第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
結論から言えば、琴音が呼吸の感覚を取り戻すまでには、然程時間は掛からなかった。
もともと無理矢理、心拍数をあげたり、血の巡りを最大限にしたりと、人間の身体の限界を超えかけた為に、一時的にあのような状態に陥っていただけだからだ。
初めこそ、悲鳴をあげた琴音の体は、全集中の呼吸を繰り返すうちに、直ぐに痛みも消え、普段通りに常中も出来る様になっていった。
「まあいいでしょう。相変わらず、呼吸に関しては琴音の右に出る者はいませんね。」
翌朝、琴音の怪我を診察したしのぶは、そう言って笑った後「動けるからと言って、骨はまだ折れたままですから、呼吸以外の鍛錬はだめですよ」と釘を刺した。
勿論、そんな無茶をする気は全くないが、目の前の友を怒らせると〝後が怖い〟という事を知っている琴音は、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「しのぶ、師範には会いに行っていいの…かな?」
「勿論いいですよ?此方としても、煉獄さんを宥めるのは中々骨を折る作業でしたから、早く会いに行って欲しいくらいです」
珍しく苦笑いを浮かべるしのぶに、杏寿郎に手を焼く彼女の姿を想像した琴音は、ゆっくりと口元に弧を描く。
確かに彼は、少々人の話を聞かない所があるから、さぞかし大変だっただろう……
だが逆を返せば、しのぶを困らせる程には元気という事だし、それを聞いてなんだか少し安心してしまったのだ。
昨日の琴音とは、えらい変わりようである。
昨日だって、目が覚めて直ぐに、彼が〝無事〟である事を聞かされていた筈だが、最後に見た傷だらけの杏寿郎の姿があまりにも衝撃的だった琴音には、冷静に考える程の心の余裕がなかったのだ。
今こうして落ちいていられるのは、やはり溜め込んでいた不安を、涙と共に吐き出したからだろう。それから、そんな琴音を笑い飛ばした、天元がいてくれた事も大きかったに違いない。
まあなんにせよ、こうして漸く、しのぶから見舞いに行く許可も貰えたのだ。そうと決まれば、善は急げ!そう思い立った琴音は、早速、杏寿郎がいる部屋の位置を尋ね、寝台から足を下ろした。だが、そんな琴音の元に
ガラッ
「琴音さん、おはようございます。朝食をお持ちしました。」
なんとも絶妙なタイミングで、朝食を持ったすみが現れたのだ。
思わぬ訪問者に、琴音は困った様に眉を下げ、それを見たしのぶはクスクスと笑いはじめる。
何故こんな反応をされるのか分からないすみは、キョトンとしてしまう訳だが「琴音、頼みましたよ」と呟いたしのぶによって、背中を押されながら、病室を後にするのだった。
******
あの後、朝食を食べ終えた琴音は、その足で杏寿郎がいる病室へと向かっていた。
……ぃ …まい うまい うまい!
この先の角を曲がれば、もう彼の病室、という辺りから誰かの声が聞こえ始めた。
聞こえてくるそれに、笑いを堪えながら、彼女が足を進めていけば
「うまい!!」
やはり目的の病室から、なんとも彼らしい声が聞こえてきた。もともと声の主を確信していたにも関わらず、扉の前で盛大に吹き出した彼女は、笑いが落ち着くまでその場を動けずにいるのだった。
******
一方その頃杏寿郎は、朝食の最後の一口を食べ終え、今朝の点滴交換などを担当してくれていた、なほに向かって口を開いていた。
「ところでおさげの少女!今日は昨日より体調がいいように思う!琴音の病室へ見舞いに行ってもいいだろうか!?」
「え?だ、駄目です…炎柱様は絶対安静なので…」
「むう。……分かった!では、見舞いから帰ったら安静にするのは、どうだろうか!?」
扉の前でその会話を耳にした琴音は〝なんて無茶なお願いなのだろう〟とため息を一つ落として扉に手をかけた。
「駄目ですよ、師範!ちゃんと安静にしていて下さい」
いきなり聞こえた第三者の声に、二人の視線は入り口に立っている人物へと集中する。
勿論そこに立っているのは、今会話に上がっていた琴音本人で。彼女は固まる二人に苦笑いを浮かべながら、杏寿郎の前までやってきて、改めて口を開いた。
「師範、これからは私が此方に来ますので、絶対安静でお願いします」
そう口を開いた琴音は、杏寿郎にオロオロしていたなほに向き直り「ありがとう」と礼を伝える。
その言葉に嬉しそうに頷いたなほだったが、何かを思い出したかのように、いきなりアタフタと動き出す。そうして、後片付けをし終えたかと思えば、大量の食器を持って「何かあればお声かけ下さい」と病室を出ていってしまったのだ。
なほを助けるつもりで話しかけのだが、逆に気を使わせてしまっただろうか……
そんな事を思いながら、少女の姿を見送った琴音は、ふと杏寿郎へと視線を移す。
先程まではあんなに大きな声で、なほを困らせていた筈だが、琴音が部屋に足を踏み入れてから、いきなり静かになってしまったように思う。
どうかしたのだろうか……
そう思った琴音が杏寿郎の様子を伺えば、笑顔を浮かべたまま固まっている。
しかも何故か未だに入り口を見つめたまま固まっているのだ。
〝本当にどうしたのだろうか?〟
小さな疑問を抱きながらも、彼に近づき声をかける。
「師範?」
琴音が寝台の横まで移動して、杏寿郎の顔を除き込めば、
「…っ」
いきなり腕を掴まれ、前のめりに倒れ込む。
一瞬、肋が痛んだが、自分を包む逞しい腕に、琴音の思考は完全に停止するのだった。