番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
毎年春とは、胸躍らせる季節である。
新しい学校、新しいクラスに、新しい友達。
「わあっ!また同じクラスだね〜」
「本当だっ!やったぁ〜!!」
きゃあきゃあと賑わう一角は、クラス表を見に来た生徒達でごった返していた。
だが、そんな素敵な出会いに舞い上がるのは、何も学生だけではない。
彼らに教鞭を取る杏寿郎もまた、春という季節に思いを馳せて、今年も名簿に食い入る様に目を通す。
「……… 琴音の名前はない、か………いったい何処にいるんだ、琴音」
そう小さく呟いた杏寿郎は、寂しそうに目を伏せた。
******
時は流れ、4月も終わりを迎える週末。
やっと生徒達も学園に慣れてきて、ほっと肩を撫で下ろす。そんな教師達の輪の中、杏寿郎は今年もどんよりと一人肩を落としていた。
「おいおい、煉獄〜!元気ねェな〜!!今日の飲み会で派手に騒ごうぜっ!!」
そんな杏寿郎の肩に腕を回した天元は、ニヤリと笑って体重をかけてきた。
「むう。そんな事はないのだが……それよりも宇髄、先程の話だが」
「ああ、あれな!!とある筋からの情報なんだが、不祥事を起こした奴が連休明けにこの学園にやって来るらしいぜ?」
「………成る程」
そう言って、腕を組み考え込んだ杏寿郎は、人知れず小さくため息を落とすのだった。
毎年春が来る度、杏寿郎の周りには昔の顔馴染みが増えていった。
ある時には、同級生として……
またある時には、同じ職場の同僚として……
そして最近では、生徒として……
再会を果たす者たちが数多くいた。
そうやって顔馴染みが増えていく中で、杏寿郎は毎年彼女を探して一喜一憂を繰り返している。
春が来れば自然と心が高揚し、無意識に心が彼女を求めた。だがそうやって期待する度〝また出会えなかった〟と落ち込む日々。
そんな彼の心情を理解している同僚達は、毎年この時期になると、杏寿郎を気遣って呑み会と称した彼を励ます機会を作っていた。
それを杏寿郎も分かっているからこそ、乗り気にもなれない感情を押し殺し、今年も飲み会に参加するのだ。
〝不祥事を起こすような者が彼女の筈もないな……… 琴音、何処にいるんだっ、まさか彼女は生まれ変わっていないのだろうか……〟
そんな事を思いながら、杏寿郎は天元の話に相槌を打つ。
「今日の飲み会は、派手に楽しくなりそうだな!!」
「ああ、……楽しみにしている」
……だから、まさかその先で最愛の彼女と出会うなんて、杏寿郎は全く予想もしていなかった。
******
「酒に呑まれるなんて、まだまだコイツもひよっこだな!煉獄、コイツどうするよ?」
天元がそう口にするや否や、ハッと我に帰った杏寿郎は琴音を天元の腕の中から奪い取る。
そして大事そうに抱きしめなおした後、自身の財布を引っ掴み、中から紙幣を取り出した。
「これで足りるか分からんが……足りない分は立て替えておいてくれ!!」
「送り狼になるなよ、……煉獄先生?」
「…………では、お先に失礼する!」
杏寿郎はそう言い放ち、ゲラゲラと笑う天元の声を聞きながら個室の襖を静かに閉めた。そして、廊下から店主の男性にタクシーを呼ぶ様に伝え、優しく彼女に話しかけた。
「琴音、家は何処だろうか……?」
「……ん〜〜っ、あっち。」
酔っ払いに訪ねた杏寿郎が悪いのだが、子供の様なうわごとを口にした琴音に、杏寿郎は小さく笑みを落とす。
「あっちでは分からないからな、今日は家に泊まるといい!!」
そう言って笑いかけても、彼女からはうーん、と唸る様な返答しか返ってこないが、杏寿郎はそれを肯定ととって笑みを深めた。
「兄ちゃん、タクシー来たってよ!」
「うむ、すまない!!助かった!!」
琴音を再び抱きかかえ直した杏寿郎に店主の男は豪快に笑った。
「兄ちゃん、送り狼になるなよ!!」
図らずも天元と同じ台詞を口にする店主に、杏寿郎はなんとも言えない表情を浮かべて口を開く。
「………世話になったな。」
******
タクシーに乗り込み自宅へと向かった杏寿郎は、自宅に帰り着くなり玄関で大声を上げた。
「父上、母上、千寿郎〜っ!!」
いきなり響いた杏寿郎の声に、バタバタと足音を立てながら千寿郎が奥から駆けてきた。
そして、兄の姿を捉えるや否や、驚いた様に声を上げた。
「兄上っ、どうされたんですか!?……その方は?」
飲み会で遅くなると言っていた兄が、ぐったりとした女性を連れ帰ってきたのだ。驚くのは当たり前である。
だが、そんな千寿郎の様子に全く気づく事もなく、杏寿郎はニコニコと笑みを浮かべた。
「千寿郎もよく知る女性だ!!」
「………よく知る?」
そう言って首を傾げた千寿郎の元に、愼寿郎と瑠火も遅れて顔を出す。
「杏寿郎、何事ですか?」
声をかけた母だけでなく、父まで杏寿郎の慌ただしい様子を咎める様に見下ろした。
そんな家族の様子を気に留めることもなく、いや寧ろ更に声を荒げて、興奮気味に杏寿郎は口を開いた。
「琴音だ!!」
たった一言、
それだけを口にした杏寿郎に、その場にいた者は皆首を傾げた。
そんな一同に分かるように、自身の腕の中でスヤスヤと眠る琴音をずずと皆の前に出し、もう一度彼女の名前を大声で叫んだ。
「琴音だ!!」
それには彼女を知る愼寿郎も千寿郎も、話だけ聞いていた瑠火さえも驚き動きを止めたのだが……
何故この様な状況なのか、上機嫌で彼女を抱える杏寿郎からは一向に説明はない。
それに、いち早く思考を再開させた愼寿郎が、戸惑いながらも口を開いた。
「……で、何故この娘はお前に抱かれているんだ?」
「よくぞ、聞いてくださいました!!」
その一言を聞いた瞬間、もうペラペラと杏寿郎の口は動き出した。
毎年、この時期になると、落ち込む自分を気遣って皆が飲み会を開いてくれていたこと。
乗り気ではなかったが、今年もその季節となり飲み会に参加する予定だったこと。
だがその先で、思いがけず彼女に出会えたこと。
ペラペラと止まらないその口は、聞いてもいない事まで説明し出す。
やけ酒をしていた彼女は、今日の朝、勤め先で理不尽な出来事があったらしい。
それに伴って、勤め先が変わると言うが……なんとそれが〝きめつ学園〟とのこと。
探し続けていた琴音もまた、きめつ学園の教師として連休明けから働くことになったのだ。
まぁ、そんな経緯で再開を果たした時には、彼女は既にかなり酔いが回っている状態だった、と。
そして、そこから杏寿郎の声は弾み出す。
「久々に会った琴音は随分と可愛らしくてな!!俺に恋人がいると勘違いしていた様で、必死に涙を堪えながら、俺の事を褒めちぎってくれてな!!」
「そ、そうか……」
「……よ、良かったですね、兄上」
余りの勢いに声をかけた愼寿郎も、兄思いの千寿郎さえも若干引き気味である。
「うむ!!……宇髄に抱きついて寝てしまったのは如何なものかと思ったが……
それ程までに彼女も「杏寿郎」」
そんな彼らを眺めていた瑠火が、静かに杏寿郎に声をかける。
「話は分かりました。杏寿郎、とりあえず家に入りなさい。琴音さんを早く寝かせてあげたらどうですか?」
「ああ、そうでした!!」
そう言ってバタバタと靴を脱ぎ、漸く上がり框へと杏寿郎は足を伸ばした。
「千寿郎、すまないが手伝ってくれ!!」
「は、はい!!」
そう言って、慌ただしく廊下を進む杏寿郎の背中を、千寿郎も追いかけ、歩き出す。
「……杏寿郎」
だが、そこで再び瑠火が声をかけた為、兄弟二人は振り返る。
「なんでしょう、母上?」
「杏寿郎………まさかとは思いますが、貴方、琴音さんを自室に寝かすつもりではないですか?」
「…………っ!!」
「どうなんですか、杏寿郎?」
母の一言に、目を見開いて動きを止めた杏寿郎に、瑠火はひとつため息を吐いた。
「杏寿郎……嬉しいのは分かりますが、彼女は酔いが回って眠ってしまっているのですよ?そんな女性を、部屋へ連れ込むような息子に育てた覚えはありません」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に、杏寿郎はあからさまに眉を下げ、視線を泳がせた。
「……千寿郎………では、客間に布団を引くのを手伝ってくれるか?」
「あ、………はい。」
だが、母の言う事は最もなのでがくりと肩を落としながら、杏寿郎は客間の方向へと廊下の角を曲がって行った。
その背中を見つめていた瑠火は、ふっと小さく笑みを溢す。
「あんなに楽しそうな杏寿郎は、初めて見ました」
「……
「………そうですか」
腕を組みながら呆れたように笑った愼寿郎に、瑠火は静かに目を閉じた。
******
愼寿郎から聞いた昔の話では、瑠火の亡き後、杏寿郎はそれは必死に鍛錬を重ね、約束を果たすべく柱の地位まで上り詰めた。
その頃の愼寿郎は酒に溺れ、支えるべき息子達に暴言を吐き散らす……そんなどうしようもない父親だった、と。
それでも杏寿郎は弱音も吐かず、たった一人で弟を支えた。とても立派な息子だ、とも。
『だが、時折見せる杏寿郎の寂しそうな表情を今でも忘れる事はできない……
そんな時だ。杏寿郎があの娘を継ぐ子にすると連れてきたのは』
そう言って静かに目を閉じた愼寿郎が、笑みを浮かべながら口にした、あの日の言葉を思い出す。
『あの娘…… 琴音には、感謝しているんだ。杏寿郎だけじゃない。千寿郎も……恥ずかしい話だが、私もあの娘に救われてな。……杏寿郎と未来を共に生きたいと笑って言ってくれた彼女を、今でも本当の家族のように思っている。……できれば今世でも、杏寿郎と……なんて願ってしまうが……君にも彼女を会わせてやりたいものだな』
あの時の穏やかな愼寿郎の表情を思い出し、瑠火はふふっ、と笑みを浮かべた。
「あの様子では、杏寿郎はきっと夕飯を食べていないのでしょうね。」
それに大きく頷いた愼寿郎は、苦笑いを浮かべながら呟いた。
「………それどころでは無さそうだったからな」
「ふふっ。では、後で何か持っていきます。きっと彼女の側を当分離れる事はないでしょうから」
「そうだな」
そう言って、取り乱した先ほどの息子を思い出し、愼寿郎と瑠火はクスクスと笑い声を上げるのだった。
******
けいこ様リクエストありがとうございました。
〝酔っ払った主人公ちゃんを杏寿郎の家に連れ帰った夜の年甲斐もなく浮かれている杏寿郎や煉獄家の反応のお話が気になります。
番外編とかにはならないですかね??〟
と言うことで、あの日の浮かれる杏寿郎さんのお話でした。
けいこ様楽しんでいただけたでしょうか?
まだもう少し長編も続く予定ですので、更新を楽しみにして頂けると幸いです。
2021/08/29 おもち