第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
後ろから聞こえる楽しそうな笑い声に、杏寿郎は思わず振り返る。
主に声を上げているのはゲラゲラと笑う天元だが、その隣にいる琴音もクスクスと可愛らしく頬を綻ばせているし、さらにその隣にいる伊黒は呆れた様な視線を送ってはいるものの、しっかりその話に耳を傾けているようだ。
かく言う杏寿郎は、天元の向かいに座る冨岡との間に通路を挟んだその後ろ。琴音と随分離れてしまったその席で、分かりやすく顔を顰めていた。
そして、そんな彼の横で動きを止めた悲鳴嶼が「煉獄……諦めろ」と眉を下げて諭すものだから、思わず腕を組んで「むう」と唸ってしまう。
すると天元が琴音の肩に手を回し、何やら耳元で囁いている光景が目に入る。どうやら、此方に気づいた天元が、わざと揶揄い半分でやっているようだが、天元の思惑通りに杏寿郎は眉間に皺を寄せてしまう。
「え?杏寿郎さんが?」
そんな中、ふいに自身の名を呼ぶ琴音と目が合い、キョトンと首を傾げられた。何を吹き込まれたのか知らないが、クスクスと笑った琴音は、何やらデスクの上で忙しなく手を動かした後、急に此方へと近づいてきた。
「杏寿郎さん、お裾分けです!」
「む?これは……」
「チョコレートです。疲れた脳には糖分が必要ですから!杏寿郎さんはいつも熱血指導ですから、特別に沢山差し上げます!!」
そう言って、満面の笑みで菓子を手渡してきた琴音に、先程までの気持ちはどこへやら……杏寿郎は、思わず毒気をぬかれてしまった。
「ああ…、ありがとう」
「いえいえ。お腹が空けば、誰だって機嫌が悪くなりますから」
「む?何の話だろうか?」
「え?だって天元さんが〝腹ぺこで、こっちを睨みつけてるぞ〟って言うから……違うんですか?」
その一言に、杏寿郎は此方をニヤニヤと笑いながら見ている天元へと視線を移す。どうやら彼の方が上手だったようだが、このまま揶揄われて終わるのも癪である。
キョトンと小首を傾げた琴音を視界に捉え、ニヤリと笑った杏寿郎は、見せつけるかのように琴音の耳元に口を寄せる。
「きょ、杏寿郎さんっ!、」
それだけで慌て出す琴音を無視して、コソコソと耳打ちすれば、彼女は頬を赤らめ恥ずかしそうに頷いた。
「おい、そこっ!公共の場でイチャイチャすんなよっ!!」
それには、すかさず天元のツッコミが入るが……
先程、彼が耳元で囁いた時には平然としていた琴音を、こんな表情にさせられるのは自分だけだと、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そんな杏寿郎を見上げた琴音は〝こんなんじゃ週末まで保たない〟と困ったように眉を下げた。
******
「へ?」
今朝、出勤早々に天元から声をかけられた琴音は、不思議そうに彼を見上げた。
「えっと……お祝いってなんのですか?」
「なんのって、お前……こないだは煉獄の誕生日だっただろ?」
「誕…生、日………?」
琴音の引き攣った口元を見て、天元は「お前まさか……」と声を上げたのが今朝の話である。
〝まあ、なんだ。知らなかったもんはしょうがねえ!ここは俺が人肌脱いでやる!!〟
そう言った天元に促されるまま、昼食後の空き時間に杏寿郎に声を掛けた琴音だったのだが……
「む?週末?」
「はい。あの、……先日は、杏寿郎さんのお誕生日だったんですよね?私、知らなくて……ごめんなさい。少し遅くなってしまったんですが、杏寿郎さんさえよければ、週末に何処かへ行きませんか?……その、部活とかで忙しいければまた別の日でも……」
最後の方は恥ずかしそうにゴニョゴニョと濁してしまった琴音に、杏寿郎は満面の笑みで口を開いた。
「今週なら丁度空いている!」
「わあ、本当ですか?やったー!!」
ニコニコと笑みを浮かべる琴音の姿に、杏寿郎は〝この事だったか……〟と天元からの提案を思い出していた。
******
「おい煉獄!」
「おはよう、宇髄!!君がこんな所まで足を運ぶなんて珍しいな!!……何か急用か?」
今朝、わざわざ剣道部の朝練に姿を現した天元に、杏寿郎が険しい顔を浮かべれば、それに応える事もなく彼はニヤリと口を開いた。
「週末の部活は、俺が顧問代行をしてやる」
「むう。何故だ?」
「まあ、それはそのうち分かるからよっ!そのかわり、今度お前の奢りで飲みに行こうぜ!」
「……宇髄、答えになっていないのだが」
「まあ、いいから!いいから!!」
そう言って笑いながら去っていったアレはそう言う事だったのか、と一人納得した杏寿郎は、目の前で嬉しそうに笑いかける琴音に口角を上げる。
「どうせなら泊まりで何処かへ行かないか?」
「へっ?と、泊まりっ!?」
その一言に一瞬で真っ赤に染まった琴音が、オロオロと慌て出すが、「俺の誕生日なんだろう?」と杏寿郎が問いかければ、遠慮がちに口を開いた。
「うっ、はい……えっと、何処にいきたいですか?」
「むう、そうだな〜。じゃぁ、場所は俺が決めていいだろうか?」
「それは勿論いいですけど…」
「行き先は秘密だ!プレゼントは何もいらないから、代わりに琴音の二日間を俺にくれないか?」
そう言って杏寿郎が笑いかけるものだから、琴音も嬉しくなって、結局こくりと頷いてしまった。
******
「おい、そこっ!公共の場でイチャイチャすんなよっ!!」
天元の揶揄うようなツッコミが響く中、琴音は頬に手を当てた。
思えば、同じ職場だからこそ毎日顔を合わせるものの、再開してからゆっくり二人で過ごす時間すら作れていなかったように思うが……
〝土曜日は朝一で迎えに行く〟
耳元で囁かれた彼の言葉を思い出し、琴音は頬に集まった熱を鎮めるため、ほぅと一つ息を吐いた。