番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
引っ越しを行なって数日経ったある日のこと
「琴音、映画を一緒に観ないか?」
晩御飯を食べながら、杏寿郎が思い出した様に突然ぽつりと呟いた。
そんな彼の問いかけに、キョトンとした表情を浮かべた琴音は、不思議そうに首を傾げた。
「……映画、ですか?」
「うむ!!以前琴音が一緒に映画を観たいと言っていた事を思い出してな!!先日宇髄にそれとなく流行りの映画を聞いてみたのだが……」
そう言って自身の鞄を手繰り寄せ、ガサゴソと漁り始めた杏寿郎は、ああ、これだこれ!と手にしたケースを掲げて見せた。
「宇髄がわざわざ貸してくれたんだ!!今上映中のものではないが、なんでも琴音が好きそうな映画だそうだ!!」
「天元さんが?」
杏寿郎の言葉を聞き琴音が彼の手元を覗きこめば、何も書かれていないケースに入ったDVDには、観たこともない作品のタイトルが刻まれていた。
〝……猫鳴村?〟
そのタイトルに琴音は少し疑問を覚えたのだが、にこにこと笑みを浮かべる杏寿郎を前に、その考えは頭の片隅に追いやる事にした。
そもそも琴音が天元と映画の話をした事はないのだが、それよりも杏寿郎が自分とのたわいもない話を覚えていてくれた事が嬉しかったのだ。
「天元さんが貸してくれるって事は、アクション映画でしょうか?ふふっ、きっと派手な演出ですよ」
「うむ!きっと、そうだろうな!!」
「それは楽しみですね!じゃあ、明日は休みですし片付け終えたら、一緒に映画を観ましょうか」
ニコニコと笑いかける杏寿郎に釣られて、琴音も満面の笑みを浮かべるのだった。
******
その後食事の片付けをして、お風呂を済ませた二人は、今は仲良く並んでソファーに腰掛けていた。
「では、今週もお疲れ様でした!」
乾杯!と缶チューハイを掲げた琴音に、杏寿郎も缶ビールをコツンとぶつけてみせた。
それを合図にごくごくとアルコールを口に含んだ二人は、ぷはぁ〜っと何とも幸せそうな声を漏らした。
恋人と過ごすまったりとした時間に、一週間の疲れも吹き飛ぶな〜なんて、琴音が幸せを噛み締めていれば、杏寿郎が徐にリモコンに手を伸ばした。
「ではそろそろDVDを付けるとしよう!!」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう言ってソファーに深く座り直した琴音は、嬉しそうに目を細めた。
だが、この時の彼女はまだ知らなかった。
これから自分の身に振り返る、恐怖に脅えるこの一夜を………
******
映画を見始めて数分、琴音は嫌な予感を覚えて、缶チューハイを握りしめたまま完全に動きを止めていた。
何故映画の中のカップルは、心霊スポットの話をし始めたのか……
何故こんなに怪しい看板があるのに、それを気にせず進むのか……
何故真っ暗なトンネルに足を踏み入れるのか……
顔面蒼白で画面を見つめていた琴音は、
「ひゃっ……、!」
不意にソファーの背もたれに体を預け直した杏寿郎の動きに、大袈裟な程の反応を見せた。
「む?……どうかしたのか?」
そう尋ねた杏寿郎に琴音が口を開きかけた瞬間
画面の中のカップルの背後に、突然幽霊が映し出された。
「っ、……」
あまりの衝撃に言葉すら失った琴音が、涙目で杏寿郎を見上げれば、うっ…と彼は声を漏らした。
なんとも愛らしい恋人の姿に、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた杏寿郎だったが、
明らかにホラーものが駄目だと訴えるその表情を思い出し、直様リモコンに手を伸ばした。
「すまない。よもや、ホラーが駄目だとは知らず…… 琴音、大丈夫か?」
まだ始まって30分も経っていない。
なんならさわりの部分を観ただけで、どんな恐怖がこの先二人を襲うのかも全くわからない様な状況で映画を止めたのだが、余程怖かったのだろう。
缶チューハイを握りしめたまま、彼女は完全にフリーズしていた。
そんな彼女の様子に眉を下げた杏寿郎は、とりあえず缶チューハイを彼女の手から取り上げて、それを机にそっと置いた。
そのまま琴音の頭に手を置いた杏寿郎は、心配そうに彼女の顔を覗きこんだ。
「……琴音、大丈夫か?」
それにオロオロと視線を彷徨わせた琴音は、泣き出しそうになりながらも何とか頷き口を開いた。
「……すみません。お見苦しい姿をお見せしました」
「いや、見苦しいどころか……愛くるしいとすら感じてしまったが」
そう言って困ったように笑った杏寿郎は、ふと思った事を口にする。
「しかし、……昔は夜の中、鬼を相手に琴音は怯まず刀を握っていなかっただろうか?」
「……鬼は大丈夫なんです……サメとか恐竜とか……ゾンビなんかのパニック映画も平気なんですが……幽霊だけは何故か苦手で……」
「むう?それは何とも奇妙な……」
そう呟いた杏寿郎は、不思議そうに首を傾げた。
鬼は分かるが、ゾンビも平気とは……杏寿郎にとっては、正直それらと幽霊の怖さの違いがよく理解できないでいた。
「鬼やゾンビは元凶が分かっているので……ほらウイルスが原因、だとか……でも幽霊だけは説明出来ないでしょう?何なんですか怨霊って……何で消えるの?何で突然後ろにいるの?」
怖すぎる……と呟いた琴音は、口調すら普段と変わっていて、余程苦手なのだろう事は杏寿郎にも理解できた。
「成る程!琴音にも苦手なものがあったのだな!!」
「いや、そのっ……あはは、は、は……」
「何も恥じる事はないぞ!!琴音は何でも卒なくこなしてしまうからな…少しくらいの弱点があった所で問題はない!!可愛らしいと思えるほどだ!!それに安心するといい!!俺が側にいるからな!!」
そう言って琴音をぎゅっと抱きしめた杏寿郎は、彼女の表情とは裏腹に何故か嬉しそうに笑っていた。
******
その後の琴音の行動は、それはそれは可愛らしかった。
杏寿郎がソファーから立ち上がれば「杏寿郎さん……い、行かないで!」と涙目で訴えてきたり
歯を磨く為、一緒に洗面所へ向かおうとすれば、何故か背中を壁につけてカニ歩きで器用に後ろをついてくる。
なんでも背後に突然幽霊が現れるんじゃないかと怯えての行動らしいが……そんな奇妙な動きでさえ可愛く思ってしまうのだから、愛とは不思議なものである。
だがそこから杏寿郎は味を占めた様に琴音を背中から抱きしめながら行動した。
歯を磨く時も、寝室までの道のりも……
普段なら恥ずかしがってしまう琴音も、今日は大人しく彼の腕の中にいる。
本当は明日はやっと休みなのだから、琴音と甘い夜を過ごすつもりだったのだが、完全に怯えきっている琴音と甘い空気になる筈もなく、
こんなに愛らしい姿を見ることが出来たのだから……と今日は泣く泣く諦める事にした。
一方、そんな杏寿郎の思いなどつゆ知らず……
琴音は今、杏寿郎の腕の中で必死に眠ろうと固く目を瞑っていた。
しかし、どんなに眠らなければと思っていても、先程の映像が脳裏に蘇り、中々眠りにはつけそうもない。
「……杏寿郎さん、まだ起きていますか?」
「ふっ、……ああ、眠れないのか?」
「……はい。どうしてもさっきの映像が頭から離れなくて……」
そう呟いた琴音が、杏寿郎の腕をぎゅっと抱きしめれば、突然むくりと上半身を起き上げた彼は、それはもう高らかに言い放った。
「止むを得ん!!計画変更だ!!」
「……へ?」
……と同時に戸惑う琴音を組み敷いて、杏寿郎は怪しく笑みを浮かべてみせた。
「安心するといい!!琴音が他ごとを考えられない程に、愛してやろう!!」
その言葉を口にするや否や唇を奪われた琴音が、その後杏寿郎に美味しく頂かれたのは言うまでもない。
******
因みに、何故天元が琴音の弱点を知っていたのかは簡単な話で
昔、たまたま合同任務についた際、その手の噂の廃旅館で琴音が醜態を晒した事があったからだ。
勿論、その時は鬼が原因の奇怪現象だった為、ブチギレた琴音が瞬殺で頸を斬り落とした訳だが………
それを知っていて杏寿郎にわざとDVDを貸した彼は、琴音から一週間無視をされるという報いを受けた。
それに耐えきれなかった天元が、次の週、高級チョコレートを琴音に差し入れたのはまた別のお話。
******
最後まで読んで頂きありがとうございます。
……犬鳴村は観ておりませんが、CMに驚かされた記憶が蘇り、このお話で使わせて頂きました。
かくいう管理人のおもちも、ホラーものがてんで駄目でございます。笑っ