番外編
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2月14日ーーー。
暦の上で、バレンタインデーと明記されるこの日は、チョコレートに想いを託す女の子だけでなく、男の子までもがソワソワと浮き足立ってしまうような、そんな日に……
「む?これを俺に?」
琴音は朝からすこぶる機嫌が悪かった。
彼女にしては、ブスッと膨れた表情で見つめる先には、職員室の扉の前で女子生徒に呼び止められる杏寿郎の姿。
「はい!!煉獄先生のために朝から作ってきたんです!!」
「それはありがたい!!是非頂くとしよう!!」
そう言って笑いかけた杏寿郎に、嬉しそうに頬を染めた女子生徒は、可愛らしくラッピングされた包みを手渡すや否や、キャー!!と黄色い歓声を上げながら走って行った。
それに豪快に笑いながら「廊下は走らないように!!」と口を開いた杏寿郎が、くるりと此方に振り返った瞬間、琴音は慌てて視線を逸らした。
しかし、その際、隣の席に山盛りに置かれたチョコレートを見てしまい、琴音は思わず顔を顰めた。
「あ?なんだよ?」
「いえ……凄い量ですね」
苦笑いを浮かべながら口を開いた琴音は、チラリと杏寿郎へと視線を戻した。それに気づいた天元が「ははーん。さてはお前、煉獄に焼きも……」と声を発した所で、琴音は慌ててその口に掌を押し当てた。
勢い余って、ベチンと音を立ててしまった事は申し訳なく思うが、皆がいる前でこの男は何を言うつもりだと、琴音は彼を睨みつける。
しかし次の瞬間、ふと静まり返った空間に気づき、視線を動かした琴音はパッとその手を引っ込めた。
「えっと、失礼しました‥‥何でもありませんので、お構いなく……」
恥ずかしそうに頬を染めて、小さい体を更に縮こまらせた琴音に、周りは不思議そうに首を傾げたが、これから授業を控えている為、再びそれぞれの作業に戻っていく。
「ぶふっ、ぐっ、くく……っ、」
「……天元さん、五月蝿いですよ」
「いやっ、……お前っ、くく!……可愛い奴だなっ」
小声ではあるものの、相変わらず笑い続ける天元に、琴音はスッと目を細め、机の上に置いてある紙袋をゴソゴソと漁り出す。
そこから綺麗にラッピングされた某有名店のチョコレートを取り出すと、包みを開けてその中身を一粒口にする。
「…… 琴音、何やってんだ?」
「何って、見たら分かるでしょ?……天元さんの分のチョコレートを食べてるんです」
「はあ!?な、コラ!もう食べんな!!寄越せ!!」
「そんなに貰ってるんだから、要らないでしょう?」
そう言って二粒目に手を伸ばそうとする琴音から、天元はひょいとそれを取り上げた。
座っていたところで彼らの体格差は大きなもので……
負けじと腕を伸ばす琴音と、それをゲラゲラ笑い飛ばす天元に、皆は呆れたような視線を送る。
そんな中、杏寿郎だけはただ一人、ふっと小さく笑みを押し殺していた。
女子生徒からチョコを貰う度に琴音からの視線を感じていたし、彼女の機嫌がどんどん悪くなっているのも分かっている。
だが、結婚しても尚、こうして焼き餅を焼いてくれる琴音が可愛くて仕方なくて、さっきだってわざと彼女に聞こえるように大声で喋ってしまった程だ。
「もう!!
「おい、コラ!!人聞き悪い事言うんじゃねぇ!!」
「詐欺師っ!えっと、女たらし!……イケメン!」
「お前な、最後のは悪口にもなってねーよ」
「……もう、黙っといて下さい!!」
後ろから聞こえて来る会話に、杏寿郎がニヤける口元を片手で覆っていれば、
「愛くるしいのは分かるが……ほどほどにしてやらねば、春野も臍を曲げるぞ」
隣の席に座る悲鳴嶼から、釘を刺されてしまい思わず苦笑いで頷いた。
******
あれから暫くーー……
琴音は時間が経つにつれ、チョコで埋めつくされていく杏寿郎の机に、苦笑いを浮かべていた。
因みに隣の天元の席に至っては、チョコのタワーが出来てしまう程に、溢れかえってしまっている。
あの異常なほどにスパルタな冨岡の机までもがチョコで埋め尽くされているのだ。
流石にここまで来ると、もう笑うしかない……
他の先生達にも、普段世話になっている分チョコを配って回った訳だが、彼らほどでは無いにしても、皆それなりにチョコを貰っているようで、職員室は甘い匂いに包まれていた。
鬼滅学園に赴任して初めてのバレンタインは、琴音にとってかなり衝撃的な幕開けとなった訳だ。
初めこそ焼き餅を焼いていた琴音も、あのチョコの量を見てしまえば、逆に冷静になってきて、彼ほどの生徒思いな教師であれば生徒に好かれて当然か……と納得しながら、廊下をとぼとぼと歩いていた。
まあ、納得はしていても、結婚しようがモテ続ける旦那に落ち込んではいるのだが……
そんな事を考えながら、次の授業を行うクラスへと琴音が歩みを進めていれば、皆がバレンタインに浮かれるこの日に、自分よりもどんよりとした顔をする生徒に出会ってしまった。
「善逸君………だ、大丈夫?どうかしたの?」
肩を落とし、涙を浮かべる彼に声をかければ、善逸は物凄い勢いで喋り出した。
「俺はチョコが欲しいだけなのに、それだけなのに、なんで〜〜!!?俺がこの日をどれだけ楽しみにしてたと思うのォォオ!?モテたい、モテたい、モテたい…… 琴音先生、俺にチョコをくれないですかァァァ!?この際、義理でもなんでもいいんですよ〜!!」
「ぜ、、善逸くん、落ち着いて!!」
「これじゃあ、落ち着いて要らないでしょ!?いやァァアア、どうせ無理なんでしょうね!!分かってますよ!!分かって「善逸くんは、チョコが欲しいんだよね?」……へ?」
「どんなチョコでも良いなら、後で国語準備室においで?本当はあまり生徒に渡すのは良くないと思うから内緒にしてね?」
そう言って笑いかけた琴音の言葉を理解した善逸は、次第に顔を赤らめて「キィャァァアアア〜!!幸せ、幸せ〜!!」と大袈裟な程に飛び回るものだから、琴音は思わず破顔してしまう。
「じゃあ、授業の後でね、善逸君?」
そう言って彼と別れたのが、三限目の始まる前。
〝まさか、こんな事になろうとは……〟
昼休み、国語準備室に伸びる長蛇の列。
その先頭の男子生徒と写真を撮る琴音は、思わず頬を引き攣らせた。
******
その頃、杏寿郎はというと
朝の一件以来顔を合わせぬ琴音を探して、校内を彷徨いていた。
〝焼き餅をやく琴音が可愛くて、少しやり過ぎてしまったかもしれん……〟
彼女の事となると制御が効かない自分の振る舞いを思い起こし、思わず苦笑いを浮かべていれば、何やら生徒達が列を成している光景を目の当たりにする。
その先を目で追えば『国語準備室』の文字。
きっと琴音があの中にいるだろう事は察しがついたが、これは一体何事だ?と疑問を覚えた杏寿郎が、最後尾の男子生徒に問いかけた。
「これは何に並んでいるんだろうか?」
「れっ、煉獄先生!!?」
「む?どうした!!顔色が悪いぞ?」
「俺、、俺は関係ありませんから〜……」
「あ、コラ!待ちなさい!!廊下は走るんじゃない!!」
杏寿郎が声をかけるなり、顔を青褪め走り去った男子生徒に、益々訳が分からないと杏寿郎は首を捻るばかりである。
そんな彼がゆっくりとその列を追い抜かしていけば、杏寿郎の姿を見るなり先程の生徒同様に、皆が一様に逃げて行く。
それも何故か並んでいるのが、男子生徒ばかりだと気づいた杏寿郎は、なんだか嫌な予感がして……
その列が伸びる先、国語準備室の扉を荒々しく開け放った。
「……あ、杏寿郎さん」
「れ、煉獄先生!!?これは違っ、深い訳が……!!」
扉の先では、なんだか疲れ切った琴音の姿と、そんな彼女と一緒に、今まさに写真に写ろうとしていた男子生徒が顔を青褪めていた。
「……何をしている?」
「ギャーーー!!許してくださいーーーー!!」
その直後、杏寿郎が一言発しただけなのに、男子生徒は悲鳴をあげて、準備室から飛び出して行った。
すると、彼がいなくなった途端、琴音は大きなため息を吐いて机に突っ伏し口を開いた。
「杏寿郎さん、ありがとうございます。助かりましたー……」
「むう……先程の少年はどうした!!それに、これは一体……?」
「実は……」
杏寿郎の問いかけに、苦笑いを浮かべた琴音は、ことの経緯を話し出した。
初めは大した事ではなかった。
落ち込む善逸に、琴音が常備しているお菓子をあげた、ただそれだけ。
しかし、あの善逸がそれを黙っていられる筈もなく、同級生にポロっと自慢してしまった訳だ。
そこからは、とても早かった。
気づけば昼休みに生徒達が押し寄せ、あっという間に常備していたチョコや、飴、クッキーなんかは底を尽きた。
「ごめんね?もうお菓子はないの……」
スイーツを失って落ち込む琴音が口を開けば、先頭にいた生徒がそれならばと提案したのが『琴音とのツーショットの写真を撮らせて欲しい』だった。
そんな事なら〜……と軽く引き受けた琴音だったが、まさかあんなに長蛇の列が出来るとは想像もしていなかったのだ。
「むう、成る程………それは、大変だったな」
「はい……写真なんて、並ばなくたって何時でも撮ってあげるのに」
そう言って、机に完全に突っ伏した琴音に、杏寿郎は思わず苦笑いを浮かべた。
彼女は全く気づいていないが、琴音の事となれば、例え相手が生徒でも杏寿郎は全く容赦がない。
彼女に想いを寄せる男子生徒がいれば、騎馬戦称した稽古をつけてやるし、杏寿郎に想いを寄せる女子生徒が彼女を妬むような事があれば、琴音の知らぬところでそれを諭してきた。
だから彼女と寄り添って写真を撮るなど、生徒達からしたら奇跡に近い出来事なのである。
〝よもや、焼き餅を焼かせるどころか、こちらが焼く羽目になるとは……〟
杏寿郎は人知れず、小さくため息を落とすのだった。
******
その後、無事に恐怖のバレンタインを終えた琴音は、帰宅後に杏寿郎へスイートポテトをご馳走した。
「わっしょい!!……わっしょい!!」
「ふふ、杏寿郎さんたらっ!そんなに慌てなくても、まだまだありますから、ゆっくり食べてくださいね?」
朝から不機嫌だった琴音も、長蛇の列を見て頭を抱えた杏寿郎も、
ほんのり広がる優しい甘みに、自然と笑みを溢していた。
「杏寿郎さんが沢山チョコレートを貰っているのを見て、少し……焼いてしまいました。」
「うむ!気づいていたとも!!」
「へ?嘘っ!!…やだ、……私ったら大人気なかったですね、恥ずかしい……」
「いや、……そんな所もまた愛らしい!だが、俺の心は、当に君しか見ていないから安心してくれ!!」
「あ、ありがとうございます……」
ぽわんと頬を赤らめた琴音に、杏寿郎は愛おしそうに目を細めた。
一口掬ったスイートポテトは、ほんのり幸せな味だった。
******
それから暫くー……
やってきたホワイトデーにお礼と称し、琴音へと異常なまでに送られたお菓子の山。
それに頬を緩ませ浮かれる琴音と、
そんな彼女に焼き餅を焼く杏寿郎の姿があったのだとか……。