第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そうか、君が琴音の…、、はははっ、君だったのか……」
そうか、そうか…と呟いて顔をくしゃりと歪めた琴音の父は、驚き固まる杏寿郎を見つめてその瞳をそっと細めて見せた。
「あの…お義父様………」
「いや、すまない…こんな事があるのかと、思わず声を荒げてしまった」
目元に皺を作りながら此方に視線を移した彼は、戸惑いを隠せずにいる杏寿郎に、先程までと変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。
「君は驚くかもしれないが、………私には前世の記憶というものがある。……ははっ、信じられなくても構わないよ」
「いえ……そうですか、記憶が……」
「やはり、驚かないんだね」
そう言って、何かを納得したように笑みを深めた彼に、杏寿郎はそっと耳を傾けた。
「記憶があると言っても、生まれた時からあった訳じゃない。医者を始めて、その先の病院で妻と出会って結婚して…… 琴音が生まれた時だよ。あの子を手に抱いた瞬間に、沢山の記憶が蘇ってきてね?年甲斐もなく、妻の前で大泣きしてしまったもんさ」
そっと掌に視線を落とした彼は、ぎゅっと両手を抱き込んで……嬉しかった。またこの手に琴音を抱けた事、私達の元に産まれてくれたことが……堪らなく嬉しかったんだと呟いた。
「……妻には記憶がないままだが、私はあの時思い出した。………私は昔、琴音達家族を残して死んでしまった。正直一瞬すぎて何に襲われたのかも理解できないままに、ね……」
そう呟いた彼の言葉に、当時の状況を想像して杏寿郎が顔を歪ませれば、彼は苦笑いを浮かべながら続けてこう言った。
「あれは、鬼というそうだね」
「……っ、何故それを」
「ああ、何で知っているのかはね、単純な話だよ?私がこの病院を始めて少し経った頃、あの当時の顔馴染みが偶々患者としてやってきてね……」
顔を合わせた途端、お互いに驚いてしまったと笑みを浮かべた彼は、その人の名前を〝月島〟だと教えしてくれた。
「……つ、きしま?」
「そうだよ?……彼は、私と妻が亡くなった後、子供達を代わりに育ててくれた言わば恩人だ……だが私に記憶があると知った彼は、何度もすまなかったと頭を下げるばかりでね……あの子達に鬼狩りの道を進ませたのは彼じゃない。誰かに手を貸せるようにと教えた、あの言葉が琴音をそう導いてしまった……私のせいなんだ」
「……それは違う!!琴音は貴方を誇りだと……、自慢の父だと言っていました。だからっ、「ははっ、いいんだよ杏寿郎君。もう過ぎてしまった過去は取り戻せない……私もあの子も、今はもう鬼とは関係のない暮らしをしている。あの子が笑って暮らせているだけで、今は充分なんだよ?」
「そう、ですか……」
「それに月島さんからね、琴音がどのように生きたか聞いてね。……鬼と戦うあの子の側に、寄り添ってくれた青年がいたそうだ……」
彼のその言葉に、あの戦いを……
琴音や沢山の仲間を失った鬼舞辻との大戦を思い出し、杏寿郎は悲痛な表情を浮かべた。
******
あの日、全ての戦いに片はついたが……
その代償はとても大きなものだった。
杏寿郎だけでなく、あの戦いに身を置いた多くの者が、大切な存在を失ったのだ。
ボロボロになった琴音の体を抱き締めても、もう二度とこの目は開く事はない……優しく笑いかけてくれる事もないと思い知った時、杏寿郎の心を包んだのは絶望ただ一色だった。
それからの日々はただ呆然と過ごしていた事を覚えている。
彼女の葬式を行なった時も、
父や千寿郎……
宇髄や、あの戦いから生き抜いた冨岡、不死川が心配して声をかけてくれた時も、
鬼殺隊が解散と知ったあの時も……
杏寿郎の心はあの戦いに囚われたまま……
そんな風に過ごしていたある日、
なんとなく彼女の部屋へと足を踏み入れた杏寿郎は、何かに誘われるように本棚に近づいた。
ずらりと並んだ本に視線をやれば、明らかに手書きの背表紙を見つけ、徐にその本を手に取りページを開く。
そこには、琴音の大好きな甘味処の詳細が書き込まれており、思わず小さく笑みをこぼす。その文字をなぞりながら、ペラペラとページをめくっていけば、はらりと一枚の紙が落ちた。
血が滲むその紙には、彼女の文字とは異なる筆跡で一言『鬼がいない世界で幸せになってほしい』と記されていた。
〝琴音の弟が残した遺言書が、こんな所に挟まっていようとは〟
その紙を拾い上げ、あの時ポロポロと涙を流した琴音を思い出していた……
そんな時。
ふと彼女の言葉が蘇ったのだ。
「私にも大切な人との別れがありました。
胸がズタズタに引き裂かれたようで、訳もわからず気絶するまで泣いてしまった程です。
だから、私にも少し分かるのです。弱い自分から逃げたくなる気持ちも、大切な人の死から目を逸らす気持ちも……
何度悔いてきたのでしょうね。最愛の者を守れない自分に、絶望しているのかも知れませんね。
時間がかかるものなのです……
でも時間がかかっても、寄り添う人に気付く日は必ず来ます。」
あれは酒に溺れる父を思い、琴音が杏寿郎に諭した言葉だったが……
彼女を亡くして、絶望にその瞳を濁して、ただ呆然と過ごしている自身を、あの時の彼女が仕方ないですね……と優しく笑っている姿が浮かんだ。
「…… 琴音」
小さく呟いても、返事をくれる彼女はもういない。
だが、彼女と過ごした日々は今もこうして杏寿郎を支えている。目を瞑れば、いつでも笑いかける琴音が蘇る。
〝……いつまでも腐ったままでは、琴音に笑われてしまうな〟
パタンと閉じた本に視線を移し、小さく息を吐いた杏寿郎は、本を小脇に抱え彼女の部屋を後にした。
それからというもの、少しずつ琴音の死に向き合っていった杏寿郎は、琴音が亡くなって半年程経ったある日、月島という彼女の育てに会いに行ったのだ。
******
「杏寿郎君には、感謝してもし足りないよ……」
そう言って目を細めた琴音の父は、月島から琴音と結婚を誓った青年がいた事、その彼から琴音がどうやって生きたか聞いたと説明した。
「彼からその青年について聞いたのは、琴音を弟子として受け入れて、最後の戦いまであの子を支え続けてくれた事だけ。青年の名前やどんな容姿だったかは聞いてはいないが……
君の言葉を聞いて分かったんだ。
杏寿郎君だったんだね……あの子に、……琴音に寄り添い、支えてくれたのは……」
「いえっ、……俺はっ「杏寿郎君、あの子を愛してくれてありがとう。またあの子を探し出してくれて…… 琴音とまた共に生きると誓ってくれて、本当にありがとう」
「お義父様……」
深く頭を下げて、何度もお礼を口にした琴音の父に、杏寿郎の目頭も熱くなる。
彼は琴音を守れなかった……一緒に戦う事すら出来なかった杏寿郎を責める事もせず、それどころか何度もありがとうと声を震わせて、礼を言う。
その優しい彼の想いに、杏寿郎は小さく呟いた。
「やはり琴音は、お義父様にそっくりですね」と……