第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まず目に入るのは、一面に広がる広大な海。
それから、落ち着いた雰囲気の広い部屋と外のバルコニーについた露天風呂に、琴音は思わず息を呑んだ。
そんな彼女の横で、嬉しそうに目を細めた杏寿郎は明るい声で呟いた。
「うむ、この部屋にして正解だったな」
それに対し、琴音は困ったように眉を下げる。
「杏寿郎さん………この部屋高かったんじゃないですか?やっぱり私払いますよ」
「ははっ、そんな事はないさっ!それにこういう事は男に格好をつけさせるものだろう?」
「………もう、そんなことばかり言って!これじゃあ誰のお祝いなのか分かりませんよ」
「だから言っただろう?今日は俺の我儘に付き合って貰うと!!……それとも、琴音は今日一日楽しくはなかったのか?」
「うぅ〜……そんな訳ないじゃないですか。私の気持ちなんてお見通しの癖に」
頬を赤く染めて拗ねたように返事をした琴音に、杏寿郎はワハハと高らかに笑い声を上げた。
「ならば、とりあえずそんな事は忘れて温泉にでも浸かりに行こう!!ああ、それとも…」
一緒に入るか?
琴音の耳元にわざと近づいてそう囁いた杏寿郎は、固まる琴音の手から鞄をスルリと奪い去り、部屋の奥へと入って行った。
〝どうしようっ、心臓がもたない………〟
琴音は彼の背中を眺めながら、引き攣った笑みを浮かべるのだった。
******
大浴場の湯船に浸かり、小さくため息をついた琴音は先程の杏寿郎の言葉を思い出し頬を染めた。
〝泊まりって事は……、キス以上もするって事だよね……〟
はあ……、今度は打って変わったような、思い詰めた表情を浮かべ、再びため息をついた。
何故彼女がここまで緊張した表情を浮かべているのか。その理由は至極簡単。
琴音は今世で、そういった経験がまるっきりないのだ。
勿論、琴音だって過去に彼氏くらいはいた事がある。
まだ学生だった頃。
気になる男の子から告白をされて付き合って
でも手を繋いだりキスをしたりすると途端に違和感を感じて別れを切り出してしまっていたのだ。
だが記憶を取り戻してからは、その違和感の答えがクリアになった。
声が大きい人、
ご飯を美味しそうに食べる人、
明るく良く笑う人、
今まで付き合った人は全て杏寿郎に何処かしら似ていて……でもやっぱり彼とは全然違って。
そうやって無意識のうちに心が彼を求めていたと気づいてからは、もう恋愛はぱったりだった。
23歳を迎えてまだ未経験だなんて……
杏寿郎に引かれてしまうのではないか。
一人で考え込んでいれば、そんな不安が彼女の心を支配していく。
そこまで考えてブンブンと首を振った琴音は、ため息を一つ落として静かに脱衣場へと戻って行った。
******
「あの人かっこよかったね〜」
「ね〜。彼女とかと来てるのかな〜?」
そんな風に雑談を交わす女性客を横目に、着替えを済ませた琴音が大浴場を後にすれば、入り口付近の壁に腕を組んで凭れかかる杏寿郎の姿が目に入る。
浴衣姿で普段後ろに結っている髪を下ろした彼は、普段よりも大人の色気が感じられて……
先程の女性客の話は彼の事だったのかと、琴音は思わず眉を下げた。
「杏寿郎さん、お待たせしてしまいしたか?すみません」
「いや、俺も今出てきた所だ。いい湯だったな!!」
そう言ってさりげなく腕を出してエスコートする杏寿郎に、琴音は遠慮がちに腕を絡ませた。
チラリと見上げれば、それに気づいた杏寿郎に微笑みかけられ、キュンと胸が締め付けられる。
本当は自分が彼を喜ばせるつもりで出かけようと声をかけたのに、気づけば楽しんでいるのは自分ばかりのようで……スマートに何でもこなす彼に、益々焦りを感じてしまう。
……たった2歳しか変わらない筈なのに、彼から感じる大人の余裕は何なのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていれば、あっという間に部屋に辿り着いていた。
******
部屋に戻り、少し雑談をして
そうこうしていれば、部屋に夕食が運ばれてきて
それを二人で一緒に食べた。
それが食べ終わると、琴音は自身の鞄の中から紙袋を取り出し、杏寿郎にそっと手渡した。
「杏寿郎さん、お誕生日おめでとうございます。これ大したものではないんですが、よかったら使って下さい」
「ありがとう!!中を見てもいいだろうか?」
それに頷いた琴音を確認して、包みを開ければ赤いネクタイとゴールドのピンが入っていた。
杏寿郎が普段使っているのはネイビーのネクタイにシルバーのピン。大人の落ち着いた雰囲気があるそれも、とても彼に似合っているのだが
「杏寿郎さんの色だなって、思って……思わず買ってしまいました」
少し派手すぎますか?そう言って眉を下げた琴音に、杏寿郎はネクタイを取り出し、首元に当て「似合うだろうか?」と笑って見せた。
その行動に嬉しそうに頬を染めた琴音が頷けば、杏寿郎も嬉しそうに口を開く。
「ありがとう!!とても気に入った!!早速、休み明けから使わせて貰おう!!」
「はい、是非使って下さい。それに、とっても似合ってます。」
気に入って貰えてよかったと、ほっと息を吐いた琴音に、杏寿郎はそっと手を伸ばす。
「琴音」
手を包み込み、優しく名前を呼ぶ杏寿郎に目を向ければ、此方を見つめる真剣な瞳に琴音は思わず動きを止めた。
「俺には、後一つどうしても叶えたい約束があるんだ」
「……約、束?」
「ああ、昔はどんなに願っても叶えられなかったが……」
そう言ってゆっくりと包み込み込んでいた手を離した杏寿郎は、机の下から何やら取り出し、それを琴音の手元へとそっと差し出した。
琴音がそれを確認して目を見開くのと同時に、杏寿郎は再び口を開く。
「琴音、俺と結婚してほしい」
震える手で差し出されたケースを受け取れば、中にはダイヤがあしらわれた指輪が入っていた。
一瞬驚きで動きを止めた琴音だったが、その意味を理解して瞳に溢れんばかりの涙を溜めた。
「………っはい、」
何度も首を縦に振ってはいるが、感情が込み上げてそれ以上言葉を繋げられない琴音に、杏寿郎はふっ、と笑みを漏らす。
そして徐に琴音の手からケースを受け取り指輪を手にした杏寿郎は、そっと琴音の右手の薬指にそれをはめてやる。
「うむ!ピッタリだな!!」
「ど、どうして…?」
サイズがピッタリな指輪に琴音が驚いて彼を見上げれば、杏寿郎は、ん?と片眉を上げて見せた。
実は琴音と出会った日に、酔って眠った琴音の指のサイズを測っていた事や、
ゴールデンウィークの休み中に婚約指輪を用意していた事。
更には渡すタイミングを掴めず四苦八苦している時に、今回の休みを提案され、決行に至った事など
到底説明するような事ではないな、そう思った杏寿郎はその質問に答える事なく曖昧に笑った。
暫く呆然と杏寿郎を見つめていた琴音は、漸く指輪に視線を落とした。それから、そっと左手でそれを撫でながら小さな声で呟いた。
「杏寿郎さん狡いです」
「むう、狡いとは何のことだ?」
随分と小さな呟きだったが、それをしっかり聞いていた杏寿郎は、不思議そうに首を傾げた。
そんな彼に、だって……と続けた琴音は拗ねたように口を開いた。
「杏寿郎さんのお誕生日だって言ったのに、私ばっかり喜んで……なんてことない顔して、こんな素敵な指輪まで用意して……なんか狡い」
そう言って恥ずかしそうに目を逸らした琴音に、杏寿郎は思わずくつくつと笑い声を上げ、そうでもないさ、と口を開いた。
「なんて事ないなんて……そんな風に見えていたのなら、訂正しておこう。今日の琴音はとても可愛いらしかった。いつもと違う髪型も、服装も、俺に向ける可愛い笑顔も……その全てに胸が高まった」
頬を染め、遠慮がちに視線を上げた琴音の頬に杏寿郎はそっと右手を伸ばす。
「指輪だっていつ渡したらいいか分からず、夕食が運ばれる前から机の下に隠しながらタイミングを伺っていたくらいだ」
「えっ?そんな前から?」
それには琴音もキョトンとした顔をしていたが、苦笑いを浮かべながら杏寿郎は言葉を続けた。
「それに君に返事を貰うまでは、受け入れてもらえるか不安で一杯だったんだ。だから琴音が頷いてくれて、心底安心した。……今度こそ俺が君の笑顔を守ってみせる」
「……杏寿郎さん」
彼のあまりに可愛らしい告白に、琴音は思わず眉を下げた。
今日一日浮かれていたのは、彼も同じだったのだ。
そう気づいた琴音が、ふふ、と小さく笑みを落とせば、杏寿郎にふわりと抱きしめられる。
突然の抱擁に驚く琴音に
「だから琴音の全てを俺にくれないか?」
そう言って言葉を落とした杏寿郎は、彼女の唇に優しい口付けを落としていった。