第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
杏寿郎と琴音の二人が共に暮らし始めて数週間。
夏休みもあっという間に終わりを迎え、琴音は慌ただしい学園生活を送り始めていた。
……というのも、二人が同棲を始めた事を知った同僚達に生暖かい視線を送られたり、
何処で知ったのかは知らないが、きゃーきゃーと噂話を繰り広げる女子生徒達に質問責めにあったりと、日々振り回されているからである。
だが恥ずかしさはあれども、杏寿郎と一緒にいられるのが嬉しいのも確かではある為、幸せかと聞かれれば否定をすることは決してない。それに最近では、それらをうまく聞き流す術を習得しつつあるのだから、慣れとは恐ろしいものである。
……とまあ、そんな生活に段々と慣れ始めてきた琴音には、毎朝必ず立ち寄る場所……ルーティーンになりつつある行動があった。
******
「杏寿郎さん、今日も朝練の指導頑張って下さい」
「うむ!ありがとう!!では
そう言ってあと少しで校門だという所で別れた二人は、何故か別々の方向へと歩き出す。
杏寿郎は校門へと入って行くのに対し、琴音はその手前にある横断歩道を渡り出し、学校のすぐ目の前にあるコンビニの中へと入っていく。
そして迷う事なく、ミルクいっぱいのカフェオレを手に取り、今度は大いに迷いながらお菓子のコーナーからチョコレートを手に取りレジへと向かっていく。
そう、彼女のルーティーンとは、甘いカフェオレとそれのお供に頂くお菓子を買い求める……というものである。
そして、ここへ通うようになって驚いたのが……
「おはようございます」
「おはよう、後藤君」
この店には、昔よく世話になっていた隠の後藤がアルバイトとして働いてる、という事だった。
昔は真っ黒な衣装に身を包み、目元しか見たことがない彼だったが、その瞳と声……それから彼の胸元のネームプレートを見た瞬間、琴音は彼だと気づいたのである。
そんな彼は、何故だか今世では年下になってしまったようで、一昨年きめつ学園を卒業した大学二年生だと教えてくれた。
引っ越しをして以来、ほとんど毎朝顔を合わせている為、自然と会話を交わすようになったのだが、話を聞く限り彼には前世の記憶はないように思えた。
だが、また一人大切な仲間に再会できた事に、琴音は密かに喜びを感じていた。
そんな彼と今朝も朝の挨拶を交わした琴音は、ふとレジ横へと視線を移す。
中華まんが並んでいるスチーマーに
『新発売 焼き芋まん』
という文字を見つけ、ピタリと動きを止めた琴音は……
「あ!あとこの焼き芋まんと……あんまんを一つずつお願いします」
如何にも杏寿郎が好きそうな商品だった為、思わず注文してしまった訳だが、
それに頷いた彼が、慣れた手つきでそれらを詰め込むのを眺めていた琴音は、杏寿郎が喜ぶ姿を想像して小さく笑みを浮かべていた。
その後お会計を済ませると琴音は、上機嫌で礼を述べ軽い足取りで店の外へと足を踏み出した。
杏寿郎と、ちゃっかり実弥への手土産を手に入れた琴音は嬉しそうに、今度こそ校門の中へと消えていった。
******
それから数日経ったある日のこと、琴音は例のコンビニへ天元と共に夕方の時刻に訪れていた。
「いらっしゃいませ……って、お久しぶりです……宇髄先生」
「よっ!!後藤、しっかり働いてるか〜!?おいおい、何しけたツラして「もう天元さん!お仕事の邪魔しちゃダメですよ!!……後藤君、ごめんね」
そう言って、天元の背を押しながら店の奥へと入っていった琴音は、カゴいっぱいに次から次へと飲み物やおにぎり、菓子などを詰め込んでいく。
それを呆然と眺めていた後藤は、カゴに商品を詰め込みながらぎゃーぎゃーと言い合いをしている二人を見て苦笑いを浮かべた。
「おい、琴音!買いすぎじゃねェか!?」
「……誰のせいで残業になったと思ってるんですか!?手伝って貰えるだけ感謝して下さい!!」
「あーはいはい、それは悪かったなー」
「もう!本当に悪いと思ってるんですか?……大体こんな台風シーズンに校舎に穴を開けるなんて、あり得ないですよ!!」
…………穴、
………ああ、輩先生がまた壁を吹き飛ばしたのか
ぶつぶつと愚痴りながらも、仲が良さそうな二人の会話に後藤は高校時代を思い出した。
そんな彼が、あれから二年……懐かしいな〜なんて考えていれば、ドカッと重そうな音を立てながらレジにカゴを置いた天元の横から、琴音がひょこっと顔を出した。
「後藤君は夕方にも働いてるんだね!」
「いや、いつもは入らないんですけど今日はたまたまバイトの子が休みになっちまって。母ちゃんが授業ないなら働けって……ああ、此処うちの両親がオーナーを務めてるんすよ」
「え?そうだったんだ〜!!店を手伝ってるなんて、偉いね後藤君!!」
そう言って笑った琴音は、思い出したように「焼き芋まんを…今日は二つ!」と口にした。
「いや、偉いとかそんなんじゃ……母ちゃんが煩いだけですよ」
琴音の言葉に少し照れながらも、それらを袋に詰め混んでいた後藤はふいに、琴音へと疑問を投げかけた。
「春野先生はよく焼き芋まんを買っていかれますが、そんなに美味しいんですか?」
「えっ!?ああ、ごめんなさい。私はまだ食べた事がなくて……でもとても美味しいみたいよ?わっしょい!!何ですって」
クスクスと可愛らしく笑う琴音に、……わっしょいって何だ?と後藤が首を傾げていれば、横から腕が伸びてきて、重そうな袋を天元が最も簡単に持ち上げた。
「おら!早く帰って、ブルーシート貼るんだろ?」
「え?ああ、そうだった。じゃあ後藤君お仕事頑張ってね!!あと、これ。お裾分け」
そう言って、先程会計を済ませたチョコレートを後藤に手渡した琴音は、天元の後を追いかけるように慌ただしく店の出口から出て行った。
******
二人して並んで信号が青になるのを待つ間、琴音は手に持つ小さな袋をガソゴソと漁り始めた。
「おいおい、琴音!食べ歩きなんて生徒に示しがつかねーぞ」
そう口にした天元は、琴音のものとは比じゃない大きさの袋を二つも手にぶら下げて、気だるそうに信号機を睨みつけていた。
その袋の中には今から軽いパーティーでも始めるのかと思うくらいに、大量の食べ物が詰め込まれている訳だが、これは残業に付き合ってくれる同僚達への差し入れである。
……例の如く、今日もド派手に美術室の壁を吹っ飛ばした天元に、週末台風が直撃する影響で明日の午後からは大雨の予報だと琴音は昼休みに呟いた。
それを聞いていた天元が顔を引き攣らせたのを見て、ため息をついた琴音が「手伝いますよ?」と言い出したのを皮切りに、杏寿郎も「仕方あるまい!!俺も手伝おう!!」と声を上げたのだ。
兄弟達の面倒を見なければ行けない実弥と、もともと用事が入ってしまっていたカナエ以外は皆手伝ってくれるようだから案外早く片付くかもしれないが、せめて付き合ってくれる皆にとド派手に買い込んできた訳である。
まあ、殆どが杏寿郎の胃の中へと消えていってしまう訳なのだが……
そんなこんなで、パンパンに膨れ上がった袋を軽々と片手に持った天元に、琴音は手にした焼き芋まんを半分こにして手渡した。
「だって、あったかい内に食べるのがいいじゃないですか」
そう言って、ふふと笑みを浮かべた琴音は「あんまり美味しそうに食べるから、一度食べてみたかったんです」と呟いて、パクリと一口放り込んだ。
「天元さん、コレめちゃくちゃ美味しいですよ!!これは間違いなく、わっしょいですよ!!」
「はあ?うめェのは分かったけど……わっしょい、って何だそりゃ?」
「ふふっ、さあ?でも、さつま芋はわっしょいなんですって!!」
ニコニコと笑いながら、再び焼き芋まんを一口食べた琴音に釣られ、天元もそれにかぶりつけば
「へー……ま、悪くねェーな」
と、口元を吊り上げた。
「あー!!先生達、こんな所で買い食いしてる〜!!」
「うるせっ!ガキは早く帰れー!!」
「みんな気をつけて帰ってね〜。また明日〜」
そう言って手を振る琴音は、案の定生徒達に注意をされてしまった訳だが……
後にこの〝焼き芋まん〟が爆発的な人気商品になるなんて、天元や琴音、それを売った後藤ですらも、この時は気づいていなかった。