第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「琴音聞いていますか?」
あれからアオイに呼ばれてやって来たしのぶによって、琴音は説教を受けていた。
第一声は「何をしたらあんな状態になるのですか?」
から始まった。
「あーうん。あれね……呼吸を最大限に解放してみたの」
「呼吸を?それで自分の呼吸すら、ままならなくなった、と?」
「……まあ、そんなところかな?」
「そんなんだから……
まあいいです。目覚めたのなら、まずは呼吸の精度を上げる所から始めてください。常中どころか全集中の呼吸すら、満足に出来てはいないじゃないですか?」
そんな事だと、いつまでも煉獄さんに心配をかけてしまいますよ?と嫌味を吐かれた琴音は、その後もしのぶに小言を言われ続けた。
それだけ無茶をして、心配をかけたのだから当たり前では有るのだが……
当の本人はしのぶから出た〝煉獄〟の名前を聞いてから、思考が停止し返事も上の空になってしまう。
「琴音聞いていますか?」
そんな反応に眉間に皺をよせ、しのぶは問いかけるが、それを全く聞いていないだろう琴音が口を開いた。
「しのぶ………師範は無事なの?」
あまりに弱々しく呟やく彼女に、しのぶは思わず息を呑んだ。いつも呑気に笑っている琴音が、瞳を揺らし不安げに此方を見ていたからだ。
そんな琴音を見つめながら、ふと昨日目を覚ました杏寿郎の事を思い出し、しのぶは小さく笑みをこぼす。
「全く。貴方達は似たもの通しですね。」
煉獄さんは無事ですよ、と口を開けば「本当に?」とそれでも不安そうな表情を浮かべる琴音。
それには、おや?としのぶも眉を上げて彼女を見つめた。
これは〝もしかして、もしかするのでは?〟と何かを悟ったしのぶは口を開く。
「そんなに煉獄さんが心配なら、お得意の呼吸を使って、ちゃっちゃと怪我を治してください」
「そりゃ心配に決まってるでしょ?私の師範なんだから」
「〝師範だから〟ですか……まあ、いいでしょう。どちらにせよ、今日は琴音をこの部屋から出す訳には行きませんので、そのつもりで。」
「しのぶ!!」
「当然の判断です。貴方は今、肋を骨折していてそのせいで二日間高熱に魘されていたんですよ?いきなり無茶はさせません。」
「でも……」
「悔しかったら、早く呼吸で治癒してください」
そう釘を刺せば、眉を下げて困り果てた琴音に、しのぶは「そうそう」と言葉を続けた。
「煉獄さんは全治三ヶ月の重症です。ですが、昨日目覚めた彼は、琴音に会いにいくと暴れて大変だったみたいですよ?暴れる元気があるくらいですから、命に別状はありません……が、あまり無茶をして欲しくないのですよ」
だから早く怪我を治して、琴音が会いに行ってあげてください。
そう言って、可愛らしくにこりと笑ったしのぶは
「また来ます」と病室を出て行った。
******
しのぶが病室から出ていくのを呆然と見送った琴音は、安心したように、ほっと息を吐いた。
〝師範が無事でよかった。しのぶが言うのだから、もう彼は大丈夫なのだろう
………だが、全治三ヶ月の大怪我だ。
一刻も早く顔を見せて、安心させてやりたい。
私のことなんかより、自分の体を大切にして欲しい。
しっかり休んでほしい〟
そう思った琴音だが、今彼女にできる事は限られていた。強くなりたい!彼の力になりたい!と思った所で、力をつけるには地道に鍛えていくしか方法はないのだ。
だからこそ今、自分に出来るのは、しのぶに言われた通り、呼吸の感覚を取り戻す事しかない。そう思い立った琴音は、静かに目を伏せ肺に空気を取り込んでいく。
ふぅーーー
深く深く息を吐き、また深く深く息を吸う。
何度もそれを繰り返し、体中に酸素を巡らせ、全身の感覚を研ぎ澄ましていく。
三日間も全集中の呼吸を使えていなかった体は、簡単に悲鳴をあげるが
眉間に力を込めて、なんとか苦痛をやり過ごす。
思えば隊士を目指してから、こんなに長い間、呼吸を疎かにした事がなかったのだから
普段の調子を取り戻すまでは〝まだまだ時間がかかるだろう〟と、ため息を一つ落とした。
そんな彼女の元にふわりと、風が届いた。
窓は閉まっていなかっただろうか……
不思議に思った琴音が目を開ければ
「よっ!琴音も相変わらずだな。怪我してる時くらい、鍛錬を忘れてゆっくり休めばいいだろ!」
目と鼻の先には、よく見知った男前がいたんだから、思わず目をパチクリとさせて固まった。
〝この人、何処から入ってきたの?〟
そんな琴音の表情に満足そうに笑った天元は、寝台横の椅子にどかっと座り、改めて口を開いた。
「お前、上弦相手に派手に殺りあったらしいじゃねえか」
「……何で知ってるんですか?」
「あ"?元忍びの情報網を舐めるなよ!…で?」
「で、とは?」
「だから、筒抜けなんだよ!琴音が例の呼吸を使って無茶をした事を聞いてんだ!!」
「それは……」
気まずそうに目を逸らした琴音に、天元は態とらしく大きくため息をついた。
「別に俺は説教をしに来たわけじゃねえよ」と口を開いた彼は、ガシガシと乱暴に琴音の頭を撫でた後、真剣な顔つきで問いかける。
「で、どうだった?上弦相手にあれは通用したのか?」
その問いに少し考え込んだ琴音は、苦笑いを浮かべて「全然駄目ですね……」と話し出した。
「そもそも私が上弦の参と対峙したのは、師範と戦った後の事です。いくら再生するとは言え、柱相手に体力を消耗した鬼に、たかが十五分足止めをしただけでこのざまです。」
「………だが、そんな奴相手に足止めできるやつなんざ、そうそういねえだろ。そもそも、煉獄ですらあの大怪我だ。命あるだけ、凄えこった!」
「それでも!!………本当は呼吸を最大限に解放する気はなかったんです」
そう言って目を伏せた琴音は、あの瞬間を思い出し顔を歪めた。
「天元さんも知っているでしょう?以前あれを使った時は、たったの一撃で動けなくなったんです。私しか、まともに鬼とやりあえない状況で、いつ動けなくなるかも分からない呼吸を使うなんて、いくら威力が強くても危険すぎる………そう自分でも分かってたんです。
でもあの時……
鬼が私から、師範達に狙いを変えて走り出した瞬間。無意識だったけど呼吸を開放しました。あの判断が合っていたかは分からないけど、結果的に皆を助けられて………本当、に、よか、った」
そう言って琴音は言葉を詰まらせた。下を向いてしまっているから、表情こそ伺えなかったが、天元には琴音が泣いている事くらい容易に分かった。いつも明るく振る舞う琴音の泣いている所なんて見たことがない天元は
〝仕方ねえな〟と小さく笑って、彼女の頭を優しくぽんぽんと撫でてやる。
以前弟を亡くし、琴音が胸を痛めていた事を知っている天元は、未だに肩を震わせる目の前の少女を見て口角を上げた。
あの時は、弟の話すらしてくれなかったから、天元も琴音に何かしてやる事はできなかった。結局、琴音が大怪我を負い意識を失った後に、人伝に事の詳細を聞いたくらいだ。
そんな彼女が、今はどうだ。
泣き顔を見せない辺り、やはり弱い所はあまり見せたくないのだろうとは思うが……
〝こうやって弱音を吐けるようになったんだな〟
と、天元は自分のことのように嬉しく感じてしまう。
泣きたい時は、気が済むまで泣けばいい……
そうやって優しく見守る天元は、琴音が泣き止むまで、暫く口を開く事はなかった。
それでも琴音には、何も言わず、ただそばにいてくれる天元の優しさが伝わっていたから、余計に涙が止まらなかった。