番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「琴音さん、好きです。お付き合いして下さい。」
そう言って蝶屋敷の中庭で叫ぶ1人の隊士に、杏寿郎の頬は引き攣っていた。
その隊士の前に向き合う様に立っている彼女は、眉を下げ困った顔をしているのだろう。
〝この様な現場に立ち会うのは何度目だろう〟
杏寿郎はため息を一つ落とし、彼らの元へと歩みを進めるのだった。
******
ことの始まりは昨日の任務明け、鎹鴉の一言から始まった。
昨晩、杏寿郎と琴音は共に合同の任務へと就いていた。
任務も無事に終わり、そろそろ屋敷に帰るという頃、一羽の鎹鴉が飛んできて、救援要請だと慌てた様子で鳴き叫んだ。
その際、鴉が呼んだのは援護が得意な彼女だけだったが、人数が多い方がいいだろうと判断し、杏寿郎も一緒に鴉について行く。
暫く鴉の先導に着いて行けば、小さな寺が見えてきてそこから鬼の気配を感じた。
二人が鴉を追い越すように速度をあげ、寺の入り口を蹴破りその中へ突入すれば、一人の隊士が、今まさに鬼の腕に切り裂かれようとしている所だった。
それを確認した琴音は、一瞬で彼らの間に割り込んで、迫り来る腕を斬り落とした。
それと同時に杏寿郎が振るった刃が、その鬼の頸を討ち取ったのだ。
声かけなしでこのように連携がとれるのも、彼らが師弟関係にあり、お互いが信頼し合っている証拠である。
間一髪のところで助かった隊士は、先程までの恐怖に未だに体を震わせていた。
しかし助けてくれた礼をしなければ、となんとか口を開いて頭を下げた。
「すみません……ありがとうございました。」
その声に、隊士を庇うように背中を向けて立っていた琴音が、くるりと振り返り口を開く。
「大丈夫?」
その声に釣られるように杏寿郎も二人に振り返り、今しがた助けた隊士を見つめれば
恐る恐る顔を上げた隊士は、申し訳無さそうに眉を下げて杏寿郎を伺っていた。
それもそうだろう……。
鬼を一人で対処もできず、救援を呼んでしまった事もそうだが、まさか現れたのが〝柱〟だなんて。
自分の為に、忙しい柱の手を煩わせてしまった……と落ち込む少年隊士に、琴音はふわりと笑いかける。
「そんな事気にしないで?それよりも君が無事でよかったよ」
その際、隊士の腕から血が出ていることに気づいた琴音は、懐から応急処置に必要な道具を取り出して可愛らしく首を傾けた。
「さぁ、応急処置をするから腕を見せてね?」
ニコニコと隊士に笑いかけながら、的確に処置を行なって行く彼女の後ろでは、彼らを見守るようにして、杏寿郎が二人の様子を伺っていた。
先程の鬼の腕を斬り落とした動きも、
的確に処置を行なえる医療技術も、
こうして後輩隊士にも分け隔てなく接することができる優しさも、
杏寿郎にとって琴音は〝自慢の継ぐ子〟なのだ。
だが、チラリと琴音の背中越しに見えた……
顔を赤く染め、だらしなく頬を緩ませ笑う隊士に杏寿郎は静かにため息を落とす。
優しいのはいい事だが、なんだか面白くない。
〝その笑顔は自分だけに向けて欲しい〟
そんな独占欲がチラチラと顔を出し、杏寿郎は二人から静かに視線を逸らすのだった。
******
その後、怪我を負った隊士を蝶屋敷へと送り届け、杏寿郎達も煉獄家へと無事に帰ってきたのだが……
昼過ぎ頃に、琴音の元へ再び鴉が飛んできた。
昨晩とは違う鴉で、どこか見覚えのあるその鴉は、どうやら杏寿郎の同僚のしのぶの鴉のようだった。
鎹鴉は近くの木に降り立つや否や、羽を広げ興奮したように口を開いた。
「虎屋 餡巻キ 調達成功、成功〜!!食ベタカッタラ蝶屋敷マデ来イ!シノブガ 待ッテル〜!」
鴉からの伝言を聞いた琴音は、目を輝かせて杏寿郎にガバリと視線を移す。
口を開く前から〝行きたい〟と顔に書いてあるのがまる分かりの琴音に、杏寿郎は豪快に噴き出した。
その後も暫く笑い続けた杏寿郎は、漸く笑いが収まるとスクッとその場に立ち上がり、琴音に向かって口を開いた。
「俺も胡蝶に用があったのを思い出した!!一緒に行かないか?」
その一言にパァと表情を明るくさせた琴音は、勿論、その申し出に嬉しそうに頷いたのだった。
******
杏寿郎達が蝶屋敷につけば、しのぶから聞いていたのだろう、屋敷の娘に声をかけられた。
「しのぶ様を呼んでくるので、縁側でお待ちください」
その言葉に頷いた琴音達は、屋敷の入り口から庭側へと回り、仲良く二人で縁側へと腰掛けた。
しのぶを並んで待つ間、興奮気味の彼女から虎屋の餡巻きは早朝から並ばなければ買えないのだと説明を受けた杏寿郎は、それはもうご機嫌であった。
こうしてニコニコと笑う彼女の笑顔は、日頃の疲れすら吹き飛ばす程で、
そんな彼女と過ごす、このひと時が杏寿郎の癒しの時間となっていたからだ。
「虎屋の餡巻き、楽しみだな〜」
「ハハハ!!琴音は本当に甘いものに目がないなっ!!」
だがそんな楽しい時間も、彼女の一言で終わりを告げる。
「あ、矢嶋君だ〜」
おーい。と駆け出して行った琴音は、どうやら昨日の隊士を見つけたようだ。
もともと、援護を得意とする彼女は、こうして後輩隊士と組む事が多い。名前を知っていたことからしても、元々顔馴染みだったのだろう。
そんな二人を杏寿郎が眺めていれば、琴音の声に嬉しそうに返事を返した隊士は、どうやら彼女しか見えてないようで……此方には全く気づいていないようだった。
それがやはり面白くなくて、杏寿郎が腕を組んで顔を顰めていれば、隊士の大きな声が聞こえてきた。
「琴音さん、好きです。お付き合いして下さい。」
緊張していたのだろう。
此方にまで聞こえるほどに、張り上げられたその声に、自身の顔が引き攣っていくのが分かった。
それと同時にドス黒い感情が心を支配して、気づけば少年隊士に向かって、杏寿郎は歩き出していた。
後ろ姿しか見えないから、琴音の表情は伺えないが……きっと眉を下げ困った顔をしているに違いない。
「ありがとう。でも、その気持ちには答えられないの……ごめんね?」
その証拠に、彼らのすぐ後ろまで歩みを進めていた杏寿郎の耳にも、しっかり彼女の声は届いていた。
その言葉を聞いて安心したように息を吐いた杏寿郎だが、未だに苛立ちは収まらない。
その感情にまかせるように、彼女の言葉を遮る程の勢いで杏寿郎は大きな声を上げた。
「恋にうつつを抜かす前に、君はもっと強くなるべきだ!!昨日の鬼如き倒せなければ、柱への道は程遠いぞ!!」
そう言い放った杏寿郎は、心なしかいつもより眉を釣り上げ、目を見開き、迫力があるような気がした。
それには隊士は慌ててアワアワと口を開くが
「俺なんかが、柱を目指すなんて恐れ多いですから」
「だが安心するといい!君にはみっちりと俺が稽古をつけてやろう!!」
杏寿郎は更に目を見開いて、その隊士に詰め寄った。
ひぃぃぃい〜と悲鳴をあげて、何故か謝り始めた隊士と
ハハハと笑い声をあげているのに、何故か真顔の杏寿郎を
彼女は首を傾げて見つめていた。だが
〝師範は後輩思いの優しいところがあるからな〟
と一人納得し、これからお目にかかれる虎屋の餡巻きを思い浮かべて、琴音は一人頬を緩めた。
******
そんな三人を遠目に見ていたしのぶは、クスリと笑みを深くする。
「あらあら、知らない間に番犬がついていたなんて」
餡巻きをお盆にのせてそう呟いたしのぶは、
これからあの隊士に降りかかる災難を思い、こっそり苦笑いを浮かべるのだった。