第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
琴音が去った部屋に、一人佇む男は未だに少女がいた場所を呆然と眺めていた。
〝貴方にはまだ光がある。
手を伸ばせば抱きしめられる〟
〝手を伸ばせば掴めた光が
気づいた時には消えてしまう事もある〟
少女に言われた言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返される。
そんな事、ずっと前から分かっていた。
自分が弱いばかりに目を逸らしてきたそれを、まさか一回り以上歳が離れた少女に説教をされるとは思わなかった。
光、、、か。
まだ自分は手を伸ばせるだろうか。
いや、こんな自分が伸ばしてもいいのだろうか。
そんな事を考えた時、ふと少女が「羨ましい」と呟いた事を思い出した。
今まで少女と会話らしい会話をしてこなかったから、彼女の生い立ちなど勿論知らない。
羨ましい、
貴方にはまだ光がある、
あの言葉は〝もう自分にはない〟と言っているようだった。
それが誰を失った悲しみかは分からないが
鬼殺隊にいる以上、そういった命の消える瞬間は
嫌というほど目にしているのかも知れない。
自分も嘗ては何度もそれを目にし、自分の無力さに絶望したものだ。だからこそ、命の重さも分かっていたつもりだったのに、、、
本当に大馬鹿者だな。
だが、まだ間に合うのかもしれない、、、
息子達が本当にまだ、望んでくれているのであれば。
今手を伸ばさなければ後悔すると思った。
それにこれでは先立った妻に顔向けできないな、、、と自傷気味に笑った彼は徐に立ちあがる。
部屋の奥にある箪笥の前まで行き、もう随分開いてなかった引き出しを開け、そこから一枚、道着を出すのだった。
******
庭で並んで木刀を振る二人。
素振りをする千寿郎に、優しく微笑みかける琴音。
彼女は時たまこうして、千寿郎に稽古をつけてやっている。側から見れば本当の姉弟のようである。
そんな彼らに「千寿郎、そんなに力を入れて振り下ろすものではない」と父、愼寿郎が後ろから声をかけた。
いきなり道着を着て現れた父に、何が起こったのか理解できず、千寿郎は振り向いたまま固まった。
そんな姿に小さく笑った琴音は「愼寿郎様は道着がお似合いですね」と口を開き優しくぽん、とその背中を押してやる。
琴音に背を押され、父に向かって一歩踏み出す形になった千寿郎は眉を下げ、困惑した顔で父を見上げた。
そんな息子の姿に、気まずそうに目線を逸らした愼寿郎は「千寿郎、、、迷惑をかけたな」と口を開いた。
今まで声をかければ心底鬱陶しそうに暴言を吐いていた父が、自分に向かって謝った、、、?
その意味が分かった千寿郎は
「父上、、、」と呟いたかと思えば、
その大きな目からぼろぼろと涙を零した。
二人を一歩後ろから眺めていた琴音は
本当ですよ、と嬉しそうに笑っていた。
ぎこちなさは残るものの、やっと息子と向き合う覚悟を決めた愼寿郎は立派に父の顔になっていて、これで一安心だなと琴音は一息ついた。
そして彼らの横に並び
「私にも約束通り、稽古をつけて下さいね」
と悪戯っ子のように笑うのだった。
******
それから暫く鍛錬を行っていた三人だが、日が沈み始めたのと同時に
「今日の稽古はここまでにしよう」と言う愼寿郎の合図で終いになった。
〝今日の〟と口を開いた彼に、千寿郎は明日もまた稽古をつけて貰えるのだろうか、と嬉しくなった。
「父上、ありがとうございました!」と慌てて千寿郎が声をかければ、ぽんぽん。と彼の頭に手を置いて、愼寿郎はそのまま去って行った。
言葉をかけてやればいいのに、不器用なんだから。と琴音は、呆れた様に笑った。
そして頬を染めながら、父の後ろ姿を見つめる千寿郎に
「さあ、ご飯の準備をしましょう!さっき師範の鴉から、夕方には家に帰ると知らせがあったから急がなくっちゃ!」と声をかけるのだった。