第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ん……」
締め切られたカーテンとは違う、襖越しの温かい光に、琴音はゆっくりと目を開いた。
ぱちぱちと数回瞬きを繰り返した琴音は、ぼんやりとまだ覚醒しきってない頭で天井を見上げる。
〝今日からゴールデンウィーク、か。
学校も休みだし、今日はのんびり……〟
過ごそうか
そう続く筈だった琴音の思考は、見慣れぬ天井に気づいた事により打ち消された。
唐突に覚醒した頭で見渡せば、自分の部屋とは全く違うこの場所に、琴音は思わず飛び起きる。
「っ、……痛い"」
だが起き上がった瞬間、頭に駆け巡った鈍痛に、琴音はそのまま動きを止めた。
〝え、ここ何処?……昨日、何してたんだっけ?〟
額を押さた琴音は、必死に記憶を呼び覚ます。
〝昨日は、確か……〟
ん〜、と唸りながら琴音が思い出したのは、まず仕事をクビになったことだった。
その余りにも理不尽な出来事に、前々から何かと世話を焼いてくれる恩師へと相談の電話を入れれば、連休明けから働ける学校がとんとん拍子で見つかって……、その足で学校の場所を確認しに行ったのだ。
それから近くの居酒屋に入って……、
それから……
それから…………
ぽつぽつと断片的に思い出される出来事に、琴音は顔を青ざめた。
『酒は飲んでも呑まれるな』
そんなよく聞くフレーズが、琴音の頭に重くのしかかる。自分には今まで無縁の言葉だった、それ。お酒が余り強くない自覚もあるし、無茶な飲み方だってした事がない。
ただ昨日は、それを上回る程の苛立ちに見舞われた挙句、今世で会えると思っても見なかった顔ぶれに動揺して、ひたすらに酒を頼ってしまったのだ。
……どうせ酔い潰れるのなら、自分の失態を忘れていたかったとすら思ってしまうが、残念ながら彼女は全てを覚えていた。
天元に会った事。その後、皆と同じ席に着き、酒に酔って散々泣き喚いたこと。そんな彼らと、これから同じ職場になると言うこと。
その全てを思い出した琴音は、痛む頭を抱えながら、小さな声で呟いた。
「穴があったら入りたい……恥ずかしすぎる……」
******
それから数分、頭を抱えながら自己嫌悪に陥っていた琴音だが、なんとか気持ちを落ち着かせ、漸く静かに動き出した。
布団からゆっくり這い出た琴音は、昨日と同じ服装の自分の姿に、一人静かに安堵した。まぁ、スカートはシワシワだし、化粧すら落とさずに寝てしまった様だが、それは取り敢えず良しとする。
〝確かこの間、コンビニで買ったのが残っていたはず……〟
近くに置いてあった自分の鞄から、ガサゴソと拭き取りタイプの化粧落としを取り出して、過去の自分のファインプレーにエールを送る。それを使って顔を拭けば、頭も少しスッキリした様な気がして琴音はゆっくりと立ち上がる。
〝いつまでも、こうしていられないし。ここが何処か確認しないと〟
そう考えて、静かに襖に手をかける。
少し開いた隙間から、首だけ出してキョロキョロと辺りを伺った琴音は、
長く続く廊下の先。
こちらへと歩みを進めていた彼と目があった。
見つめ合う事、数秒。
…… 琴音は静かに、襖を閉めた。
次の瞬間、
バタバタと近づいてきた足音の後、スパンと襖が開かれる。
ビクッと肩を跳ねさせた琴音に、杏寿郎は満面の笑みで声を上げる。
「おはよう、琴音!!もう起きていたのだな!!」
キーーーン、と頭に響くほど、元気いっぱいの大声を上げた杏寿郎に琴音は小さな声で口を開く。
「お、はようございます………あの、ご迷惑をおかけしたようで、……すみません……」
頭を押さえるその姿に合点がいった杏寿郎は、苦笑いを浮かべながら、先程より小さな声で話しかけた。
「そんな事、気にしなくていい。父上も千寿郎も、琴音を連れて来たことを喜んでくれているし、琴音は会うのが初めてだろうが、母上も早く会いたいと言っている……後で皆に挨拶してやって欲しい」
「え………」
その言葉に顔を青ざめ、オロオロしはじめた琴音に、杏寿郎は一つの不安に襲われる。
「まさかとは思うが……昨日の事は覚えているだろうか?」
「あは、は、は………はい。残念ながら、多分全部、覚えています……その、色々と、すみません」
そう言ってシュン、と明らかに落ち込み始めた琴音に、杏寿郎はそっと近づいた。優しく掌を包み込み、彼女のその目を覗き込んだ杏寿郎は、確認するように口を開いた。
「琴音、俺は結婚していない!勿論子供も居ないぞ!」
「あ〜………はい、すみません」
杏寿郎に見つめられ眉を下げた琴音は、頬を染めながら謝罪を口にする。どうやら、彼女が言った通り、しっかり昨日の記憶は残っているようだ。その様子に杏寿郎はふっ、と小さく笑みを浮かべる。
「そうだな……昨日の琴音には随分、手を焼いたぞ」
「う"っ、……すみません」
「なんでも俺の妻になるものは幸せ者だとか!!ああ、子供に笑いかける俺は素敵だとも言っていたか?」
「きょ、杏寿郎さん……」
「随分と可愛らしいことを言っていたが……まだ君に好かれていると自惚れしてもいいだろうか?」
「あ、あのっ」
恥ずかしいのに、優しく笑いかけるその目が、どうしようもないくらい愛しくて…… 琴音は目を逸らせない。真っ赤な顔で暫くその目を見つめた琴音は、観念した様に小さく言葉を落としていく。
「昨日はあんな事を言いましたが、……杏寿郎さんを諦めることなんて出来るわけないです。今だって、こうしているだけでドキドキしてしまって……」
ぽつぽつと呟き始めた琴音の言葉を遮って、杏寿郎はその手をそっと引き寄せた。優しく彼女の体を包み込み、やっと伝えられるその言葉を口にした。
「琴音、君が好きだ。今も変わらず、君を一等愛している。」
そう言って、ぎゅっと抱きしめる力を強めた彼の背に、琴音もそっと腕を回す。
「………私も、杏寿郎さんが大好きです。」
「くくっ!!ああ、知っているとも!昨日散々褒めて貰ったからな!!」
「もう、忘れて下さいっ!」
ワハハと笑う杏寿郎に釣られて琴音もクスクスと笑い出せば、あの頃の二人に戻った様で……
「もう離してやるつもりはないからな! 琴音、おかえりっ!!」
「ふふっ、はい。離さないでください……杏寿郎さん、ただいま」
二人は失っていた時を取り戻すように、
暫くお互いを抱きしめあったまま、
幸せそうに笑いあった。