第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「杏寿郎さん………助けてっ、」
震える声で必死にそう呟いた琴音に、杏寿郎は彼女を安心させるように優しく笑いかけた。
「勿論だ。……大丈夫、俺が君の側にいる」
「っ、……」
そして今にも泣き出しそうな琴音の手を取り、とりあえず彼女のアパートへと歩き出した。
先を歩く杏寿郎がチラリと後ろに目をやれば、ここからなら5分程度でアパートへと辿り着くだろうという距離なのに、手を引かれ歩く琴音は終始、怯えた様に辺りをキョロキョロと伺っていた。
先程の男性とのやり取りこそ聞こえてはいないが、恐怖に顔を歪ませた琴音の姿と、あのポストから溢れんばかりに詰め込まれた封筒……
もしかしたら、あの男に付き纏われているのかもしれない。
そんな最悪な予感が脳裏によぎり、杏寿郎は眉間に皺を寄せた。
******
とりあえずポストを素通りして、琴音の部屋へと辿り着いた杏寿郎は、震える琴音の手から鍵を受け取り、部屋の中へと足を踏み入れた。
だが以前一度だけ訪れた時より、幾分か荒れた様子の部屋に杏寿郎は思わず眉を下げた。
昔と変わらず大量の本に囲まれた彼女の部屋は、それでいて綺麗に整頓されていた筈だが……
机には、読み漁ったままの本が数冊乱雑に置かれているし、今日は天気も良かった筈なのに部屋の隅には洗濯物も干されている。
そしてこの部屋で一番異彩を放っていたのは、ゴミ箱から溢れかえっている封筒の山だった。
「……すみません、散らかってて」
「いや、そんなことは気にしなくていい。」
小さな声で呟いた琴音に視線を移した杏寿郎は、彼女の顔を見つめてそっと手を伸ばす。
優しい手つきで頬に触れ、指先で目の下に出来た隈を撫でながら真剣な顔で問いかけた。
「そんなことより、君をそこまで追い詰めたものはなんだ?こんなに隈を作って……眠れているのか?」
「………っ、」
その問いかけに、睫毛を震わせた琴音に杏寿郎は再び口を開く。
「大方の予想はついているが……先程の男と関係があるのだろう?」
「そ、れは……」
そう言って目をぎゅっと瞑った琴音は、意を決した様にぽつり、ぽつりと話し出した。
「……彼かは分からないんですがっ、……先日ポストに封筒が入れられていたんですっ、その中に盗撮された私の写真や手紙が入っていて……無言電話も何十件と、かかってくるようになって……っ、」
「それで電話の電源を切っていたのか…………いつ頃からそれは始まったのか覚えているか?」
「……月曜日です……その日から毎日封筒も、電話も増えてきてて………っ、でもどうしたらいいか分からなくて」
声を震わせながら琴音が状況を説明すれば、杏寿郎は彼女をそっと抱きしめて、小さくため息を一つ落とした。
「……そうか、気づいてやれなくてすまなかった」
「いえ!杏寿郎さんは何も悪くな「……琴音」
そんな杏寿郎の呟きに琴音が勢いよく顔を上げれば、真剣な眼差しで名前を呼ばれて動きを止めた。
「何故、相談しなかった?」
「……それはっ、」
「俺はそんなに信用がないのか?」
「ちがっ、「それとも、俺が知らないだけで君は今世でも、武術に優れているのだろうか?」
「………」
「それか何か既に策があって、自分一人でも解決できると思っていたのか?」
「………いえ、」
罰が悪そうに目を逸らした琴音に、杏寿郎はふっと小さく笑ってみせた。
「すまない。君を叱るつもりではなかったのだが……どうにも琴音は、一人でなんでも抱え込む悪い癖があるからな」
そう言って眉を下げた杏寿郎は、琴音の顔を覗き込み、静かに言葉を落としていく。
「もう琴音を失うのは御免だ……言っただろう?今度こそ俺が君の笑顔を守る、と」
「でも、……杏寿郎さんまでっ、危険に晒すかもしれない……」
「大丈夫だ、俺が必ず琴音を守る!琴音の側にいる!!だから、……少しは俺を頼ってくれないか?」
そうやって笑いかけた杏寿郎に、琴音は何度も首を縦に振った。
******
それから暫く琴音を抱きしめていた杏寿郎だったが、彼女を漸く離したと同時に杏寿郎は口を開いた。
「では、数日分の着替えと必要そうなものを準備してくれ!!」
「……準備、って……何処か行くんですか?」
「む?この家にはもういられないだろう?近いうちに引っ越しをするとして……とりあえず今日は煉獄家に向かうつもりだが……駄目だっただろうか?」
「駄目っていうか……いや、駄目ではないんですが」
あまりに突然の展開に、琴音がオロオロし始めれば杏寿郎は呆れた様に口を開く。
「……頼ってくれるんだろう?」
その一言にピタリと動きを止めた琴音に、杏寿郎は優しく笑いかける。
「大丈夫だ!父も、母も、千寿郎も、 琴音の事を歓迎してくれる!!」
「そう言うことじゃ……」
「むう。俺は琴音と一緒にいたいのだが、駄目か?」
なんとも狡い問いかけに、う……と小さく声を漏らして固まった琴音は、少し視線を泳がせたのち、観念した様に頷いた。
「……すみません、お世話になります。」
「うむ!勿論だ!!では、早速準備をしてきなさい」
そう言って琴音に笑いかけた杏寿郎は、琴音が服を詰める為慌てて部屋の奥へ姿を消すのを見送って、大きなため息をついた。
「……守る、か。琴音があんなに怯えている事にすら気づけていなかったなんてな……不甲斐ないな」
ぽつりと独り言を呟いた杏寿郎は、徐にゴミ箱から封筒を取り出し、写真や狂気じみた手紙の数々にそっと目を通す。
『その男を選ぶなんて許さない』『いつも君を見ているよ』『すぐに迎えにいくよ、待っててね』『早く俺を見てくれ』
こんな手紙を目にして、琴音はどれほど怖かった事だろう。
そっと手にした写真には、部屋着姿の明らかに盗撮された様なものもあり、これが怖くてカーテンすらも開けられなかったのかと、写真を持つ手が怒りで震える。
それから数枚の写真には琴音の他に、違う男性が写り込む様なものもあった。そのどれもが男性の顔を塗りつぶしたり、何かでズタズタに刻みつけられており、その中には杏寿郎のものも確認できた。
〝これを見たから、相談が出来なかったのか……昔から人一倍、周りを気遣って自分の気持ちを押し殺すところがあるからな……〟
杏寿郎は眉間に皺を寄せながら、それらに一通り目を通す。
どれもこれも琴音の恐怖心を煽るものばかり……
そしてそのどこにも、犯人を特定できるようなものがない。それがまた気持ち悪いところだが……
あの男……
琴音の耳元で何か囁いた後の、あの挑発的な目……
〝琴音は絶対渡さない……必ず守る……っ、〟
杏寿郎は拳を強く握りしめた。