番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あー、風邪をひいたかな……
琴音がそう思ったのは、つい一週間ほど前の事だった。
特に喉が痛いだとか、鼻水が出るなんて症状はなかったのだが、なんだか体が怠く感じ、体もどこか熱っぽい。
だが、琴音がそれに気づいた時は、丁度文化祭前の準備で、生徒達が慌ただしくしている時期で、琴音が鬼滅学園に赴任して、初めて受け持ったクラスのサポートで大忙しだったのだ。
……だからなのだろう。杏寿郎にすら、中々その症状を打ち明けられず、日に日に悪くなっていく体調に、朝から琴音はため息を漏らした。
「む?…… 琴音、今日はいつにも増して少食ではないか?よもや、どこか体調が悪いのか?」
「いえ……今日はあまりお腹が空いていないだけで、とっても元気ですよ」
「むう。ならいいのだが……」
片眉を上げて、納得していないような表情でじっと見つめてくる杏寿郎に、内心びくつきながらも琴音は無理やりサラダを口にした。
……本当は、あまりどころか全然お腹は空いていない。それどころか、今日はなんだか胸焼けをしているような……、気持ち悪さを感じているほどなのだが、心配性の杏寿郎に迷惑をかけまいと、琴音は必死で口の中のものを飲み込んだ。
きっと杏寿郎が知れば、仕事を休んで病院へ行くように言われるに違いない。下手をすれば、彼も仕事を抜け出して、付き添うなんて言い出しかねない。
同じ職場なのだから、彼だって仕事に追われている事を知っているし、万が一、夫婦で抜ける事になってしまえば同僚達にかなりの負担がかかることだろう。
……まあ、だとしても文句も言わず、卒なく穴埋めをしてくれるようなハイスペックな仲間たちなのだが。
そんなこんなで、琴音は今日も無理をして杏寿郎と共に、仲良く二人で学校へと出勤するのだった。
******
「琴音先生、これ一緒に運ぶの手伝って下さい」
そう生徒に声をかけられて、何処に持って行けばいいのか聞いた琴音は、「もし良かったら私が全部運んでおくよ?」と頷いた。
「ありがとう、琴音ちゃんっ!」
「ふふ、もう… 琴音先生でしょ?……って、こら。廊下は走らない!!」
「はーーい!琴音先生ー!!」
キャッキャッと楽しそうに笑いながら、生徒は持てるだけの荷物を持って、教室へと掛けて行った。
それを見送った琴音は、生徒に頼まれた段ボールを持ち、教室へととぼとぼ歩いていく。
時折感じる胃の不快感も、こうしてせっせっと働いていれば、一時的ではあるが忘れる事も出来るし、今日は帰ってこそっと風邪薬を飲めば大丈夫だ。うん、きっとすぐ治る。
そう自分に言い聞かせ、生徒たちの下駄箱横から二階の教室までの往復を繰り返す。
やっとの思いで大量の段ボールを運び終えれば、教室の中から生徒達の楽しそうな笑い声が聞こえ、琴音はほっと肩を撫で下ろした。
今年琴音が担任を務める二年
因みに第一候補として生徒達が提案していた〝メイド喫茶〟。あわよくば、琴音先生にも可愛いいメイドさんに扮して貰おうと計画していた生徒達だが……、
何処から漏れたのか、杏寿郎がそこへ乗り込み「琴音にそのような姿を期待するなど、言語道断だ!!即刻中止して貰おう!!」などと、断固阻止した事により、あえなく却下となってしまったのだ。
そんなこんなで決まった今回の出し物だが、教室の中から聞こえる生徒達の笑い声に、迷路にして正解だったなー…なんて、琴音は小さく笑みをこぼし、ガラリと教室の扉を開いた。
「段ボール持って来たけ、ど……っ、」
だが、その瞬間……
教室内からペンキの匂いがムワッと押し寄せて、琴音は思わず口を塞いだ。
〝き、気持ち悪い……吐きそうっ、〟
驚く生徒達を置き去りに、くるりと向きを変えた琴音はトイレに向かって走り出す。しかし、あまりの気持ち悪さに途中でかがみ込んでしまい、蹲るような体制で動けなくなってしまった。
〝早く戻らないと、皆に心配をかけてしまう……〟
そのまま琴音が必死で吐き気と戦っていると、……琴音?と自分を呼ぶ声が響き、背後から誰が駆け寄る気配に気づく。
「お前っ、どうしたァ!?……何処か痛むのかァ?」
それは琴音が兄のように慕う実弥で、彼は蹲る琴音を覗き込み、そっと背中に手を添えた。
「……はっ、」
「は?」
「吐きそう、っ……です」
その予想外の一言に一瞬驚いた実弥だったが、直ぐにハッと我に帰り、琴音を抱き上げ歩き出す。
「チッ、無理ばっかりしやがって……体調が悪いなら最初から言いやがれェ」
憎まれ口を吐きながらも、心配そうに琴音を覗き込んだ実弥は、とりあえずトイレまで琴音を連れて行ったあと、青白い顔をして出てきた琴音を捕まえて、保健室まで連れていくのだった。
******
……すみません。
そう言って、小さな体を更に小さく縮こまらせた琴音に、実弥は大きなため息を吐いた。
「今日は少しここで休んだら、もう帰れェ……煉獄に言って、病院に連れてって貰え」
「……大丈夫「じゃねェだろうがァ。さっき動けなくなってたのは、何処のどいつだァァ?」
「うっ、……ごめんなさい」
実弥の的確な一言に、琴音は思わず頬を引き攣らせた。そんな彼女の様子に再びため息を漏らした実弥は、ガシガシと自身の頭を掻いた後、琴音に向かって優しい声色で口を開いた。
「別に怒ってねェよ。ただお前はいつも無理をし過ぎなんだよ…ったく、で?その吐き気はいつからだァ?」
「………吐き気
「吐き気は、だァ?……他にも不調があんのかァ」
琴音の可笑しな言い回しに、すかさず実弥は険しい表情を浮かべる。それに眉を下げた琴音は、漸く観念したのか、この一週間の不調を口にした。
だが、その症状を聞く度、彼の眉間の皺は何故かどんどん深くなっていく。もしや、怒鳴られてしまうのでは……なんて、琴音が怯え始めた頃、ポリポリと頬をかいた実弥は少し視線を泳がせながら口を開いた。
「あーーお前、そりゃァ……」
その予想外の一言に、琴音は思わず固まった。
******
その頃、職員室で仕事をしていた杏寿郎の元へ、琴音の担任しているクラスの生徒…、炭治郎が慌てた様子で飛び込んできた。
「煉獄先生っ!!」
「竈門少年、そんなに慌ててどうし「琴音先生が……」
「琴音?…… 琴音がどうかしたのか!!」
炭治郎の慌てた様子に、杏寿郎だけでなく、その場に居合わせた教師達も振り返る。
「あ、あの……ここではアレなので、……煉獄先生こっちに」
あんなに大声で飛び込んできた炭治郎も、皆に見つめられて、少し冷静になったのだろう。廊下へと、杏寿郎を手招いて、コソコソと耳打ちするように呟いた。
「俺の母もそうだったんですが……匂いに敏感になるそうで、その…… 琴音先生、無理をされているようでしたので……」
「無理?……匂い、…とは何の話だろう?」
「……えっ?」
腕を組みながら、むむ…と考え込んだ杏寿郎に、炭治郎は驚きながら聞き返す。
「え……だって、琴音先生のお腹に、赤ちゃんがいます…よね?」
そう言って戸惑いながら口を開いた炭治郎の一言に、杏寿郎はピタリと思わず固まった。
「赤ん坊?…… 琴音が妊娠?」
「え、…だって琴音先生、ここ最近体調が悪そうでしたし……俺、鼻が利くから……弟妹がお腹にいる時も、すぐに気づいたんですけど………って、だ、大丈夫ですか?煉獄先生……」
未だに上の空で、よもや、よもや…なんて呟く杏寿郎を、炭治郎は心配そうに見守っていたのだが……。
「こんな事をしている場合ではないな!!すまない、竈門少年!!先を急ぐのでな!!」
そう言って突然廊下を走り出した杏寿郎に、慌てて炭治郎は声をかけた。
「煉獄先生ーっ、琴音先生は保健室だと思いますっ」
******
あーーお前、そりゃァ……子供が出来たんじゃねェのかァ?
実弥が遠慮がちに口にした言葉は、琴音が予想していたものとは全く別のものだった。
「……え?……っええ!!?子供!!?」
自分の事なのに、言われるまで全く体の異変に気づいていなかった琴音は、ピタリと思わず固まった。
だが今思えば、それに当てはまるような諸症状もあったわけだ。月のものに関して言えば、元々不順だった為、全く気づいていなかったのだが……
「妊娠?え、でも………本当に?」
そう言って慌て始める琴音に、実弥は困ったように眉を下げた。
「いや、……違うかもしんねェが……お袋が妊娠している時も、初めの頃は大変だったからなァ…って大丈夫か?」
「……実弥さん、私 「琴音っ!!」
そこへ扉が壊れたのではないかと思うほどの音を立てて現れた杏寿郎に、二人は思わず口を閉ざした。
だが、そんな事など気にしていないのだろう。
ズカズカとベッドまで近づいてきた杏寿郎は、戸惑いながら見つめる琴音の両手をとり、満面の笑みで口を開いた。
「琴音!!今から病院へ行こう!!」
「え!?杏寿郎さん!?ど、どうして……?」
「竈門少年が心配して知らせに来てくれたんだ!!琴音の不調にも気づかないなんて不甲斐ないな!!すまない」
「い、いえ……でも、あの……えっ、今から?」
「うむ!!あまり無茶をすると腹の子に障るかもしれん……不死川、悪いが今日はこのまま早退する!!」
…え?……え?と、この状況を未だに理解できていない琴音を他所に、実弥は「おー、そうしろォ…後の事は任せとけェ」なんて頷いている。
それに礼を口にした杏寿郎は、戸惑う琴音を抱き上げて保健室を後にした。
******
おめでたですよ。
産婦人科の先生が、ニコリと微笑んだ瞬間、横から杏寿郎に抱きしめられて琴音は思わず眉を下げた。
「琴音、俺は幸せ者だ!!ありがとう!!」
「き、杏寿郎さん…」
あらまあ、素敵な旦那さんですね?と先生に笑われて、二人は恥ずかしそうに頬を染めた。
「つわりが落ち着くまでは、辛いでしょうが頑張りましょう。まだ安定期に入る前ですから、くれぐれも無理はしないように…」
「は、はい「うむ、了解した!!」
「あらあら……ふふっ、では頼みましたよ?お父さん」
琴音よりも嬉しそうに返事をする杏寿郎に、先生も思わず釣られながら笑いかけた。
それから数日後、無事に開かれた文化祭ー……
「琴音のお腹に、赤ん坊がいる!!皆には迷惑をかける事もあるだろうが、暖かく見守って欲しい!!」
「「「え、…ぇええーっ!!?」」」
杏寿郎が嬉しさのあまり、安定期に入る前だというのに、生徒達が集まる体育館で琴音の妊娠をカミングアウトしていた。
「ちょ、ちょっと杏寿郎さん、……もう少し落ち着いてから報告するって言ってなかったですか」
「うむ!だが今日一日考えていたが、やはり俺には隠し事が向いていないようだ!!皆にもこの喜びを伝えたくてな!!はははっ!!」
「…はははじゃないですよー……もう」
「安心しろ!!琴音も腹の子も、俺が一等幸せにする!!」
頬を赤らめ困り顔の琴音と、豪快に笑う杏寿郎だが、そんな彼らを見守る面々は嬉しそうに口を開いた。
「おいおい、毎年毎年……随分とド派手な野郎だな」
「あらぁ〜、素敵じゃないかしらぁ〜!しのぶにも教えてあげなくっちゃ、ね?伊黒くん」
「そうだな、甘露寺も喜ぶだろう」
「………それは、………めでたいな」
「冨岡、それくらいスラッと口に出せねェのかァ」
「南無阿弥陀仏………新たな命、素晴らしき事この上ないな」
それを聞いた同僚達からは祝福の声が飛び交い、生徒達からも甲高い歓声が上がっていた。
「兄上、……良かったですね、本当に」
今年、漸く高等部に上がった千寿郎は、驚きのあまり涙ぐみ、後日正式に報告を受けた彼らの両親達は、それはもう大喜びだった。
そして、つわりも漸く収まり、少しずつ大きくなるお腹を庇いながら教鞭に立つ琴音に、
「こらこら!そんな重いものを持つんじゃない。次の教室まで運ぼう!!」
「杏寿郎さん、これくらい大した事ありませんよ」
杏寿郎を始めとした教師陣が、随分と過保護に支えたそうだ。
因みに、炭治郎も、実弥も弟妹が多く、そんな家族を支える長男なのだ。琴音本人よりも早く妊娠に気づいただけはある。
そんな彼らは、妊娠中も琴音や杏寿郎に度々アドバイスをし、二人はすっかり彼らのお世話になりっぱなしなのである。
「早く、赤ちゃんに会いたいな〜……」
「うむ!きっと琴音に似て、優しく美しい子になるだろうな!!」
「……それを言うなら、杏寿郎さんのような強く逞しい子になりますよ」
「む?……ふ、ははは」「ふふっ、あははは…」
皆が待ち焦がれた彼らの子供に会えるのは、それからすぐの事。
だがそれはまた、別のお話しー……。