琴音に、痺れを切らした杏寿郎は口を開く。
「それとも、琴音は俺のことが嫌いだろうか?」
眉を下げて問いかける杏寿郎に、琴音は心の底からずるいと思った。
〝そんなの、私がどう答えるか分かっているようじゃない……〟と。