第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ベッドの上に並べられた服、服、服の山……
その前で険しい表情を浮かべる琴音は、かれこれ一時間は服の山と睨めっこ状態である。
時折数枚の洋服を手にしては姿見の前に立ち、これは違うかな?気合いが入りすぎかな?うーーん。と何やら独り言をぶつぶつと呟いている。
「あーーー!!どうしようっ、どうしたらいいの!?綺麗めか、可愛い系……どっちが好みか分かんないよーーっ」
否、叫んでいると訂正しておこう。
〜〜♪
そうこうしていればスマホの着信音が鳴り響き、琴音は慌ててそれを手にする。そこには約束の相手からのメッセージが表示されていた。
〝おはよう。今から向かうから、20分くらいで着くと思う。準備しといてくれ〟
その内容に一瞬固まった琴音が、驚いたように時計を見れば、なんと支度をし始めてから優にニ時間が経過していた。
「わあーっ!あんなに時間があったはずなのにっ……とりあえず服は、コレと…コレ!あとはリップを塗って髪をセットして……」
わぁーっ!!と、もうパニック寸前の琴音はあんなに悩んでいた服を一瞬で決めて、テキパキとクローゼットへ服を戻して行く。
ちなみに彼女が手にしたのはシフォンの花柄のワンピース。それからその上に羽織る薄手のカーディガンだ。
それにもの凄い速さで着替えると、慣れた手つきで髪の毛も巻いていく。それを後頭部の高い位置でゆるりとお団子に纏めたところで再びスマホから着信音が流れ出す。
チラリとそちらに目をやれば、到着を知らせるメッセージが画面に表示されていた。
慌てて仕上げのリップをぬり、手持ちの鞄にそれを突っ込んだ琴音は旅行用の鞄を手に持ち、急いで家を出るのだった。
******
アパートの階段を降りていれば、路肩に寄せられた車の前に立つ彼と目があった。
「おはよう琴音!!」
にかっと元気よく笑う杏寿郎は、最近では見慣れてしまったYシャツ姿ではなく、白のTシャツに黒いスキニーという、とてもラフな格好だった。だがそんなシンプルな服装もさらりと着こなしてしまう辺り、所詮彼もイケメンなのである。
「おはようございます、杏寿郎さん。すみません、お待たせしてしまいました」
普段とは違う彼の雰囲気に、頬を染めながら琴音も挨拶を返せば「気にする事はない!」と笑い返される。更にはさりげなく琴音から旅行用の鞄を受け取り、助手席のドアを開けてくれるものだから、思わずキュンと、ときめいてしまった。
それから荷物を詰めた杏寿郎が運転席に乗り込み、琴音に「では行こうか」と笑いかけ、車は静かに動き出した。
「あの……杏寿郎さん。折角のお誕生日のお祝いだったのに、計画から予約まで全てお任せしてしまって……その上、運転までお願いしてしまうなんて……」
「ははっ、言っただろう?そんな事は気にしなくていい!それに俺の我儘に今日は付き合って貰うんだ!!琴音に祝って貰えるなんて、これ以上ない最高のプレゼントだ!!」
そう言って豪快に笑った杏寿郎に、琴音は眉を下げながらはやかんだように笑うのだった。
******
それから小一時間車に揺られ付いた先で、琴音は嬉しそうに歓声をあげた。
「杏寿郎さん!海です!!」
「うむ、海だな!!」
テンションが上がる琴音を前に、杏寿郎も嬉しそうに口を開いた。
「少し下に降りてみよう!水はまだ冷たいだろうが、砂浜を歩くだけでもきっと楽しい筈だ!!」
「はいっ!」
それに満面の笑みで答えた琴音は、砂浜に続く階段を駆け足で降りていく。あまりの速さに呆気に取られていた杏寿郎が、慌ててその後を追いかければ、階段を降りたところで先に下にいた琴音に手を引かれる。
それには思わず杏寿郎もくつくつと笑い声を上げるものだから、振り返った琴音が恥ずかしそうに口を開いた。
「すみません……実は私、海が初めてなんです。両親が街のクリニックをやっていて、昔からあまり家族で出かける事がなくて……つい浮かれてしまいました」
そう言って眉を下げた琴音に、今度は杏寿郎が手を引く形で波打ち際まで歩いていく。押し寄せる波や貝殻に目を奪われながら、そっと彼を見上げれば、優しく見つめる瞳とかち合った。
「喜んでもらえて良かった!海を満喫したら、その後は甘いものを探しに行こう!!それから温泉でゆっくりしよう!!」
「………え、それって」
戸惑う琴音に、杏寿郎は優しく笑いかけ「あの時叶えられなかった事を、琴音と一緒に叶えたいんだ!!」と口にした。
それは遠い昔ーー。
戦いが終わったら結婚しようと約束をしたあの時に口にした願い達。
「鬼がいなくなったら海に行きたいです!」
「海?……琴音は海が好きなのか?」
「いえ。好きというか、実は私まだ海を見たことがないんです。本を読んで知識だけはあるのですが……ああ、それと!海を見に出かけたら、その先にある美味しい甘味も是非食べたいですね」
「くくっ、本当に琴音は甘いものが好きだな……ならば、海を見て甘味を食べたら、ゆっくり温泉にでも浸かりに行かないか?」
「わあ、それいいですね!!約束ですよ?」
「うむ、約束だ!!」
当時、その約束は一つも叶える事ができなかった。
だが、それを時を超えた今も覚えていてくれて、こうして叶えようとしてくれる。それが堪らなく嬉しくて、堪らなく愛しいと感じてしまった。
繋いだ手に反対の手も乗せ、少しでも想いが伝わるようにと琴音は彼を見上げて微笑んだ。
「杏寿郎さん、ありがとうございます。……貴方にまたこうして会えて、海を一緒に見れて、私は本当に幸せ者です」
「ははっ、幸せ者は俺の方だ!!琴音がこうしてまた、隣にいてくれる。笑ってくれる。それがどんなに凄い事か、俺は知っている」
そう言って眉を下げた杏寿郎は、琴音の手を引き、彼女の体を包み込む。
「こうして手を繋ぐことも、抱きしめることも……奇跡のようだ」
「杏寿郎さん……」
「だから、今日はあの頃の約束を叶えよう!……勿論、それが済んでも何度だって海に連れてきてやる!!いや、海だけじゃないな!今世では君と行きたい場所が沢山あるんだ!!」
楽しそうな声が頭上から聞こえ、琴音も小さく笑みを溢す。
「私も杏寿郎さんと行きたい場所や、食べたいもの、やりたい事がいっぱいですよ?」
「ははっ、それは楽しみだ!!」
そう言って琴音をそっと離した杏寿郎は、再び彼女の手を引き歩き出す。
「やりたい事がいっぱい、か。では約束の地を巡った後、琴音はまず何がしたい?」
「ふふ、そうですね〜……二人で映画館にでも行きたいですね!」
「成る程!琴音は映画が好きなのか?」
「はい、恋愛からアクション、コメディまで。結構色々映画は見ますよ?杏寿郎さんは何のジャンルがお好きですか?」
「まあ俺も何でも見るが……好きなのは、時代劇だな!!」
「ふふっ、渋い!!」
そんな話をしながら砂浜を歩く二人は、肩を寄せ合って幸せそうに笑い合った。