第五章
夢小説設定
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はい、そこまで
カリカリとペンを走らせる音だけが鳴り響く空間に、琴音の凛とした声がかかる。
「後ろの人から回答用紙を前に回してね」
その一言に、教室内はどっと賑わいを増す。
「どうだった?」
「俺、絶対やべー!」
「ふふんっ!!私、結構出来た気がする」
「嘘っ!すご〜い」
その緊張感から解放された生徒達は、皆口々にテストの感想を口にする。
それを横目に、皆から集められた用紙をトン、トンと一纏めにした琴音は、ふわりと微笑んだ。
「これで期末テストの科目は全部終わりだよ。皆、お疲れ様〜。今日はゆっくり休んでね?」
そう言って手元の用紙の束に視線を落とした琴音は、ふうと人知れず息を吐いた。
******
夏休みを目前に控えたこの時期は、期末試験に生徒も教師も大忙しである。
学生だった頃は必死に出題範囲の勉強に明け暮れていたが、教師になればテストを作成するだけでなく、テストの採点。更には赤点を取った生徒への追試と……気苦労は倍増する。
そしてそれは勿論、琴音にも同様に言える話である。
テスト用紙を抱えて歩く彼女には、これから莫大な量のテストを採点するという業務が待ち構えている訳である。
疲れていない、といえば嘘になるが……
午前授業でこれから下校する生徒達の賑やかな声を聞きながら、琴音は一人小さく笑みをこぼす。
『夏休みに入ったら新居を探しに行くとしよう!!だが、その前に琴音のご両親にもご挨拶に行こう!!』
先日、彼から言われた言葉を思い出し、一人気合いを入れ直した琴音は、意気揚々と廊下を早足で進むのだった。
******
あの、ストーカー騒ぎから二週間…
琴音の日常には平穏が戻っていた。
共に暮らすようになってから、出勤する時は勿論、帰り道だって琴音の隣にはいつも当たり前のように杏寿郎がいるようになっていた。
そして家へと帰り着けば、当たり前のように〝おかえりなさい〟と彼の家族は琴音に優しく声をかけてくれる。
皆で瑠火が作った夕飯を食べ、
うまい!と大声を出す杏寿郎にクスクスと笑いながら相槌を打つ。
食後には千寿郎と並んで食器を片付け、
ちびちびと晩酌を楽しむ愼寿郎に寄り添う瑠火の姿に笑みを漏らす。
当たり前のように、そばにいて自分を支えてくれた煉獄家の皆に、どれだけ不安な心が救われたのかと感謝しかない。
だが、ストーカーの犯人も捕まった事だし、
アパートだって荷物を置いたままで、家賃だけを払い続けるのは勿体無い……
そろそろ、引っ越し先を探し始めるべきだろう。
本当の家族のように迎えいれてくれたこの暖かな場所から、また一人暮らしに戻ると考えると、少し寂しさはあるけれど…… いつまでも甘えているだけではいられない。
そう思った琴音が意を決して杏寿郎にその思いを打ち明ければ、彼はさも当前のように言いのけた。
「うむ、琴音の気持ちは分かった。……では、そろそろ二人で住む新居を探すとしよう!!」
「え、あれ?」
「む?よもや……俺が一緒に暮らしたいと言った事、忘れていたのか?」
「いえ、そうじゃないですが……例の一件でなんだかバタバタとしてしまったので……杏寿郎さんにこれ以上迷惑をかけてしまっていいものかと……」
「迷惑ではないから安心してくれ!!それにあんな事があったんだ、琴音を一人にさせる訳ないだろう?」
「ふふ、ありがとうございます。……実は、引っ越しするとは言ったものの、杏寿郎さんと離れるのは、少し寂しくて……」
そう言って頬を染めた琴音は、これから宜しくお願いします、と嬉しそうに目を細めた。
それに、同じように頬を染めた杏寿郎は彼女の耳元にそっと口を寄せて小さな声で囁いた。
「俺もそろそろ我慢の限界だ。同じ屋敷に暮らしていて、琴音に手を出せないとは……こんなにも辛いとは思わなかった。早く一緒に暮らしたい」
「もう、杏寿郎さんたらっ!」
流石に彼の家に上がり込んでいる状況では、触れる事はおろか、部屋だって別々で寝ていた琴音には、杏寿郎の気苦労は計り知れない。
一つ同じ屋根の下にいて、四六時中一緒にいるからこそ、色々と欲求が溜まっている、らしい……
そんな事を言われて顔を真っ赤に染めた琴音に「そんな顔はよしてくれ……」と杏寿郎が大きなため息を落としたのは、つい三日前の出来事である。
******
チョコレートを一粒口に入れては、忙しなく手を動かす琴音に、目の前に座る実弥は呆気に取られた。
「おいおい、気合い入ってんじゃねェか?なんかいい事でもあったのかァ?」
その一言にぴたっと動きを止めた琴音が、実弥を見つめて首を傾げた。
「いい事、ですか?」
「あ?えらく機嫌がいいだろうがァ……違うのかァ?」
そう言って眉間に皺を寄せた実弥に、琴音は少し前にもこんな会話をしたな〜と思い出して、クスリと笑った。
隣からは天元が、なんだなんだ?俺も混ぜろ!なんて覗き込んでくるものだから、琴音は楽しそうに笑い声をあげる。
「ふふっ、内緒です!」
そう言って微笑んだ琴音は、チラリと実弥の後ろを盗み見る。そこには生徒の回答に、むむ!と反応を見せながら、採点をする杏寿郎の後ろ姿があり、その揺れる炎色の髪に自然と口元に弧を描く。
それに目敏く気付いた天元は、ふ〜〜んと口角を上げながら再び自分のデスクへと視線を戻した。
ーー夏休みは、もう目前である