第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
琴音が怪我を負って蝶屋敷で療養するようになってから、杏寿郎は任務以外は極力、琴音の側から離れなかった。心配そうに付き添う彼に、しのぶは困ったように声をかける。
「煉獄さん、あまり無理はしないでください。貴方の方が倒れてしまいますよ?」
「すまない、胡蝶。、、、琴音の側にいてやりたいんだ」
そう返事をする杏寿郎は、困った様に眉を下げ普段の彼の面影はまるでない。そんな姿を見てしまっては、しのぶもそれ以上言葉が続かなかった。
見たことがない程に落ち込んでいる同僚の姿を視界の端に捉え〝いつまで寝ているんですか琴音〟とため息を吐く。
しのぶが見つめる先には、ベッドの上ですやすやと眠る少女が一人。未だに琴音は目を覚ましていなかった。
******
あの日、大怪我を負った琴音は〝そんな事があったのか〟と疑うくらいに穏やかな表情で、今日も眠りつづけていた。やはり彼女の呼吸の精度は高く、怪我の治りも他の者より格段に早いようで、怪我を負った次の日には
「早ければニ、三日で目覚めるかもしれませんね」
としのぶも口にした程だった。
けれども四日経っても、五日経っても、琴音の目が開く事はなく、今日であれから十日が経つ。
そうなってくると、任務後すぐに蝶屋敷に顔を出し任務ギリギリまで居座る、杏寿郎の体の方が心配になってくる。
彼はいつも明け方頃、此方にやってきては、ベッド横に椅子を置き、壁に背中を預ける様にして仮眠を取っていた。
食事は屋敷の娘達が届けてはいたが、倒れない程度に食べているだけにも思える。そうして日が傾き始めれば、弟を心配させないようにだろう。煉獄家へ一度帰り、支度を済ませすぐにまた任務へ就くのだ。
〝そんな生活では気が休まらないだろう〟としのぶはため息を吐いて、さすがに声をかける。
「煉獄さん、琴音の怪我はもうかなり回復しています。いつ目覚めても不思議じゃないくらいです。そんな時に、貴方が寝不足で倒れてしまっては琴音に心配されてしまいますよ?」
そこまで言っても、気にせず居座ろうとする同僚に少し眉を寄せた彼女は口を開いた。
「家に帰って、しっかり食事と睡眠を取って下さい。今日はもう出入り禁止です」と言うやいなや、
さぁ、さぁ。と杏寿郎を琴音の病室から追いやっていく。ピシャリと閉ざされた扉の前に立ち
「琴音が目覚めたら、すぐに鴉を飛ばしますから」
とにこりと笑ったしのぶに、眉を下げた杏寿郎は何か言いたげな表情を浮かべる。
だが目の前で自分の体の事も心配してくれているしのぶに、結局は何も言えず「すまない」と力なく頭を下げるのであった。
そんな杏寿郎を見送ったしのぶは、再び琴音の病室に傷の診察の為、足を踏み入れた。さすがに男性の前で彼女の診察など行えないので、いつもは部屋の外で待機してもらっているのだが、彼も帰った事だから、と思い立ったのだ。
応急処置の器具を乗せたトレーを持ち、未だに目覚めぬ少女が寝るベッドの前まで足を進め、小さなため息を漏らした。
しのぶは、改めて目の前に横たわる琴音に視線を移すと、慣れた手つきで病衣の前を開き、大きめのガーゼを剥がしていく。
******
あの日、琴音が蝶屋敷に担ぎ込まれた時。
しのぶは正直、もう手遅れだと思った。
隊士の背中でぐったりしている琴音は、血の気を失い真っ青な顔をしていたし、彼女を担いでいる隊士の足元には未だに血が滴り落ちている状態だった。
隊士の治療は別の者にまかせ、しのぶは慌てて診察台の上に彼女を寝かせる。
先程の隊士の物だろう、いつもとは違う羽織を着させられていたので、その前を開けば〝何故それを着ていたか〟理由がすぐに分かった。
隊服ごとズタズタに引き裂かれ、血塗れな彼女の体に一瞬息が止まる。
それと同時に
〝こんな広範囲の怪我では、もう、、、。〟としのぶは弱気になる。
だが目の前の友の姿になんとか心を奮い立たせ、処置を施していく。無意味になった隊服をハサミで切り、琴音の体に麻酔を打ち込み、震える手で傷口を消毒する。
一瞬で真っ赤に染まり、使い物にならなくなるガーゼに苛立ち、消毒液を体に直接かけた、その時だった。
床に血溜まりが出来ていたのは、彼女を包み込んでいた布からだけで、〝首から脇腹まで体に大きく刻まれた傷〟から、もう血が流れていない事に気づく。
〝これなら助かるかもしれない!〟
しのぶは僅かな希望を見つけ、今度こそ震える己の手を叱りつけ、的確に素早く傷口を縫っていった。正直、処置をする間も命が持つか五分五分かと思われたが、琴音から聞こえる全集中の呼吸を駆使した息遣いに〝琴音はもう大丈夫だ〟と何故か安心した自分がいた。
******
あの夜から、もう十日も月日が流れたというのに琴音が目覚めていないのは〝精神的ショックによるものかもしれない〟としのぶは思った。
琴音は以前「弟を守るの為に、鬼殺隊に入った」と、よく言っていた。
その弟を亡くした琴音は、果たして立ち直れるのだろうか。体の傷は驚く程の速さで回復しているから、間違いなく直ぐに刀は振れるようになるだろうが、、、
刀を振るう理由がなくなった琴音は、これからどうするのだろうか、と考えてしまう。
かく言う私も、姉を亡くした時は心が引き裂かれるような思いだったが、歯を食いしばりなんとか前を向いて歩いて来たのだ。
姉を亡くした私が選んだ道は、姉の敵討ち。
姉が望んだ様に。鬼を許せる様に。
自分を騙して、姉が好きだと言った笑顔をはりつけ、今日もこうして鬼殺隊として、ここにいるのだ。辛い道のりだからこそ、琴音には同じ道を進んでほしくないとすら思ってしまう。
何かと自分と似通った境遇ゆえに、いつも彼女を気にしていたしのぶは「こんな事まで似なくていいのに、、、」と一人悲しげに呟くのだった。
******
「しのぶは頑張り屋さんだね」
いつか琴音が自分にかけてくれた言葉を、ふと思い出す。あの時、彼女は言ったのだ。
「いつも頑張っているしのぶがいるから、私も頑張れている気がするよ〜。でも一人で何でも出来ちゃうからって、抱え込んじゃ駄目だよ!何のための親友なのさ」
そんな彼女らしい言葉を思い出し、しのぶは小さくため息を吐く。
ウジウジ考えても仕方のない事だ。琴音が起きたら、彼女が立ち直るまで自分が支えればいい。そして「親友なんだから」と、今度は自分が彼女を叱りつけてやればいいじゃないか。
そこまで考えたしのぶが、ふと琴音の眠るベッドの横にある机に視線をやれば、そこには〝大量の甘味〟が所狭しと積み上げられていた。
皆、琴音が療養中と知るや否や、見舞いに訪れこうして彼女の好物を置いていくのだ。
先日見舞いに来た天元なんかは、日持ちするような〝綺麗な小細工の飴〟を持って来ていたが、昨日見舞いに来た実弥は、日持ちしない〝おはぎ〟をよりにもよって持参して来た。
なんでも「琴音の好物だァ」との事だが、腐る物は置いて置けないと丁重にお断りさせて頂いた。
それでも日に日に甘味の量は増えて行き、今では山積み状態なのだ。先程の杏寿郎の姿といい、彼女はこんなに多くの者から慕われているのだな、と感心してしまう。
「相変わらず、罪作りな人ですね?貴方はこんなに、たくさんの方に必要とされているんですよ。」と、未だに眠る琴音に声をかける。
それでも彼女は全く起きる気配はないが、一人笑みを漏らしながらしのぶは言葉を続ける。
「琴音に早く起きてもらわないと、蝶屋敷が甘い物でいっぱいになってしまいます。」
疲れた後は甘味なのでしょう?と声をかけ
しのぶは部屋を後にするのだった。