番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
桜が散りゆき、新緑が生い茂る季節ー……
きめつ学園に琴音が赴任してもうすぐ一年が経とうとしていた。
思えば、一年前の今頃は、前の職場を解雇されたばかりで、どん底だった。
理不尽な上司への苛立ちに、完全に酒に呑まれていたし、まさか最愛の彼に再会できるなんて思ってもみなかった琴音は、大人げなく泣き喚いたりと‥‥
琴音にとっては、完全に忘れ去りたい黒歴史である。
だが、あの日彼らと偶然にも再会した事で、琴音の毎日はガラリと変わっていったのだ。
ただただ忙しなく過ぎていく日々が、くすみがちだった心が、知らぬ間に明るく色づいて、毎日幸せを噛み締めるようになったのは、やはり彼が当たり前のように隣にいてくれたからだろう。
そんな感慨に浸りながら、琴音がゆっくりと視線を上げれば、鏡に映る着飾った自分の姿。
ふんわりと施された化粧と、綺麗に結い上げられた髪、袖を通した真っ白なドレスに、なんだか気恥ずかしい気持ちになる。
「本当に幸せすぎて、夢みたい……」
無意識にぽつりと出たその言葉に、琴音は思わず苦笑する。
5月に入り、世の中がゴールデンウィークに浮かれるこの日ーー……
琴音と杏寿郎の結婚式が、都内のとある式場で、今まさに開かれようとしているのだった。
******
鏡の前で緊張した面持ちの琴音に、しのぶは嬉しそうに目を細めた。
「こんなに綺麗な花嫁を貰えるなんて、煉獄さんは幸せ者ですね。」
「……しのぶ、揶揄わないでよ」
「あら、本当の事を言ったまでですよ?こんなに着飾った琴音を見たら、きっと世の中の男性が彼を妬むに違いありません」
「ふふっ、もう大袈裟よ!」
顔を見合わせてクスクスと笑みを浮かべた二人は、そのまま暫く思い出話に花を咲かせる。
そんな中、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、返事をする前にひょこっと杏寿郎が顔を出した。
「……琴音、とても綺麗だ!!」
「ふふっ。ええ、とっても。……では、旦那様もいらした事ですし、私は退場するとします。琴音、また後でね?」
「ありがとう、しのぶ」
琴音の言葉にふっと小さく笑ったしのぶは、杏寿郎にも祝福の言葉を口にし、そそくさと部屋を去って行った。
パタンと音を立てて扉が閉まれば、二人だけ残された空間は、途端に静けさを取り戻す。
恥ずかしそうに下げていた視線を上げれば、自身を見つめる瞳と鏡越しに視線がかち合い、琴音はぽっと、頬を染めた。
「杏寿郎さんこそ、‥‥かっこいいです」
「むう、着慣れぬ服だからか、些か気恥ずかしい気もするが…… 琴音がそう言ってくれるのであれば、これを選んだ甲斐があったな!!」
ワハハ、と豪快に笑う杏寿郎に、琴音も釣られて笑みを漏らす。
彼らが籍を入れたのは、年が明けてすぐのこと。
もう既に暮らしを共していた琴音にとって、苗字が変わったこと以外、変わりはない筈だった。学校では、同じ苗字だとややこしいからと、変わらず旧姓で名乗っていたし、そもそも名前で呼ばれる事が多い彼女にとっては、それを実感する機会すら少ない。
しかし、時折書類にサインする度に〝煉獄 琴音〟と自分で書いておきながら、ニヤける口元を隠してきたのだ。
目の前でビシッとタキシードを着こなす杏寿郎に、そんな彼の隣にいられる幸せに、それを祝福するために集まってくれた人達に、琴音の心はじんわりと温かくなる。
「なんだか……私ばかりがこんなに幸せになってしまって、大丈夫でしょうか?」
「ハハハ、……実を言うと、俺も今同じような事を考えていた」
「杏寿郎さんも?」
「ああ。こんなに愛らしい君を妻に迎え、沢山の仲間に祝福されるなど、俺は世界一の幸せ者だ!!」
そう言って後ろから優しく抱きしめた杏寿郎の手に、琴音もそっと手を重ねる。
思わず潤み出しそうな瞳を必死に堪え、眉を下げて笑って見せれば、杏寿郎も困ったように眉を下げた。
「式が始まる前から泣いていては、今日一日持たないぞ?」
「……だって、杏寿郎さんがそんな事、言うから」
「ハハッ……、そうだな。だが、折角の化粧を台無しにしては、胡蝶あたりに怒られてしまうからな」
そう言って微笑んだ杏寿郎に、琴音も優しく目元を下げた。
******
杏寿郎と琴音の結婚式には、沢山の友人が列席した。
学園の同僚達やお館様、しのぶや蜜璃と言った卒業生も集まる中、琴音の学生時代の友人達はハイスペックすぎる面々に、終始ハイテンションであった。
そんな中、司会の男性の合図と共にチャペルへとやってきた杏寿郎は、ふうと小さく息を吐いた。
柄にもなく緊張している息子の姿に、父親の愼寿郎も何故かソワソワと浮き足立ってしまったが、隣にいる瑠火に大丈夫だと諭されて、思わず咳払いをついて誤魔化した。
二人を、家族として見守ってきた彼だからこそ、込み上げる想いがあるのだろう。
それを後ろで見ていた同僚達も、平和な世で、漸く一緒になる二人を想い、笑みを浮かべた。
「ー……それでは、新婦入場です」
その言葉を合図に扉が開けば、綺麗…と誰かが呟いた。
父親に腕を絡ませ、ゆっくりと歩みを進める琴音は、ため息を漏らしてしまうほど、とても綺麗な花嫁だった。
一歩、一歩と先で待つ杏寿郎に近づく度に、嬉しそうにはにかむ琴音は、幸せそうで……
皆、口々に祝福の言葉を口にする。
「琴音ちゃん、凄く綺麗っ、……」
蜜璃に至っては、もう既にうるうると涙を溜めている。
ゆっくりと歩みを進めた琴音がお辞儀をすると、琴音の手は父から離れ、杏寿郎の腕へと伸ばされる。
それに優しく笑いかけた杏寿郎に、琴音の父も嬉しそうに目を細めた。
幸せそうに笑いあった二人は歩みを進め、牧師に深く頭を下げた。
皆の前で愛を誓い、互いに指輪を交換し、誓いの口づけを交わせば、会場からはワッと歓声が上がる。
「琴音!!一等、幸せにする!!」
感極まった杏寿郎に、ぎゅーと強く抱きしめられ、琴音はクスクスと、やはり幸せそうに笑うのだった。
******
挙式が終わり披露宴が始まれば、再び登場した二人の姿に、会場からは溢れんばかりの拍手が送られた。
お館様からは二人への祝福の言葉を貰い、友人代表として乾杯の音頭を〝祭りの神〟が立派に務め、ド派手に会場を盛り上げた。
杏寿郎は、ケーキ入刀の力加減が分からないと、最後の最後まで不安がっていたのだが、琴音にエスコートされ、なんとか乗り切る事も出来た。
それぞれのテーブルに、友人達にお礼を言いながら二人で回れば、琴音の学生時代の友人達は大興奮で口を開いた。「勉強ばかりで男に興味もなかった琴音が、一番乗りで結婚か〜……」と、しみじみと口にしたかと思えば、「でも、本当に、幸せそうで羨ましい!!素敵な人に出会えて良かったね!!」と、嬉しそうに抱きついてきた。
そんな友人達に、何故か琴音以上に、杏寿郎が嬉しそうに返事をしていたっけ。
それから、二人へのビデオレターも、しのぶ達が用意してくれたようで、列席してくれた同僚は勿論、炭治郎達、在校生も祝福のメッセージを送ってくれた。
それには、沢山の人に祝福されて、こうしてまた彼の隣に居られる自分は、本当に幸せ者だなー……と、琴音はつくづく思い知る。
時代は変わり、あの頃とは違う平和な世界になった。だけどあの頃と変わらないのは、いつでも自分の側には寄り添ってくれる温かい人達がいる事……
それにどんなに救われてきたか、どんなに幸せな事か理解しているからこそ、今度は皆に感謝を、思いを伝えるべきだ。
「ー……それでは、花嫁よりご両親への感謝の手紙を読み上げて頂きます」
それを合図に琴音は、皆の顔を思い浮かべながら、静かな声で話し出した。
「お父さん、お母さんには感謝しかありません」そう始まった手紙は、たくさんの〝ありがとう〟で溢れていた。
〝私を産んでくれてありがとう。
父さんはよく「寂しい思いをさせてごめん」と言っていたけど、私は医者をしている父さんが自慢だった、大好きだったよ。
そんな父さんを支えるように、いつでもニコニコと明るい母さんのおかげで、笑顔で溢れる幼少期を過ごせたの。母さんは私の憧れだよ?
それから、私に弟をくれて、……優斗を産んでくれてありがとう。
大切に私たちを育ててくれてありがとう。
二人に大切に育てて貰えたから、こんなに素敵な人達に出会えたよ?一生を共にしたいと思える人を見つけられたよ?
私は二人のお陰で、今、とても幸せです。ありがとう。
二人にもらった沢山の優しさで……、私も誰かの為に、何かをしてあげられるような人になっていきたいと思っています。
これからも、どうしようもない娘だけど、宜しくお願いします。〟
涙を目一杯貯めて、幸せそうに微笑んだ琴音は、そこで一旦言葉を区切った。すると今度は、杏寿郎の両親に向かって、静かに頭を下げて口を開く。
〝杏寿郎さんを産んでくれて、彼に出会わせてくれた事、本当に感謝しています。
お義父さん、私のことも娘のように接してくださった事、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
お義母さん、貴方の言葉を私は何度も彼から聞いてきました。心折れそうな時、いつも杏寿郎さんから教えてもらったその言葉に、助けられて来ました。私を救ってくれて、ありがとうございます。
それから千寿郎君。私を姉のように慕ってくれた事、弟が一人増えたようで本当に嬉しかった。ありがとう。
私に杏寿郎さんが沢山の幸せをくれたように、今度は私が杏寿郎さんを幸せにしてみせます。
不束者ですが、これからもどうぞ宜しくお願いします。〟
涙ながらに、琴音は今できる、最大限の感謝の言葉を口にした。
それには、手紙を聞き終えた杏寿郎も、一瞬ポカンとした表情を浮かべた訳だが……すぐに、困ったように笑いながら、眉を下げた。
「よもや、よもやだ……幸せにするのは、俺の方なのだがな」
そう言って口元に笑みを浮かべた杏寿郎に、琴音は優しく微笑んだ。
「杏寿郎さん、いつもそばに居てくれて、幸せを沢山くれてありがとう。……心の底から、愛しています」
彼と再開して一年……
沢山の笑顔と、沢山の優しさを貰った琴音は、これからの未来を彼と共に歩んでいくと心に誓う。