第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
全校生徒が見つめる中、演台に立つ耀哉は優しい声色で口を開いた。
「やあ、私の可愛い子供達。連休は楽しかったかな?さて、もう既に知っている者もいるかもしれないが、皆に今日から新しく教壇に立つ先生を紹介するよ」
そう言って微笑んだ耀哉に促され、教師陣が立つ輪の中から、琴音は静かに抜け出した。コツコツとヒールを鳴らしながら歩みを進め、耀哉の隣へと移動した彼女は、ゆっくりとした動作で生徒達へと向き直る。
「この度、此方の学校に赴任して来ました春野 琴音です。国語を担当させて頂きます。この学校に関しては、生徒の皆さんの方が詳しいと思いますので、分からない事があったら色々と教えてください。宜しくお願いします」
そう言って琴音がふわりと微笑めば、生徒数名から歓声が上がった。
そんな中、人一倍大きな拍手を送る杏寿郎に、天元が呆れたような視線を向けていた。
「うむ!琴音らしい、見事な挨拶だ!!」
「おい、煉獄……あれのどこが見事なんだ?馬鹿真面目にも程があるだろォが!挨拶ってのは、相手の印象に残ってなんぼ!派手じゃなきゃ意味ねえだろ!!」
その声が大きかったようで、数名の生徒が彼らの会話に視線を向けた。それに気づいた天元はニヤッと悪戯を思いついたような笑みを浮かべ「見てろよ、煉獄」と呟いた。
何の話だ?と小首を傾げた杏寿郎を横目に捉え、天元は深く息を吸い込んで
「お前ら、琴音は俺の嫁候補だ!派手に宜しく頼むわ」
大声で言いのけたのだ。
マイクもないのに、肺活量の化け物でもある彼の声は体育館中に響き渡った。
静寂……
皆が驚き、一瞬静まりかえった空間に、数名の女子生徒の悲鳴が上がる。「えーーー!!」、「やだーーー」と上がった声を皮切りに生徒達が騒めき出す。
彼の隣にいた杏寿郎は額に青筋を浮かべ、プルプルと震え出しているし、それを見た天元は楽しそうにゲラゲラと笑い声をあげている。
そして、壇上からその状況を眺めていた琴音は、困り果て苦笑いを浮かべる始末である。
だが……
眉を下げた琴音の肩にそっと手を置いた耀哉は、彼女に優しく微笑みかける。そして、騒つく空間に向けて、徐に口を開いた。
「天元は相変わらず面白いことを言うね。後で理事長室においで?」
その一言で、空間をまた静寂に変えてしまう。さすがはお館様改め、理事長様々なのである。
天元は笑顔のまま固まってしまったし、琴音も苦笑いを浮かべている。
「アホか」
事の成り行きを眺めていた実弥がポツリと一言呟いた。
******
そんな風にして始まったきめつ学園での勤務、
あれから琴音は、驚きの毎日を送っていた。
まず初日に仲良くなった生徒数名に〝パワースポット〟があると連れられてきた教室で、
「な、何これ?……」
黒板に突き刺さる岩?に固まった。
生徒達の話を聞けば、どうやらこれは岩塩の塊ようで、それを知った琴音は〝なんでこんな所に?というか、こんな大きな塊見た事ないんだけど……〟と軽いプチパニックに陥った。
不可思議すぎるその光景に、理解は追いついていないのだが、気持ちを沈めるために、一応その塊には触ってみたりもした。
その数日後には、
ドカーーーーン!
「何っ!!」
激しい爆発音と、校舎全体がグラグラとするほどの揺れに見舞われ、職員室の片隅で声を上げれば
「……また宇髄か」
「うむ!芸術は爆発、らしいからな!!」
と何故か落ち着いた様子のと冨岡と杏寿郎に宥められた。
よくよく話を聞けば、天元は時折こうして、美術室をダイナマイトで爆破させている……らしい。
琴音は〝え、それは大丈夫なの?〟と思うと同時に、初日に校門から見た、壁が吹き飛んだ教室を思い出し、美術室の場所を誰から教えられずとも察してしまった。
その更に数日後には、カナエから謎のお札を渡された。
「琴音先生から、良くない気を感じるわ」
可愛らしく笑った後に、臨兵闘者皆陣列在前とお経を唱え出すものだから、琴音は心底不安になった。
またある時は、たまたま廊下を歩いていると賑やかな声が響く教室に気づき、琴音は好奇心で教室内を覗きこんだ。
そこには熱心に生徒へと掛け声を送る杏寿郎と……なぜか騎馬戦を繰り広げる生徒達。
〝うん。見なかったことにしよう……〟そう考えて立ち去ろうとした瞬間、杏寿郎と目があった。
「みんな喜べ!!琴音先生が来てくれた!!練習の成果を見せるんだ!!」
と謎な掛け声と共に、琴音を教室内へと引っ張り込んだ杏寿郎に、琴音は困惑した表情を浮かべるのだが
「今、歴史上の戦いを生徒達は演じているんだ!!石田三成率いる西軍と徳川家康率いる東軍、これは実物だぞ!!」
「………ふふ、楽しそうですね」
どうにも、琴音はこの笑顔に弱かった。楽しそうに笑いかける杏寿郎の話から察するに、どうやら関ヶ原の戦いを今から生徒達は実演するのだろうが……
斬新すぎる授業スタイルなのに、杏寿郎らしいと感じた琴音は思わずクスクスと笑ってしまった。
……とまあ、普通の学校ならば、驚いてしまうような出来事が毎日のように繰り広げられている。
生徒達から聞かされる先生達の武勇伝も凄まじいものばかりだ。
例えば伊黒が点数の悪い生徒に向かって、ペットボトルロケットをぶつけた……だとか、
実弥がスマブラ事件を起こした……だとか。
ちなみに、実弥が大好きな琴音は、初めその話を聞いた時「それは学校にゲームを持ってくるから悪いんじゃないの?」と当然の様に口を開いた。
だが、数学を馬鹿にした生徒を窓から投げた事から付いた事件名だと聞いて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「まぁ、うん……実弥先生らしいね、アハハ……」
いくら実弥贔屓の琴音でも、まともなフォローも出来ない位の衝撃は受けたのだった。
だが、それらの話を聞かせてくれた生徒は怯えるどころか、笑い話……いや、自慢話と言った方がいいだろうか。皆一様に嬉しそうに教えてくれるものだから、琴音まで釣られて嬉しい気持ちになってしまう。
かく言う琴音の授業は、至って普通。至って平凡。それが逆に生徒達には新鮮だった。
何かに怯える事もなければ、逃げ回る必要もない。おまけに生徒思いの教師ともなれば、知らぬ間に琴音の授業は人気の高いものとなっていた。
******
だが、そんな平々凡々な彼女は、別の意味で皆を驚かせていた。
「春野、……貴様はここに何をしに来ている?」
「へ?お仕事、ですけど?」
もぐもぐと口を動かしながら、小首を傾げた琴音に、隣の席の伊黒は冷めた視線を送る。彼女のデスクには所狭しと置いてある書類と、菓子、菓子、菓子の山……
ぱっと見るだけで、チョコレートや、飴、グミ、クッキーにドライフルーツ……などが書類の間に置かれており、先程からもぐもぐと口を動かしながら、小テストの採点をしているのだ。
「菓子を食べに来ている、の間違いだろう。貴様は先程から手よりも口が動いているからな」
伊黒がそれを指摘してやっても「だって糖分がないと頭が回らないんです」と、琴音は全然気にしていない様子である。
すると琴音を挟んだその奥に座る天元が口を挟んだ。
「伊黒諦めろ。こいつは根っからの甘味馬鹿だ。……というか昔より酷くなってねえか?」
「えー、だって今の世の中、美味しいものが溢れてるんですよ?」
ふふふと幸せそうに笑みを浮かべた琴音は、デスクの一角からチョコレートの包みを取り出し「はい、お裾分けです。疲れた脳には糖分ですよ?」と、二人にそれを分けてやる。
「おっ!サンキュー!」と早速それを口にする天元に釣られ、伊黒も一口でそれを頬張れば、普段食べ慣れないチョコレートの甘さに悩殺される。
慌ててブラックコーヒーで、それを流し込んだ伊黒はやはり冷めた目で琴音を見つめるのであった。